仕事選びと人生 

二ヶ月ほど前に「自分らしさの罠」というテーマで記事を上げました。

この「自分らしさ」というのは、特に仕事選びにおいてはとても重要な選択の基軸だと考えられていますが、この記事では、そもそも「自分らしさ」などというものは探して掘り当てられるものなのか?そこにこだわりすぎるのはそれはそれで一種の病ではないか、という指摘をしました。

本当に「自分で選ぶ」とは

ここで一つの質問をしてみましょう。

新卒で入った会社から、知人の誘いに乗る形で何度か転職を繰り返しているものの、明確なキャリアゴールは特に持っておらず、誘われるたびに「ここで仕事をやりたいか?この人たちと一緒に仕事をしたいか?」といったシンプルな基準だけで転職を何度か経験してきた「カメさん」がいます。

一方に、大学卒業時に「外資系金融機関で出世して50歳前に億単位の貯金を作って引退する」というキャリアゴールを掲げ、そのゴールから逆算してすべての転職や留学等の活動を設計してがんばっている「アキレスさん」がいます。

さて、その二人がここに居るとして、本当の意味で「自分で人生を選び取っている」のはどちらなのでしょうか?

一見、明確なキャリアゴールを設定してバリバリ頑張っているアキレスさんこそ、「自分で人生を選んでいる」様に感じられますね。

一方、カメさんの選択は、どうも主体性に欠け、行き当たりばったりの様に見えます。

しかし、本当にそうでしょうか?

もし仮にアキレスさんのキャリアゴールである「投資銀行でバリバリ活躍」して、「億単位の貯金を作って引退」したいという動機が、社会的通念としての典型的な成功者のイメージに強く影響されているのであれば、彼のキャリアは、むしろ内発的なものではなく、外発的なものに支配されている、つまり「自分で選んでいない」ということも言えます。

一方のカメさんは、明確なキャリアゴールのイメージもなく、「この領域で自分を鍛えたい」といった志向もないのですが、転職の機会において「自分が何を重視して仕事・職場を選ぶか」という点について、彼自身が自分で大事だと思う固有の価値観に基づいて選択を繰り返しています。

そういう意味では、カメさんのキャリア選択は、社会的通念からは解放されて行われており、むしろアキレスさんと比較して「自分で選んでいる」とも言えるわけです。

この思考実験の場合、危険なのはむしろアキレスさんで、外発的な成功イメージにキャリアの目標が強く影響されているので、いざキャリアゴールに近づいたという時になって「自分が実現したいと思っていた自分は、本当にこうだったのだろうか?」という状態、いわゆる燃え尽き症候群に陥ってしまう可能性があります。

自分がいま、何かの意思決定をしようとしている時、その選択は本当に内発的な動機なのかどうか、を今一度考えてみる、というのも転職を検討する際の大事なポイントだと思います。 

キャリア・アンカー

その様に考えていくと、「何をするべきなのか」という問いを逆転させて、「何が譲れない点か」ということを明らかにする方がキャリアを形成する上では有用かも知れない、という考え方が出てきます。

そして、まさにそのように考えたのが、組織開発の領域を開拓した経営学者、エドガー・シャインでした。

シャインは、自分にとって「何が譲れないか」という点を「キャリア・アンカー」という概念で整理しています。

キャリア・アンカーとは、「個人が自らのキャリアを選択する際に、最も大切、あるいはどうしても犠牲にしたくない価値観や欲求」[1]のことを指しています。

個人を船に、人生を航海に見立てた場合、船が潮目に流されることを防ぐイカリ=アンカーと同じ様な役割を人生において果たしてくれる、自分らしさを守るためにどうしても譲れない価値観や欲求、と考えてもらっていいと思います。

エドガー・シャインはキャリア・アンカーについて「自分のアンカーを知っていないと外部から与えられる刺激誘因(報酬や肩書きなど)の誘惑を受けてしまって、後になってから不満を感じるような就職や転職をしてしまうこともあります」と、まさにアキレスさんを思わせる指摘しています。

エドガー・シャインはもともと、自分が教鞭をとっていたMITスローン経営大学院において卒業生を対象にしてキャリア形成に関する追跡調査を行っていたのですが、回答者の意思決定のもとになった価値観や行動にいくつかのパターンが明白に見出されたことから、この概念を思いついたようです。

エドガー・シャインは数百人のビジネスマンへのインタビューをもとに、最終的に以下の8つのキャリア・アンカーを特定しています[2]

 

8つのキャリア・アンカー

・専門・職能別コンピタンス
なんらかの専門領域や職能別の領域において、自分の才能をフルに活用して専門家として能力を発揮することに満足と喜びを覚えるタイプ。自分の専門領域において挑戦を課せられるような仕事を得たときは、とくに大きな幸福感を感じる。自分の専門領域の中では、他人の管理を厭いはしないものの、経営幹部になると自分の専門領域を発揮できる仕事が減るので、相対的に経営幹部への昇進への関心は弱い。

