【連載小説】マザーレスチルドレン 第十七話 涙がこぼれそう【創作大賞2024漫画原作部門応募作】
「パパが迎えに来るの?」リカが不思議そうに聞く。
「そうみたい」
「なんで? お店あるのに」
「わからない」
ぽつりぽつりと雨が降り始めた駅前ロータリー。
「二人ともこっちに来て、屋根の下に入るのよ、絶対に濡れちゃダメ!」
「───あ、パパ来たよ!」リカが指差す。
ライトバンがロータリーに入ってくると、車体を軋ませながら円形カーブをスピードを落とさず近づいてくる。間を置かずバイク集団もロータリーに姿を現した。
ライトバンはレイコたちの前で急停車した。
「早く乗るんだ!」車窓から首を出しと叫ぶマスター。
「あ、ハルちゃんも一緒だ」ユウジがはしゃぐ。
「どうしたの。血相変えて」
「何でもいいから、早く!」
レイコと子供たちはあわてて後部座席に乗り込んだ。ラッシュの時間が過ぎた駅の構内は、家路を急ぐ人たちが数人いるだけで閑散としていた。追跡してきた集団もロータリーに入ってくるとライトバンを取り囲むように停車した。ライトバンの前後にフルフェイスヘルメットの少年二人のバイクが停まり、ミニヴァンは後方に少し距離を置いて停車している。サングラスの男のバイクがライトバンの右側に並んで停まった。
「どうするマスター?」
「うん、奴らもここじゃあ手が出せないだろ」
「一体なんなの……」レイコが怯えた様子でいう。
「わからん、でも心配しなくていい」
子供たちは、ただならぬ様子を感じてじっと黙っている。
「オレたちに何の用があるんだ!」マスターは運転席の窓からサングラスの男に向かって叫んだ。ヒラヤマはバイクに股がったまま、黙って静かにマスターを見下ろしている。
「用がないならさっさと帰ってくれ」
「大人しくしろ。全員おりろ」ヒラヤマは短くいった。
「一体何なんだ! ガキのくせに偉そうに!」マスターが怒鳴る。
「お前に用はねえ」ヒラヤマは腰のベルトに挟んでいた拳銃を引き抜くと素早く安全装置を外し銃口をマスターの額に押し付けた。
互いに沈黙のしたままの数秒の時が過ぎた。黙ってヒラヤマを睨みつけるマスター、額には大量の汗が流れている。雨粒がアスファルトの路面に吸い込まれていく匂いがした。ヒラヤマは銃を構えたままキルスイッチでモーターの電源を切り、左足でサイドスタンドを蹴りだすとゆっくりとバイクを降りた。着くずしたカーキのフィールドジャケット、迷彩のカーゴパンツ。身長は二メートル近くある。一連の動作はしなやかでその姿は野生動物それも肉食系特有の獰猛さと比類ない威圧感をまとっていた。ライトバンの横に立つと、ヒラヤマはいきなり運転席側のドアを蹴り上げた。バコッと鈍い金属音がした。つま先に鋼鉄のプレートが埋め込まれたスチールトゥブーツの一撃でドアはべっこりとへこむ。ライトバンは大きく揺れた。「おとなしく降りろといってるだろうが!」ヒラヤマが叫ぶ、車内にレイコの悲鳴が響く、ユウジは激しく泣き叫び、リカは真っ青な顔でレイコにしがみついて震えている。ヒラヤマは続けて蹴りを入れる、二発、三発、四発、間髪入れずに左の前蹴りと横蹴りのコンビネーションを入れ続ける。あっという間に運転席側のドアは大破し無残にへしゃげていく。六発目、ドアのロックピンがはじけ飛び、七発目の横蹴りでフロントガラスが割れた。粉々になったガラスの破片が辺りに飛散る。ヒラヤマは黙々と蹴り続ける。その時、助手席のドアを蹴り飛ばしてハルトが飛び出してきた。
