2014/06/23 David Garrett
麻布十番は鳥居坂の急勾配を登り、六本木ブルーシアターへ。雨は降らずとも、厚く張った曇天は湿気を寄越して、蒸し暑い。少し動くだけでじっとりと額が濡れてくる。
イケメンヴァイオリニストとあって会場は女性が圧倒的に多かったけれど、アクトに土地柄も手伝ってか年齢層はやや高めな印象。少なくともライヴハウスに居そうな女の子はあまり見受けられなかった。
そんな様相であるからして、登場と同時に悲鳴にも似た歓声が飛び交うも、"黄色い"と称するにはやや"くすんだ"というか"黄ばんだ"というか、これ以上掘り下げると怒られそうな、そんな声音が飛び交う。隣のおば……お姉さんも、暗転前まで寝ていたのに、本人が現れるやいなや「私だけを見て!」と言わんばかりに手を振り、奇声を上げている。分かったから。ちょっと落ち着け。
さておき、"5億円のストラディバリウス"という先入観を差し引いても、終始鳥肌モノの公演だった。前方ど真ん中という素晴らしい座席は、超絶技巧と称される壮絶な運指がよく見えて、昔あった「インテル入ってる」というCMを思い出すどころか、「もはや彼がインテルそのものなのではないか」という疑念を抱かずにいられないほど。今僕が使っているパソコンのCPUを彼に替えたら、世界で五指に入るスパコンに生まれ変わる気さえした。
ヴァイオリニストのライブを観るのは今回が初めてで、しかも通常、オーケストラを従えるところをロックバンドを従えての特別なツアーだったわけだが、バンドサウンドにアレンジされた馴染み深いポップスに、ヴァイオリンの音色がよく映える。ストラディバリウスのなんと雄弁なことか。他のヴァイオリンの音色と聴き比べてみたい。
色んな曲をやっていたけど、個人的にはギターとふたりで演奏した曲とCOLDPLAYの『Viva La Vida』が気に入った。特に後者はよく知っているというのもあるが、ベース、スネア、ハイハット等5種類くらいの音をストラディバリウスで弾いてエフェクターでループさせるという奏法で、総額およそ30億円の音色(違う)に圧倒された――YouTubeは音質が残念を超えて無念過ぎる。生音は全然違う。流石ストラディバリウス……(ミーハー)
"ロックバンドにストラディバリウス"という現代芸術的なミックス感に加えて、イケメンで且つ演奏上手すぎとか、マンガかアニメの主人公かよ――というか『パガニーニ』という制作総指揮を務めた映画で実際に主人公のパガニーニ役を担っている。なんだか「黄ばんだ声援だけもらっててくれ」と言いたくなってくる。
そういうわけで、初めて都会の高層ビルを目の当たりにした田舎者の如く、愁眉を寄せ、目を見開き、口をぽかんと開けて、ただただ見入るばかりの2時間は、久しぶりに「また機会があったら観たい」と思わせてくれる時間だった。思えばRoberta Flackを観たときの感動に似ている。
ところで、ライブ終了後のロビーにて、どこかアリエン・ロッベンを彷彿とさせるスタッフが、自分のものでもないのにストラディバリウスをドヤ顔で見せびらかしてくれていたので、主婦たちのバーゲン会場みたいになっている人だかりに潜り込んで記念撮影。なんて無防備な5億円、いやしかし本当に木目が美しい。
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