【応援団】今年の甲子園
皆さま、おつかれさまです。
しょうぞうです。
今年も甲子園が終わりました。
私も今回1日だけでしたが、本当にレベルが高くて、高校生とは思えない熱い試合ばかりでした!
寂しくなりますね。
高校球児の皆さま、おつかれさまでした。
さて、慶應義塾高校の優勝で幕を閉じた今年の甲子園ですが、
決勝戦を見ていて、
「慶應の応援がうるさすぎる」
「応援のせいで仙台育英が負けた、かわいそう」
という声がたくさん挙がっていました。
元応援団員の私は、この反応を聞いて、
「これは慶應義塾高校の応援団への最大の褒め言葉だ」
と思いました!
元、応援団員としての慶應の応援について語らせてください。
(まず、私は特に慶應のファンというわけでもありません。慶應の応援は好きですが。
野球、そして応援が好きなので、仙台育英も素晴らしいなと思います。)
まず、応援団の目的は、「戦っている人を応援し、背中を押すこと」です。
我々は人への熱い思いを応援という形にして、人のために全力を尽くしています。
その熱い思いを伝える手段として「声援」がありますが、
ただやみくもにみんなが「がんばれ〜」と言ってもただの騒音です(笑)。
そこで、応援団は応援席の声を大きなひとつにし、統制して、選手に届けるのです。
そのために、掛け声を作ったり、曲に乗せたりして、みんながノリやすいようにしています。
みんなをノせて、声をひとつにする。
そして雰囲気を味方につける。
これは、かなり難しいことで、並大抵のことではありません。
プロの応援団でもそんな応援をつくりだしたり、雰囲気を醸成するのは至難の技だと思います。
しかし、甲子園の決勝では、
球場全体で「若き血」の大合唱、
そして球場全体を慶應を応援するムードにさせ、試合の流れを持っていきました。
雰囲気を味方につける応援を作り上げてしまったのです。
これこそが、本当の応援の勝ち方の理想です。
私がずっと作り上げたかった、応援団の勝利の形です。
このように、
慶應義塾と仙台育英の決勝戦は、
本当に応援団が勝利を引き寄せた試合だったんだな、と鳥肌が立つ思いで見ていました。
「応援団のおかげ(せい)で試合に勝った・負けた」というのは、応援団への最大の褒め言葉なのです。
もちろん、メディアの過度な持ち上げで、慶應義塾を応援するムードがすでにあったこと、大人の力が過度に入って、社会全体を慶應の雰囲気に持っていこうとしている印象を受け、「不公平だな」と感じてはいます。
しかし、慶應の応援をずるいと言ったり、応援団を貶める言い方をされるのは納得はできません。
彼ら応援団員は自分のできる限りのことを行ったまでであり、高校球児と共に、彼らも戦っているからです。
彼らの「応援の勝利」を素直に讃えようではありませんか。
長々と失礼致しました。
この応援がクローズアップされたことを機に、
応援団を志す若い人が増えてくれるのを期待しています。
(うちの母校の応援団にも入ってくれ!笑)
また秋には東京六大学野球秋季リーグ戦も始まりますね。
慶應だけでなく、他の5校がどのような応援を繰り広げのか、今から楽しみです。
それでは、失礼致します。
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