![見出し画像](https://assets.st-note.com/production/uploads/images/150739827/rectangle_large_type_2_680ab117bf5fa1545e80061f8890a681.jpeg?width=1200)
マザレス番外編 烙印の報復 真夜中の銃弾 没エピ 鳴海ケンイチ編③ スピンオフ
母親を殺害し同級生の少年に重傷を負わせた罪で逮捕されたケンイチは警察による数週間の取調べ受けた後児童相談所の一時保護、家庭裁判所の審判を経て触法少年として地元から離れた教護院『国立のぞみの園学院』に移送された。ここでは、政府発行の『重犯罪児童再教育プログラム』を遂行し管理されていて、重犯罪を犯した14歳以下の少年少女が収容されていた。『国立のぞみの園学院』の方針は、院生の更正、矯正および社会復帰のため、家庭的な雰囲気で成長を促進させ、訓練し教育する事を目的とするとされていた。しかしそれは全くの表向きであり、実際の院生の生活は悲惨極まりないものであった。職員による子供たちに対する暴力は日常的であった。その結果である死がかなりの頻度で存在した。しかし閉鎖的な施設の中での事例であって決して外部に漏れ伝わる事はなかった。院長はソン・ドユンというK国人でキリスト教系の新興宗教の宗教家でもあるソンは背は低く腹が出て太っていた。顔の色艶は良く見るからに健康そうであった。ソンは院生に自分の事を牧師様と呼ばせていた。牧師といっても服装は普通の会社員が着るようなスーツ姿あった。当時院生は数名いてその中に父親殺害の罪で入所している霧島歩がいた。アユミはケンイチより二歳年かさだった。ケンイチは、ここに到着してまず最初の手続きを済ますとアライという三十代の施設職員の男にバリカンで坊主にされた。アライは体格の良い大男で半袖のシャツから出る日に焼けたその腕は太く毛深かった。
「お前、お袋殺したんだってな?」
刈られた毛を掃除させられてるケンイチに向かってアライが唐突にいった。
「……」
「自分の母親を絞め殺すときはどんな気分なんだ?」
「……」
「何とかいえよ、お前しゃべれねえのか?」
アライは、ケンイチの耳を掴むと力まかせに引っ張りあげた。
「痛いか? どうした何とかいえよ、オレを舐めるなよ!」
「……」
「強情なやつだな」そういうとアライは、いきなりケンイチのみぞおちを殴りつけた。ケンイチあまりの痛みでうずくまり体を折って床に反吐をぶちまけた。その後ケンイチはに手錠とヘッドギア、拘束衣を着せられ独房入れられた。それは、新入りの収容者に課せられるここでの儀式でありこの施設の習慣であった。これは新参の収容者の毒気を抜く事が目的の隔離であった。院長のソンはここで静かに瞑想し自分の犯した罪の反省をする事をケンイチに命じた。独房の中ケンイチは殺した母親の事を思った。幼い頃の事を思った。楽しい思い出などひとつもなかった。辛かった事は数え切れない程あった。暴力以外で人と繋がった事はなかった。母親でさえもそうだった。ここに来ても理不尽な暴力を受けている。一体何を反省するというのか、ケンイチにはわからなかった。最後に人と話したのは隣に住んでいた精神を病んだ女だったかもしれない。あの女は今頃どうしているだろうか……。独房から出されて数日が過ぎた。あれからアライはケンイチに絡んでくることはなかった。その日昼食後の自由時間、窓の外の景色を一人ぼんやりと眺めているケンイチの背後から少女が話しかけてきた。
「何みてんの?」
ケンイチは窓の外を見つめたまま振り向きもしない。背中では平静を装っていたが内心は動揺していた。通っていた小学校でケンイチに話しかけてくる子供なんて誰もいなかったからだ。ケンイチは振り返り少女を見た。
「あんたまじ、口利けないの?」
少女は怒ったように言ったかと思うとおどけてボクシングを真似た格好でケンイチの腹部を軽く殴った。やめろ……普段もの言わぬ態度で押し通してきたケンイチは声帯の動かし方も忘れかけていた擦れたその喉でやっとでそう答えた。
「なんだ、ちゃんとしゃべれるやん!」
少女はけらけらと笑いながらその大きな目を細め
「私アユミ、大嫌いな名前。ケンイチっていい名前やね」といった。
「……」
「今日はあったかくて、気持ちいい───」
アユミはケンイチの肩越しに眩しそうな目をして窓から見える晴れ渡った空を見ている。ケンイチも振り向き窓の外を見る。雪解けの季節が訪れてた。遠くの山々は、まだ白く輝く雪を頂に残しながらも、徐々にその姿を変え始めていた。春が近づいていた。静かにその美しい光景に見入っていた二人はしばらく並んだまま黙って外の景色を見ていた。
初めて口をきいた日から少しずつではあったが、ケンイチはアユミに心を開くようになった。同じような境遇で同じ罪を背負った二人の悲しみが共鳴し交じり合った。
楽しかった?───何が? 子供の頃よ───まさか───ぜんぜん?
