増資手続の手引き(実務編)

前編ご紹介

この「増資手続の手引き」ですが、前編「実務担当者はつらいよ編」があります。

使い古された表現ですが、増資手続は、その辺に溢れている情報に書かれていることからイメージするようなキラキラしたものではないです。

CEOやCFOはカフェラテならぬ泥水啜って案件をまとめ上げるわけですし、その泥だらけのCEOやCFOからバトンを渡されるコーポレート部門の実務担当者も同様に泥まみれになって、超地味な作業を回していくわけです。

胃はキリキリするし、プレッシャーも掛かるし、大変なんですよね。何よりミスれない上に、時間がない!
という話?が前編である「実務担当者はつらいよ編」です。笑

後編「実務編」で書くこと

前編では、以下の(1)~(5)の概要を書きます!と宣言したので、宣言どおり、これを書いていきます。
あふれ出る書きたいことは、前編に少しキレイ目にまとめたので、後半はやや迫力に欠けるかもしれませんが、ご容赦ください。

⑴投資家との間における契約締結
⑵既存株主対応(事前通知等)
⑶発行会社における決議(株主総会決議・取締役会決議)
⑷投資家による払込み
⑸登記手続

(1) 投資家との間における契約締結

まず、契約締結です。
登場する契約書のタイトルですが、ケースごとにバラバラですし、そのタイトルの契約書に含まれている内容もまちまちです。
ですので、ネット上ではA契約書に書かれているとされていた項目が、B契約書に書かれているが、それは正しいのか…?などという細かい疑問が発生すると思いますが、その辺は、弁護士に確認しましょう!

一般的には、①投資契約書②株主間契約書③分配合意書の3点セットがよくあるパターンです。なお、①に合わせて、④総数引受契約書が締結されることもあります。
ですので、多くて4つの契約書が登場することになります。

ちなみに、この辺は特に明確な決まりはないわけですので、
③分配合意書の内容が②株主間契約書に含まれ、①投資契約書、②株主間契約書の2つになる場合(④総数引受契約書がこれに加わる場合もある)もありますし、②株主間契約書が①投資契約書に含まれて(※この場合は、当該ラウンドの投資家だけでなく、既存投資家も投資契約書の当事者になることになります)、①投資契約書、③分配合意書の2つになる場合(④総数引受契約書がこれに加わる場合もある)もあります。ケースバイケースです。

それぞれの契約書の記載内容ですが、ある程度定型化しており、有用な書籍も多く出されています。例えば、以下のような書籍がおススメです。

慣れているVCが入っているのであれば、そのVCから契約書が渡されるケースが多いのではないかと思います。
そして、一度、契約書が生まれると、それ以降のラウンドでは、当たり前ですが、その前のラウンドの契約書がベースになっていきます。
そして、当たり前ですが、前回ラウンドで認めた条項を投資家不利に修正することは難しくなりますので、要注意です。
今回のラウンドだけ飲んでおけばいいや、で適当に飲むと、一生引きずることになります。もちろん、条項は変化していくわけですので、ラウンドごとに交渉の余地はありますし、交渉すべきですが、論点に上がってしまうことは間違いありません。

なお、④総数引受契約書だけは、フォーマットがネットや書籍に転がっていない気がします。

この書籍はまじでめちゃくちゃ有用なので、参照する機会がかなりあるのですが、総数引受契約書の体裁に触れている箇所があります。
特に重要であるところを抜き出すと、(複数の投資家がいる場合において)総数引受契約書が1通である必要はありません。
つまり、投資家Aと投資家Bが、X社の募集株式の総数を分けて引き受けるとした場合において、X社・投資家A・投資家Bの3者で1通の総数引受契約書を作成する必要はなく、X社・投資家Aで1つ、X社・投資家Bで1つの総数引受契約書を作成することでも良いということです。
ただし、このような場合であっても、各契約書の中に同時に株式を引き受ける投資家に関する氏名・名称を記載することとされています。つまり、X社・投資家Aの契約書の中に、投資家Bの氏名・名称も記載する必要があります。引き受ける株主とその株数をリスト化して、総数引受契約書に盛り込むことが多いのではないでしょうか。

(2) 既存株主対応(事前通知等)

続いて、こちらです。
既に、既存株主との間で②株主間契約書を締結している場合において、新たに募集株式を発行する場合は、既存の②株主間契約書に基づく対応が必要になりますので、要注意です。

主要どころとしては、2つ想定されます。

1つ目は、事前承諾・事前協議・事前報告事項に含まれている場合の対応です。
募集株式発行やその前提となる定款変更(シリーズAでA種優先株式を発行した後に、シリーズBでB種優先株式を発行する場合は、B種優先株式に関する定款変更が必要になります)については、その重要性に鑑み、事前承諾・事前協議・事前報告事項になっていることが多いですので、その対応をしなければなりません。

