逆子?
初孫が生まれた。娘とは離れて暮らしているから、妊娠の経過を間近では見ていない。シフト仕事もあるし、何かあってもすぐに駆けつける距離ではない。
妊娠中娘は「逆子で、でも戻ったから大丈夫」と言い続けていた。妊娠後期になって「また逆子になって、でも戻ったみたい。ドクターも別に言わないし大丈夫なんだと思う」とまた言う。自分の職業柄、逆子を繰り返していて、妊娠後期の逆子が戻ったと言うなら「臍帯巻絡」しか頭に浮かばない。
よく緊急帝王切開のオペに入っていたから「緊急手術」「母体への麻酔リスク」「児のリスク」に対しての対応となりオペ室内は2名分の命がかかった緊迫した空気が充満する。リスクを負った状態で、全て時間との勝負になる。麻酔・手術・新生児への対応が揃って緊急帝王切開は成立する。経験上頭の中は、2名とも助かるか、母子どちらかを失うか、母子ともに失うかを想定する。逆子の話を聞いてから、生まれるまで寝た気がしない日を過ごした。「最悪の想定」が実際に起きた夢を何度も見た。生きた心地はしない。
予定日を過ぎても出産にならないため入院すると娘から連絡がきた。その後、案の定、通常分娩を行ったものの、陣痛のたびに児の心拍が下がるから帝王切開になるとLINEが来た。自分の頭の中は「やっぱりね」となる。
その日は仕事で、自分の職場の方は急変もなくその兆候も見られない。気がきでならないが、覚悟して待つしかない。次の連絡は自分が想定したことの中の一つが結果として知らされることになる。
緊急帝王切開の手術自体は皮膚切開から皮膚縫合まで20分もかからない。それは充分わかっている。「2人とも失いたくない」と思うたびに体がちぎれそうな感じがする。リスクだけ代わってやることはできない。
当の本人である娘には臍帯巻絡であろうことは経験上間違いことや緊急帝王切開のリスクについては言ってこなかった。比較的近くにいる親よりも頼りにしている親族には言わないでいた(死期の迫った伯父のことで尋常でない状態になっていたので)。
やっと連絡が来た時はLINEの画面を開くのにためらった。結果的には無事出産し母子ともに問題ないというもの。やはり臍帯巻絡で児の体に何重にも臍帯が巻き付いていたという。エコーでは見づらく、ギリギリの判断だったという。自分は「だろうなあ」と思い、母子ともに無事であったことに安堵しつつ、児の出生にまつわるいろんな「やりきれない思い」が引いていくのを実感した。「2人とも無事だ。もういい、充分だ」と保育器の中で大泣きしている児の写真と、娘に抱かれている児の写真の2枚を見て自分に言い聞かせた。そして救ってくださった方々への感謝を心の中で呟いた。