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人を生かすのは健全な判断であり、健全な判断はすべてに気を配ることの中にある〜The Artist's Way
『ずっとやりたかったことを、やりなさい』(原題は“The Artist's Way”)の中で、著者のジュリア・キャメロンが祖母から受け取る手紙について触れている部分があります。
とても詩的で美しく、せつないです。
植物と動物の報告をします。レンギョウの芽が出ました。今朝、今年はじめてコマドリを見たのよ。この暑さにもかかわらず、バラはまだ花をつけています。ウルシが色づきました。それに、ポストのそばのモミジも。クリスマスのサボテンは用意ができつつあります。
彼女の祖母はやくざな旦那さんと連れ添い、彼女(著者)いわく「祖母が小鳥たちに気前よくパンのかけらを与えたように、祖父は酒とギャンブルにお金をつぎ込み、気前よく使い果たした。祖母が小さなチャンスを満喫したように、祖父は大きなチャンスを無駄にした」
それでもやくざな亭主と連れ添いつづけ、最後には安っぽいあばら家に住みつつも、日常のすべてに気を配ることで、ささやかな幸せを見つけ、それを著者に手紙で送り続けました。
そして、それらの手紙から著者が学んだのは
祖母の手紙から私が学んだのは、人を生かすのは健全な判断であり、健全な判断はすべてに気を配ることの中にあるということだった。
そんな祖母は家やお金、仕事を失ってもすべてに気を配ることを忘れません。
お父さんの咳はまた悪化したの。私たちは家をなくして、もうお金も仕事もありません。けれども、オニユリが咲いているわ。トカゲが日の当たる場所を見つけました。バラがこの暑さに耐えています。
著者はいいます。
祖母は苦しい人生が自分に何を教えてくれたかを知っていた。
成功しても失敗しても、人生の真実は、その質とほとんど関係ないということである。
人生の質はつねに喜ぶことのできる能力に比例している。
喜ぶことのできる能力は、日常の細部に目をやることによってもたらされる贈り物なのだ。
著者の祖母は瞑想を生きていたのではないかなと思います。
起きていることすべてに気を配り、はっきりと観ていたんだと。