社内決裁を通したのち速やかに、通知書を送ることになります。
通知書の内容としては、"これこれこういうことを行うのですが、当該事項は、貴組合との間で締結した●年●月●日付け株主間契約書第●条で、事前に貴組合に通知の上、その承諾を得るように規定されているので、通知します"というようなものです。
事前承諾事項なのであれば、"承諾します"という旨の記載とともに記名押印を貰う必要がありますし、事前協議事項なのであれば、"協議しました"という旨の記名押印を貰う必要があります。
通知書と一体として作成すると良いと思います。

2つ目は、既存の優先株主が保有している優先引受権(希薄化防止条項)への対応です。
株主間契約では、持ち株比率の維持等を目的として、次のラウンドで、優先的に募集株式を引き受ける権利を付与することが珍しくありません。
この場合、既存の優先株主に検討期間が付与されていることがあります。例えば、募集株式の1か月前に通知をすることが義務付けられ、通知の1か月間において権利行使をしなければ、優先引受権を喪失するというものです。

前編でも記載しましたが、増資手続のスケジュールはタイトであることが少なくなく、呑気に1か月間も引き受けるかどうかの判断を待っている余裕はありません。
そこで、上記のような条項が入っている場合は、1か月前の通知をすることはもちろんのこと、併せて、優先引受権の放棄をしてもらうことになります。これも、"放棄します"という旨の記載とともに記名押印を貰う必要があり、通知書と一体として作成すると良いと思います。

(3) 発行会社における決議(株主総会決議・取締役会決議)

以上と合わせて、会社法に基づく手続きが必要になります。
非公開会社(未上場の会社)の取締役会設置会社であり、かつ、総数引受契約締結をするケースを前提にします。

全体の流れとしては、①募集事項の決定をして、②総数引受契約の承認をすることが軸です。
その上で、必要に応じて、③種類株主総会決議を行います。なお、定款変更を行う場合は、これが必須になります。

まず、①募集事項の決定です。
非公開会社(未上場の会社)の場合、株主総会の特別決議が必要です。なお、募集株式の数の上限と払込金額の下限を定めた上で、募集事項の決定を取締役会に委任することも可能です。
また、発行する株式が既存の種類株式である場合(例えば、A種種類株式が発行されていて、再度、A種種類株式を発行するような場合)は、③種類株主総会決議として、A種種類株主総会決議も必要です。
ただし、定款に規定することでこれを排除する(つまり、A種種類株主総会決議を不要とする)ことは可能ですので、そのような定めがあるのであれば、A種種類株主総会決議は不要です。

次に、②総数引受契約の承認です。
総数引受契約の締結については、取締役会による承認決議が必要になります。
なお、総数引受契約型にすると、申込みと割当てという行為を行う必要がなくなります。

最後に、③種類株主総会決議です。
会社法第322条第1項第1号では、株式の種類の追加、発行可能株式総数又は発行可能種類株式総数の増加に関する定款変更の場合は、種類株主総会決議が必要である(「ある種類の株式の種類株主に損害を及ぼすおそれがあるとき」という条件付きではありますが)と規定していますので、新しいラウンドで新たな種類の株式を発行する場合は、既存の種類株主総会で定款変更の決議を行う必要があります。
つまり、A種種類株式、B種種類株式を発行している会社が、シリーズCでC種種類株式を発行する場合は、その定款変更について、普通種類株主総会決議、A種種類株主総会決議、B種種類株主総会決議が必要になります。ここで、普通種類株主総会決議が必要になりますので、お忘れなく。

なお、余談ではありますが、"定款変更 = 普通種類株主総会決議が必要"というわけではないので、注意が必要です。

(4) 投資家による払込み

あと少しです。投資家に払込みをしてもらう必要があります。
払込みのタイミングですが、募集事項として「募集株式と引換えにする金銭の払込み……の期日又はその期間」が定められていますので(※前者を払込期日、後者を払込期間といいます。)、これに従って払い込んでもらいます。

案外、まだドキドキさせられるイベントですので、要注意です。
投資家に対峙しているのが、CFOや経営企画・財務であり、会社法上の手続を対応するのが法務ですので、この辺は、連携ミスが起こらないように要注意です。

なお、司法書士の石川先生の以下のブログもご参考に。

(5) 登記手続

払込みまで完了すれば、最後は登記手続です。
ここまで来て決議が漏れていたことが判明した等の事態が起こらないことを祈るばかりです。

おわり

最後少し力尽きましたが、概観するとこのようなイメージです。

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