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ホテルスパ辞めてフリアコ生活へ

沖縄の離島は慢性的な人手不足。
人手不足だからどうしてもその場その場でなんとかするというのが日常。
臨機応変さを求められる。

あちこちを転々とリゾバで巡っている人たちって多くて、
仕事もすぐ覚えてすぐ順応するしコミュ力も適応力も高い。

でも、
慣れない環境での仕事と生活に、
来て数日で挫折する人もたくさんいる。

私たちのようなリゾバスタッフは貴重な働き手だけど振り回されざるを得ない。
こんなはずじゃなかったとすぐに島を出ていく人はたくさんいる。

私はリゾバというより契約社員みたいな感じで長期で働くつもりでいたのだけど、
職場環境が思ってたのとだいぶ違ったので一年で挫折。

いや、挫折という言葉は違うな。
合わない環境はやめて、より良い環境を目指すために選択した、という感じ。

こんなはずじゃなかった、なんてのは私の中では想定内のことだったから、
「島暮らしをやめる」
という選択肢はなかった。←ドM

あとやはり、なにより、体調がずっと悪い!
坐骨神経も治りきってはいないし、
常に指のどれかが腱鞘炎だし、
肋間神経痛にもなったりして、
これはもう何もかもストレスと疲れがいけないんだ!と思った。

(実際はシンプルに難病に罹患してただけなんだがこの時はまだ知らず)

これまで確かに苦悩の方が多かったけど、
初めから何もかもスムーズに進むと逆に不安になるという、
牡牛座A型の謎のポジティブさを携え、
牛歩作戦で行くしかないと腹を括った。

地に足がつかない時は、
足元よりも手元をよく見るのだ。

私たちはみんなそれぞれ舵を握っていて、
いつだって自由に船を出せる。本来は。

受け身でいると波に呑まれる。
地に足つけて、足元注意は目的の港についてからだ。

提案、交渉、話し合い、決断、大事。
それを行うタイミングも。

声を上げなくても誰かが察してくれる環境はないということを、ここで改めて体感した。

人手が足りない職場は、
みんな自分のことでいっぱいで、
悩んでる人がいることにもし気付いたとしても、
何かしてあげられる余裕はない。
だから自分で解決していくしかない。

これって当たり前のことなんだけど、
組織に入ると忘れがち。

そして絶対の思いやりも、
せっかくの貴重な経験を台無しにしないために必要なもの。


てかそもそも、人生は自分でどうにかするもんなのに、けっこう人任せだったり、
大きい責任からは逃れようとしたりしてた自分に気づいちまったんだ⬅︎誰

気持ちを新たに退職届を出す。
もぉ、オラ、ワクワクすっぞ!!
なんかいいことありそうな気さえする!!

☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎☺︎

島の北側の海岸にあるゲストハウスはカフェが併設されていて、
そのカフェがとても良い雰囲気で、
景色もオーシャンビューで、
ランチもコーヒーもケーキも美味しくて、
当時まだあまり知られてなくていつも空いてた。
(今は石垣に移転して大人気)

カフェのご夫婦がゲストハウスも運営しているみたいなので、
スタッフ募集とかしてないか聞いてみたら、
しているとのこと。

コーヒー飲みに行って立ち話で次の勤務先が決まっちゃった(笑)

決まったらもう早速色々と準備を進めた。

今回は、フリーアコモデーションで住み込みの業務である。
給料は出ない。
そういうとびっくりされるが、
1日2食のまかないと、
部屋を無料で使わせてもらえる。
光熱費も会社持ち、
勤務時間は1日4〜5時間。

それ以外の時間帯は自由で、
例のリネン工場にバイトに行ったり、
経験を生かしてホテルのルームマッサージ も自分でメニュー考えてやらせてもらった。
(この話はまた改めて)

これまでの島生活でけっこう貯金があったし、
失業保険も出る予定なのでなんとかなる。
やっと、落ち着いて島暮らしが出来るかな、
と感じていた。

ちなみに仲良しだったYさんはこの時、宮古島に移っていた。

ここもなかなか人手が少なく、
折しもゴールデンウィーク、
まぁまぁ激務を強いられた。

しかし拘束時間の短さは魅力だったし、
仕事も割とすぐ覚えられたし、
島のことなんとなくわかった上での転職なので、
ゆったりと時間にも気持ちにも余裕のある生活、去年と比べたら天国だった。

つづく

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