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裂ける指の痛み
肌寒い季節になってくると、いつからか、毎年のように手のシワが傷に変わってくる。
私の手はいつのまにかボロボロになっていた。夏は痒みが止まらなくなり、その傷が常に残っている。冬はシワが裂けて指を動かす事に痛みを伴う。
まだ私に手の神経があるから感じれる痛みだろう。私に手が存在するから感じれる痛みだろう。私の脳が生きているから痛みを認識できるだろう。
生活の不便さは時に当たり前を疑う機会となる。私にとって、体があって動いて、話せて、出来ることが当然であり疑いもしなかった事を、出来ないことがあって初めて自分を疑う。
結局私は、誰の心もまともに理解出来ないずさんな人間なのだが、ふとした瞬間にそうやって自分以外の誰かを想像するというのは、人と社会で生きる上で必要な行為であると感じる。
日常の中で他人が困っているのを見つけた時、動きだせる速さと勇気を持てるかに大きな違いが出てくるはずだ。
だから私は怪我をした時も、決して自身にとってのネガティブだけでなく、他人のネガティブに共感できるキッカケとして捉える。
誰の中にも心はあり、葛藤があり、苦しみがある。それでも困っている人がいれば助け合うべきだ。私は、与えられたこの体と脳と時間を全うしたいと思う。