・全般管理コンピタンス
組織の階段を上り詰めること、経営者になることに価値と充実感を感じるタイプ。いわゆる「出世志向」の人。現時点で専門的・職能的な仕事についているのであれば、企業経営に求められる全般的な能力の獲得に必要な学習経験として納得はするが、根本的にはジェネラリストとして経営管理に携わりたいという気持ちを強く持っている。

・自立・独立
どんな仕事であれ、自分のやり方、自分のペースを守って仕事を進めることを大切と考えるタイプ。このタイプの人は集団行動のための一定の規律が求められる企業組織に属することは好まず、自分の裁量で柔軟に働くことができる道を選ぶ傾向が強い。また、独立しないまでも、コンサルティングや教育、研究職など行動の自由度が高い職種が向いている。

・保障・安定
自分の人生の安定性を最優先に考えるタイプ。このアンカーでは経済的な保障や雇用保障に対する関心が特に目立つ。安定を望むため、職務での終身雇用が何らかの形で約束されるのであれば、それと引き換えに雇用者側の望む通りの働き方を受容する傾向が強い。もちろん、ほとんどの人は基本的に安定した仕事や報酬を求めるわけだが、このアンカーにつながれている人は、この点を最優先するという点に特徴がある。

・起業家的創造性
危険を顧みずに自分自身の会社や事業を起こすことに幸福感、充実感を覚えるタイプ。具体的には、発明家、芸術家、あるいは起業家を目指す人たちが該当する。雇われの身にあるときも常に将来の起業の可能性を追い求め、最終的には独立、起業する道を選ぶ。「自律・独立」タイプの人と異なる点として、何か新しいこと(事業や作品など)を生み出すといった創造性の発揮に価値を感じる点が挙げられる。

・奉仕・社会貢献
環境問題や貧困問題を解消する、民族間の調和を推進するといった様に、何らかの形で世の中を良くすることに価値を感じるタイプ。近年注目を集めている「社会起業家」の様に、社会的問題を、営利事業を通じて解決していくことを目的とする人たちと言える。彼らにとって大事なのは社会貢献であり、事業を立ち上げることはそのための手段にすぎない。

・純粋な挑戦
一見解決不可能と思えるような障害や問題を解決すること、手強い相手に打ち勝つといったことを追求してやまないタイプ。常にあえて「困難」を探し求めているため、特定の仕事や専門性にこだわらない。「挑戦」自体を人生のテーマにしているといえる。殆ど倒産している会社の建て直しだけに関心を持つターンアラウンド・マネージャーや、不可能と言われている仮説の実現に情熱を燃やすエンジニアなどがこういったキャリア・アンカーの典型例。

・生活様式
個人としての欲求や家庭の要望と仕事上の要請、公的な仕事の時間と私的な個人の時間のどちらも大切にしたいと願い、両者の適切なバランスを大事にするタイプ。決して仕事をないがしろにしようということではなく、両者の統合を追い求めるが、場合によっては職業面のある部分を犠牲にする、例えば昇進と見なせる異動であっても、家族に負担をかけるような転勤であれば辞退してしまう、といった面も見られる。自分のアイデンティティは、専門性や所属している会社にあるのではなく、人生全体をどのように生きているかという点にある、と考える傾向が強い。

自分のキャリア・アンカーを知りたいという方には、こちらのウェブサイトから調べることができるので一度やってみるといいと思います。

これ、友人や知人や同僚と一緒にやってみるととても面白いです。キャリア・アンカーには驚くような多様性があり、キャリア・アンカーがわかることではじめてその人の日常の言動に腹落ちするということも多々あります。

上記のキャリア・アンカーを読むと、自分がどれに該当するかは自明に思えるかも知れませんが、実際に点数で出てみると意外に思われる部分もきっと出てくると思います。

ちなみに私の場合、「専門・職能別コンピタンス」のキャリア・アンカーが最も強く出るのは、想定通りだったのですが、僅差で「自立・独立」のキャリア・アンカーが強く出ているのを見て、あらためて「組織としてのルールが個人に優先されるような軍隊的・全体主義的な組織が、性に合わないのだな」ということを再確認することが出来ました。

というのも、私自身、非常に軍隊的で組織の規律が個人に優先される組織に身をおいていた時期に、大変強い違和感を覚えながら日々の仕事をこなしていたからです。

結果的にその職場は、どうしても皮膚感覚が合わないということで退職してしまったのですが、事前に自分のキャリア・アンカーについてのより深い理解があれば、もしかして避けて通ることが出来たかも知れません。

仕事とパーソナリティ

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