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季節外れの、プールの匂いは。

僕は、例えば学校にあるような

外のプールが、嫌いだ。




じりじりと照りつける太陽。


床からの照り返しの熱。


さほど冷たいとは言えない水温。


鼻にふわっと入ってくる塩素の匂い。




そして、何よりも、




ここに来ると、彼女を思い出してしまうから。




だから、僕はプールが嫌いなんだ。





なのに、

僕はどうして、この場所に立っているんだろう。




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『おはよう。』


「んーんー」



パンをかじりながら、僕の返事に答える

隣の席の彼女。



『美羽、今日の日本史の宿題やった?』


「あっ」

もぐもぐしていた口を止めると、



「お願い、見せて!」


『うん、いいけど…』


『この前、赤点取った時の補習で宿題出してないとか、散々怒られたんでしょ?』

『これ以上やらかすと、冬休みの時みたいに呼び出されるよ』



「わかってるって」


美羽は僕から強引にプリントを奪い取ると、

お気に入りのシャーペンを持って、書き写し始めた。





"…ここまでが黒船来航までの流れで…"



教科書の内容をつらつらと読むだけの授業。


絶妙に効きの悪い冷房。


窓を突き破って聞こえる、ジリジリというセミの鳴き声に


規則正しいとも、不規則ともとれる

チョークのリズムが、


淡々と流れる時間に刺激を与える。




ふと、窓側の美羽を見ると、

つまらなさそうに外を見ている。



でも、その青空に映えた横顔が




綺麗だな




と感じた。




「ん?」


僕の視線に気づいたのか、

美羽がこちらを振り向いた。


何か恥ずかしくなって、

僕は慌てて視線を、前へと戻した。






『お待たせ。』


「ありがと」



ハンバーガーセットとドリンクの入ったお盆を机に置く。



「夏休み、何しようか」


『その前に、補習の課題終わらせたら?』



「うるさい。今その話はいいの」



美羽はそう言うと、

ポテトを何本か取って、口に頬張った。


「そんなことよりも、今しかない青春を楽しみたいもん。」


『まぁー、そりゃね』



「ねぇ」


「どっか遊ぼうよ」


『うーん…』




『じゃあさ、プール行かない?』


「やだ」


「この時期混んでるし」



『空いてるとこ、見つけたんだよね』


「え、本当に??」



『じゃあ、今から行こうよ』



この言葉。

周りから真面目と言われている僕の中では、色々と一大決心だった。


美羽との思い出を作りたいという意味でも、

そして、もう一つの意味でも。



「え?ここ?」


美羽が驚くのも無理はない。


僕が彼女を連れてきたのは、

閉鎖されているはずの、学校のプール。


周りを取り囲む金網のフェンスに、

扉にはダイアル式の鍵が付けられている。



『ここなら絶対空いてるから』


「やめなよ、らしくない」



『たまには、こういうことも、いいじゃん』


僕は、この前教師をつけて、こっそり盗み見た

鍵の番号を思い出しながら、


『0』


『2』


『1』


『5、っと』


ガチャンと音を立てて、ロックが外れた。







『結局入ってるじゃん』


「うるさいっ」



綺麗に水が張られたプールに、

僕と美羽が出す、水音だけが響く。



「ねぇ」





「ほんとに行っちゃうの?」



『うん』


『夏休みが明けたら。』




僕は、夏休みが終わったら、

家族と共に、この街を出る。




「正直、寂しい」



『うん、それは僕も』





「一つ、約束して?」



『うん、何?』



「もし、ここに帰ってくることがあったら」




「もう一度、会わない?」



『うん、約束。』



僕たちは、おそらく二度と叶うことのない、

指切りげんまんを交わした。





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あの時よりも、

少し髭が濃くなって、若白髪が出始めた頃、


僕は再び、この街に戻ってきた。



いるはずもない、彼女の姿を、探して。



きっと、会えないってわかってる。


でも、あの時の約束を果たさなきゃ。



僕は、導かれるようにして、

プールの前にやってきた。





扉に掛けられた、

あの時と全く同じダイヤル鍵。



同じ番号を入れると、

ガチャリ、と音を立てて外れた。



『って…これじゃ何の意味もないだろ』



そう呟いた時、



「来てたんだ」






「今日は。」


僕の後ろで、聞き覚えのある声がした。

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