「もうやめろ!」ハルトがヒラヤマの背中に向かって叫ぶ、それを無視して黙々とドアを蹴り続けるヒラヤマ、ハルトの手には金属バット、ヒラヤマの背後に回り金属バットを大上段に構えて、「やめるんだ!」と再び叫んだ。ヒラヤマはやにわに振り返るとハルトの腰を蹴った。激しい衝撃と痛みが走った。ハルトは吹っ飛びそのまま後方へ倒れこむ、金属バットが雨で濡れたアスファルトの路面にカラカラと音を立てながら転がっていく。ヒラヤマが倒れているハルトに向かっていく。その時車からマスターが飛び出し「いい加減にしろ、この野郎!」と叫びながらヒラヤマに掴みかかった。次の瞬間、ヒラヤマの強烈な肘打ちがマスターの顎を捉えた。崩れ落ちるマスターの腹部に容赦無いヒラヤマの蹴りがはいる。マスターは、たまらず後ろに吹っ飛んだ、その勢いでライトバンのボディに激突しフェンダーに激しく頭部をぶつけその場に倒れこんだ。ハルトは起き上がりヒラヤマに飛びかかろうとした。そこにバイクから降りた金髪の少年が掴みかかる、二人はもつれて横倒しになってもみ合った、金髪の拳がハルトの顔面にめり込むと間髪を入れず金髪が馬乗りになってハルトを押さえつけた。金髪は執拗にハルトの顔面を殴り続けた、金髪の息が上がった次の瞬間、ハルトの放った右拳が金髪の右目を捉えた。金髪は顔をおさえてしゃがみ込んだ。起き上がろうとしたハルトの背中に後方にいたもう一人のドレッドヘアの少年が飛び蹴りをしかけた、たまらずハルトも前のめりにつんのめってアスファルトに膝をついた。金髪が落ちていた金属バットを拾いあげて近づいてきた「なめやがってこれでもくらえ!」なんとか立ち上がったハルトの後頭部に金属バットをフルスイングで打ち付けた。ハルトはその衝撃でその場に膝から崩れ落ちる
──────遠雷の音が響き、雨が激しくなった。アスファルトに顔面を打ちつけた時ハルトは血と鉄の混じったどこかすこし懐かしい味を感じた。
ハルトの意識が急速に遠のいていく一気に温度が下がった路面がハルトの体温を奪っていった。
「手間取らせやがって」
「おい、ユキオ! てめえ何のんきに座ってんだ、急いで女と子供をヴァンに乗せろ!」ヒラヤマがミニヴァンの運転手に指示する。あわててミニヴァンから飛びだしたユキオはライトバンの車内に残っているレイコの腕を掴むと車外に引きずり出した。「何すんのよ!」レイコは両腕をばたつかせ激しく抵抗する。その時ユキオの首につけていたネックレスの鎖がちぎれて路上に落ちた。「てめえ何しやがるんだ!」ユキオはレイコの頬を強く張った。ヴァンから少女が降りてきたかと思うと泣き叫び怯えてるリカとユウジに「あんたたちもお姉ちゃんと一緒に来るんだよ、心配しなくて大丈夫よ」と微笑みかけ二人をライトバンから降ろした。
───ハルト、どうしたの? はやく起きて戦うのよ───かあさん?───子供たちを守るのよ───そんなこと言ったって、僕はもう動けないよ、かあさん───なに弱音はいてんの? あなたはこれくらいのことで負けるような子じゃないのよ、さあ、はやく起きて───でも、かあさん……。
ハルトは静かに立ち上がった。「てめえ、しつけえぞ!」金髪がそういうとハルトに殴り掛かった。ハルトは金髪の攻撃をかわしながら低い重心から滑るようにパンチを繰り出し金髪のボディにこぶしをめり込ませた。ぐうぅといううめき声が金髪の口から洩れた。ハルトは間髪をいれず連打を見舞う。顎にアッパー、こめかみにフック、肝臓を狙って的確な前蹴り。ポイントを的確に突いてゆく。金髪がふらついたところにハルトは金髪の顔面に強烈な拳を叩きつけた。ぐしゃ、鼻骨が折れるいやな音が響き金髪はその場に崩れ落ちた。すかさずドレッドヘアが飛びかかってきたがハルトは腹部に渾身の蹴りをヒットさせるとくの字に折れ曲がったドレッドヘアの後頭部に思い切り拳を振り下ろした。ドレッドヘアはその場に崩れ動かなくなった。