───ああ、ぜんぜん───ひとつくらいあるでしょ?───ないな
───あはは、可愛そう
アユミはあるのか───うーん、あるよ。お母さんがいた頃は楽しかった
───そうか───あ、ごめんね───いいよ
アユミは自身の犯した罪の呵責に苛まれていた。夢の中に現れる父親はその焼け爛れた顔でアユミに呪いの言葉を浴びせた。目が覚めてからも逃れようがない罪悪感に押しつぶされそうになった。
───お父さん…。ごめんなさい、でもそうするしかなかった……。
アユミは父親の夢を見る度、贖罪の祈りを繰り返した。ケンイチもまた母親を殺害した事による良心の呵責に苦しめられていた。
───あの日、雪の校庭でヒラヤマに殴り殺されればよかった。
ケンイチはアユミと話してる時だけは穏やかになれた。そのささくれ立った心が癒されていくのがわかった。生来孤独だったケンイチにとってアユミは初めて出来た友達だった。
だれか待ってる人いる?───いない───ここでたらどうする?───わからない
じゃあ、一緒に暮らさない?───あはは、似たもの同士一緒にいるのも悪くない
ある朝院長はソンは二人を礼拝堂に呼び、ひざまずき神に祈るように命じた。───『私たちの罪をお赦しください。私たちも、私たちに負いめのある人たちを赦しました』そうすればお前たちが赦したように、主はお前たちの罪も赦してくださる。「でも、私は赦すことはできません」とアユミはソンに向かっていった。「お前はどうだ?」ソンはケンイチに向かっていう。「わかりません……」ケンイチは呟くようにいった。「そうか、まあいい」そういうとソンは奥の部屋に姿を消した。自室に戻ろうとしていたケンイチを施設職員のアライが呼び止めた。「ちょっとこい!」アライの手には竹刀が握られていた。保健室にケンイチを押し込むとアライはいきなり竹刀でケンイチの太股の裏を叩いた。たまらずケンイチは床に膝を付いた。今度は竹刀の先でケンイチの腹を手加減なしに突いた。激痛が腹部を貫き四肢が痺れた。腹を押さえてうずくまるケンイチの頭めがけてアライの蹴りが飛んできた。眼の裏に閃光が走った。苦しむケンイチを見てアライは楽しむように嗜虐的な薄笑いを浮かべている。「これはお前の犯した罪に対する罰だ!」アライはそう言い放つと倒れて呻き声をあげているケンイチの髪を掴んで顔を持ち上げ、つけていた軍手を片方外ずし丸めて無理やりケンイチの口に押し込んだ。そして更に殴る蹴るの暴行を続けた。───ケンイチは気がつくと自分の部屋のベッドで寝かされていた。何時間たったのだろうか……。遠くで犬の遠吠えが聞こえた。窓の外はもう真っ暗だった。時計を見ると真夜中だった。ぼんやりと霞がかかった頭の中でアライがいった言葉が繰り返された。───これはお前の犯した罪に対する罰だ。───お前の犯した罪……。かあさんを殺した……。僕が殺した。今でもあの感覚は忘れる事は出来ない。呼吸が苦しくなりケンイチはベッドから身を起こした。体中が痛んだ。喉がヒリつく。水を飲もうと部屋を出ると食堂に向かった。廊下に出るとどこからか微かに声が聞こえてきた。最初は猫の泣き声のように思えた。ケンイチは声のするほうに歩いていくと、院長室の前に着いた。ドアの前に立つとそれははっきりと聞こえた。それは猫の泣き声じゃなくアユミの喘ぐ声だった。ケンイチはドア細めに開けた。鍵は掛かっていなかった。アユミの白い肌がケンイチの目に飛び込んできた。院長のソンが机の上のアユミの裸体に覆いかぶさっていた。ケンイチは急いで食堂に行くと厨房の包丁が入っている抽斗をあけ一番大きな牛刀を取り出した。院長室に戻ったケンイチはドアを蹴り開けた。突然現れたケンイチにソンは驚き「なんだ! お前はこんなところで何をしてるんだ!」と激昂して叫んだ。───ケンイチはアユミを見た。アユミが目をそらす。「いったいなんのつもりだ!」ソンはケンイチに向かいそうというと、ソンはアユミの身体を突き飛ばした。ケンイチの手にしている牛刀に気づくととソンは眼を大きく見開いて狼狽した様子で今度は「待て、はやまるな」とうわずった声を上げた。院長室に踏み入ったケンイチは手に持った牛刀をだらりと下げ呆然とアユミを見下ろしていた。床に倒れたアユミがケンイチを見上げて「……ケンイチたすけて」アユミの口がそう動いた。するとアユミの口から一匹の黒いトカゲが這い出してきた。「ヤラレタラヤリカエセ」ケンイチに向かってトカゲがそういった。ケンイチは牛刀を構え「俺はお前を赦さない、ぶっ殺してやるよ」ソンに向かってそう言い放った。「待て、私が悪かった…… 殺さないでくれ……」命乞いをするソンを睨めつけにじり寄るケンイチ。その目は激しい憎悪に満ちていた。その時、宿直室で騒ぎを聞きつけたアライが院長室に飛び込んできた。ジャージ姿のアライの手には木刀が握られていた。「お前まだやられたいのか!」木刀をケンイチに向かって突き出した。ケンイチはそれを避けると牛刀をアライめがけて振り下ろした。牛刀の刃先がはアライの木刀を握る手に触れると、アライの指が二本弾け飛んだ。アライは呻きながら咄嗟に木刀を捨てると指が切断された左手を右手で押さえて後ずさった。足がもつれてアライは尻もちをついた。ケンイチは構えなおすとアライの顔面に牛刀の切っ先を突きつけた。「殺さないでくれ……」泣きながら懇願するアライ。「これはお前の犯した罪に対する罰だ!」ケンイチはそう叫ぶと牛刀をアライに向かって振り上げた。その時三発の乾いた銃声が響いた。ソンが机の抽斗から取り出した護身用の小型拳銃でケンイチを狙って発砲したのだった。一発の弾丸がケンイチの右のこめかみに小さな穴を開けた。スローモーションのように崩れ落ちるケンイチ。「ケンイチィィー!」アユミの絶叫が真夜中を切り裂いて響きわたった。