意味のない転校1
意味のない転校
落ち着きのない「問題児」のまま小学校を終え、なぜかわからないが、そのタイミングで転居したことで、行くはずだった中学校に行けずに強制的に違う学区の中学校へ。
周りは皆顔見知りみたいで、初日から仲良しの様子。自分は、知っている人はおらず、孤立した。当然だと思う。
それでも、そのうち友達も増え、なぜか頼られるようになる。なぜだかわからないけど。
そんな環境に慣れてきて、1年経たないうちに小学校の時の校区に転居し転校した。周りは知っている子が半分以上。「もどってきた」という感覚はあるものの、こっちの方が嫌がらせを受ける事になる。だいいち、転居し転校した理由が不明と感じていた。
「なんで、転校させたのだろう?。これも父親のchild abuseの一環なのだろう」としか理解できなかった(いや、心の底ではわかっていた。勉強しないで友達と遊んでいてばかりだったからだ。テストの点数なんて気にしなくなっていた)。授業の進み方や教え方が違い、知識の空白ができて本当に困った。当時は校内の廊下を自転車で走り、教師が追いかけるなんて珍しくなかったし、生徒と教師が殴り合ってもいたし、トイレで喫煙も当たり前。どこの中学もも荒れていた。
自分はもっぱら帰宅部で、数人で雪合戦なんかしながら帰ったり、近くの体育館に帰宅同士で通い卓球をしたりした。寄り道しなければ30分も歩けば着くのに、雪合戦をしながら自宅に帰るのに2時間半かかったりしていた。
今思えばおバカだなと思うけど、家に帰りたくないのだから当然の流れだっと思う。みんなよく遊んでくれていたと思う自分が心の中に少なからずあった。
とにかく家に帰りたくない願望を常に持っていた。
家にいいても、安心できる場所はなく、誰も守ってはくれなかった。自分の内面を理解してくれる人は皆無だった。
毎日晩飯が恐怖だった。お腹は空いているけど父親の罵倒なしでは飯が食えない。じきに食事そのものが楽しみではなくなる。
そして、とうとう体が食べたものを嘔吐するようになった。
救急病院に運ばれても、原因はわからないという日々をしばらく続けるようになった。そして、入院した。
意味のない転居や転校、父親の罵倒と暴力の結果であった。
最後までお付き合いいただきまして、ありがとうございました。