鯖の梅煮
鯖という魚は食われるために生まれてきたのかと思ってしまうほど美味い。
いや、確かにそのような言い方をしてしまうと鯖の人権を無視しているようで、いささか不調法ではないかと内省的な気持ちにもなるが、しかし一方であの肉感の前では食欲に抗えない自分もいる。一体私と野生のヒグマと何が違うというのか。
しかし今日は特に鯖を食べようなどというつもりはなかった。白状してしまうと私はオムライスが食べたかったのだ。地獄の窯の中のような京都を、クーラーの効いた部屋から出不精の私がわざわざ出てきたのは、オムライスが食べたかったからなのだ。実は昨日コンビニで買ったオムライスを食べたのだが、思っていたのと違ったのが悔しかったからである。ケチャップ味の卵粥みたいなオムライスだった。
以前通りすがった店の看板にオムライスと書いてあったのを見たことを思い出し、その店に向かったのだが、オムライスなんて全然書いていなかった。むしろ和食屋さんだった。人間の脳とは実にいい加減なものである。こんなものに普段から自分の体やら仕事やらを預けているのかと考えるとぞっとする。
看板には目当てのものは無かったが、代わりに鯖の梅煮というメニューが目を引いた。なんだか風情のあるメニューだと思った。店に入ることにした。
店内は落ち着いた雰囲気なのに、BGMにチューブが流れているのがちぐはぐな印象を受けた。チューブは海の家とプールサイド以外にふさわしい場所などないというのに、なぜBGMに選んだのか。店主に聞いてみたい気持ちをぐっとこらえ、私は鯖の梅煮を注文した。
出てきたのは鯖の煮つけだった。見た目からは梅感は感じられなかったが、口に運んでみるとあとから梅の香りがふわりとやってきてすぐに去っていった。まるで梅の妖精がほっぺにキスをして飛んでいくのを眺めているような気持ちだった。梅の妖精など見たことはないのだが、楳図かずお氏に羽の生えたようなものだろうか。
ご飯のすすむ一品だった。みそ汁もおいしかった。鯖の梅煮もおいしかったが、むしろみそ汁の方がおいしかった。また行こうと思う。