駄作を何本作っても
僕がこれまで本格的に作品を制作する過程をすべて経験したのは、フランス、日本、そしてクロアチアだけである。そのため、この中でしか比較はできないのだが、特にフランスと日本では、作品の制作工程が大きく異なる。この違いの多くの原因は体制が選んでいる経済システム、大雑把に言えば資本主義か社会主義か、または資本主義の中でもどこまで社会主義的な部分を持っているか、ということが大きく影響しているのだが、それはまた別の投稿に書くとして、ここではとにかくその結果として生まれる現象について書きたい。
♦︎フランスに渡って初めて舞台活動を開始した僕にとっては最初の頃、長いこと疑問だったことが、「日本の舞台作品はなぜ毎年毎年新作を発表するのだろう?」ということだった。それには様々な原因があるのだが、とにかくその結果、残念ながら沢山の”そこそこの作品”が生まれる、という現象が起きると思っている。なぜなら制作期間が短いからだ。必然的に練る時間は減り、作品の質は上がらない。
「そこそこの作品」が沢山生まれると、最終的にはこの業界全体が衰退するなどの弊害も出て来るが、とにかく最も良くないのは良い作り手が育たないことだと思っている。僕は「良い作品が先か、良い作品を育てるお客さんが先か」というニワトリと卵論には「良い作品が先」であるという明確な答えを持っているので、良い作り手が育たない環境は舞台界全体にとって致命的だと思っている。
♠︎舞台劇術に限って言えば、発案者が長いこと頭の中で温めてきた構想は数ヶ月から数年、そこから予算を集めるのに数ヶ月から数年、キャストを頼んだり、練習するのに早くて数週間、キャストが多いほど日程調整は難航する。発表する場所を見つけるのに名のある所を取りたければ数ヶ月から数年、公演をする為の宣伝の準備期間を考えれば最低3ヶ月以上前などと考えると舞台芸術がなぜ初日に「おめでとう御座います!」と言われるのかが分かる。とにかく効率が悪い。
じゃあフェスティバルに出ればどうか?と言われても、実はフェスティバルだって募集期間が半年以上前である事を考えればその頃には作品が準備されていなければならない。審査に通ってから作れば良いじゃないかと思う方がいるかもしれないが、普通のフェスティバルは募集の時点で当然ある程度作品は仕上がってないと信頼などされるわけがないし、審査にも通らない。つまり数ヶ月以上前にはどこかで発表され、場合によってはメディアに評価されているわけで、制作はそれよりもと前にされている事になる。そういうサイクルの中で演劇というのは予算と準備期間が見合わないジャンルの一つだと思う。助成金などに頼らない場合、解決法はたった一つしかなく、発案から発表までの期間を可能な限り短くすることになる。
♥そこで♦︎で述べたたようなことになるのは不可避だと思われるのだが、ここで日仏両国の間で分かれ道が出来る。日本で多くみられるのは次回作に進む道、フランスでは同じ作品を発展させる道だ。
実はフランスも舞台芸術がもつ発表までのサイクルは舞台芸術である以上大きくは変わらないが、作品をじっくり作り、発表しつつ試行錯誤しながら数年かけて良作に仕上げていく概念が当たり前にある。その理由もまた次回以降の投稿に書き留めることにするが、とにもかくにも伝統的に作品をそのように作ることが大前提になっている。昔、僕がグループで参加したパリの有名劇場のコンクールで優勝したのは8年その作品を演っていたアーティストのソロ作品だったり、このアーティストならコレ!みたいなことがよくある。当たった作品はもちろん何年も使い回すが、そもそも当たるまで良い作品にする傾向がその前に既にある。
♣︎では良い作り手になる為になぜ同じ作品を作り続けた方が良いのか。それは作品を重ねるごとに成長することもあるが、普通は一つの作品を良い作品に育てることの方が遥かに学ぶことが多いし、一つの面白い作品を作る試行錯誤をするなかで、面白い作品を作るための秘訣や法則を見つけるからで、そこを会得しない限り次も当然面白く作れるわけがない。断言する。一つ面白い作品が作れない人に、一つも面白い作品は作れない。高明な作り手が駄作を作ることはある。それは観る側にも好みがあるし、作る側にもある人には響かないと分かっていてもやっておきたいこともあるし、例えば、『紅の豚』を作った時に、宮崎駿もそう言っていた。でもその逆はない。
ここで最初のニワトリと卵論に戻るが、とにかく作り手は常に「やっと面白いものに仕上がった」という納得のいく作品を作るのが第一。一生に一回しか劇場に足を運ばない平均データが出ている日本においては、お客さんに「舞台芸術って面白いわね」と思ってもらうことがまず大切なのだと思う。フランスには制作段階を無料で見てもらえるような場も沢山ある。そういうところではお客さんも過程を楽しんでいるのでガッカリはしない。そうして作る側も鍛え上げられていって発表に繋げればいいし、面白い作品を作れるようになったならば制作期間を短くして行けば良いと思う。