「そこまでだ。てめえなかなかやるじゃねえか見直したぜ」ヒラヤマが拳銃を構えハルトに向けるとそういった。ハルトはヒラヤマを睨みつける。「その目、見覚えがあるぞ、昔どっかで会った事あったっけか? まあ、んなことあるわけねえな───死ね!」ヒラヤマはそういうと引き金をたて続けに2回引いた。銃口が激しく震え、閃光が目を衝いた。2発の銃弾はハルトめがけて飛んできた。───ハルトには弾丸の軌道が読めた、まるでスローモーションのように飛んでくる弾丸を身をひるがえしてよけた。
「てめえ、何物だ……」ヒラヤマは唸った。その時、黒服隊のパトロールカーのサイレンが遠くから聞こえてきた。ハルトはレイコと子供たちに駆け寄りライトバンに乗せた。
「ちきしょう、タイムオーバーだ、覚えてろよ! 次は必ず殺す」ヒラヤマはハルトにそういい放つとバイクに跨りロータリーを後にした。金髪とドレッドヘアもなんとか起きだしてバイクに乗ってヒラヤマに続き去っていった。残されたユキオと少女もミニヴァンにあわてて戻ると後に続いた。
───ここで少し時間が遡って、東和食堂店内
トイレのドアが開きヤマサキが現れた。
「お、先生早かったね、マスターが店のボトル飲んでいいっていうから、先生も飲むかい?」
カジが言う。ヤマサキはそれに答えず手に持ったスーツケースをテーブルの上に置いた。
「なんだい、旅行にでもいくのかい?」
ヤマサキはスーツケースからノートパソコンと液晶モニターを取り出すと。セッティングをはじめた。
「いい加減暑苦しい」そういうとヤマサキは顔にぴったりと張り付いたゴム製のマスクを引きはがすとコートを脱ぎ中に着ていた三枚のセーターを続けて脱ぎ捨てた。するとYシャツ姿の瘦身で精悍な顔立ちの中年男性が現れた。
カジは驚いてのけぞった「あんたいったい誰だ?」
「今君に説明してる暇はない」そういうとヤマサキは喉に張り付けてあった変声シールをはぎ取った。
ヤマサキはモニターの電源をいれた。そこには上空からみた東和台駅の光景が映し出された。ちょうどハルトがライトバンから飛び出したところだった。
「なんだい、ハルちゃんじゃねえか、これ駅の映像だろ? どうやってるんだ」
「ハルトの腕時計にしこんであるGPS発信機の信号を感知して自動追尾しているドローンのリアルタイム映像だ」そう言いながらヤマサキはノートパソコンのキーボードににせわしくコマンドプロンプトを打ち込んでいる。
「やばいよ、ハルちゃんやられてるよ。あ、マスターが出てきた。あれマスターも秒殺されちゃったよ」
ヤマサキがコマンドを打ち終わると一息入れてENTERボタンを叩いた。
「これでよし」
「やばい、レイコさんと子供たちが連れていかれる……」
「あ、ハルちゃんが起き上がってヤンキーぶん殴ってるよ、やれやれ! ハルちゃん負けるなよ!」
「やばい、サングラスの野郎拳銃もってやがる。ハルちゃん撃たれちゃうよ……」
「どうなってるんだ? ハルちゃん弾避けたよ。信じられねえ……」
「先生がやったのかい? そのパソコンで」
「ああ、ハルトに能力をインストールした」
「そういえばハルちゃん、読んだこともないシェイクスピアを言い当ててたな。能力をインストールってそういうことかい、先生? ハルちゃんはマトリックスのネオみたいに超能力を手にしたってことでいいか?」
「まあ、少し違うけど好きなように解釈してくれ」
「もしかしてあんたハルちゃんの親父さんか?」
「違う、ハルトは私の贖罪の証だ。こんなところで死なせるわけにはいかない」
「ただ、これでハルトの記憶が蘇ることになった。
───あの忌まわしい過去の記憶が……」
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