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2014/01/14 PHOENIX JAPAN TOUR -OSAKA-

「首を長くして待つ」、「待ち焦がれる」という言葉の通りならば、もうほとんど麒麟のような生き物の焼死体になっていた筈だ。〝愛〟の定義は千差万別だが、僕は「理性的本能の欲求」――無意識、無条件、無理由、非言語化的な感情だと思っているので、そういう意味では、今回Phoenixの来日公演が発表されたときに、何も考えずに大阪・東京2日間のチケットを取っていた僕は、フランス贔屓であることを差し引いても充分に、彼らを愛していると言っていいだろう。

Daft Punkでも、Radioheadでも、Foo Fightersでも、多分東京公演までに留めていただろうから。

新居に引っ越して2日目、3連休の中日。段ボールと荷物だらけの部屋の片付けも放り出して、独り新幹線に飛び乗り大阪へ。窓から見える線路沿いの電柱と電線にドラムとベース、その向こうに広がる街並みに歌とギター、遠くの雲と山々にキーボードとシンセサイザーのイメージを重ねながら、流れる景色を見やる。そういえばThe Chemical BrothersのMVにそんなのがあったな。

西へ向かうに連れて徐々に雲が厚く迫り出し、山間の田畑には雪積が見て取れる。1月の中部の風景は窓越しに冷え冷えとした空気を寄こしてきた。まあ、そんなことでは今の僕の気持ちは冷めないけれど。

ミーハー気質に拍車がかかって、早々に会場に到着すると、周囲には同じくPhoenixを待つファンの姿がちらほら。しかしながら、寒空の下、じりじりと時間が過ぎていくばかりで、一向に彼らがやって来る気配はない。途中、通りがかったスタッフに「Phoenixはもう着いた?」と尋ねて返ってきた「まだだよ」という返事に縋りついて尚も待ち続ける。

さらに時間が経って、「もしかしたら、もう既に会場入りしているのかもしれない……」という思いが兆し始めた頃合、同じく待っていた他の方から「バンが来た!」との鬨の声。駐車場に一台の車が滑り込み、緩やかにドアのスライドが開くと、CDとメディアとYouTube等で見慣れた面々が降りてきた――紛うことなくPhoenixだ。

焼けた珍獣の灰から転生するような思いで(というか転生するのは不死鳥そのもので周囲の死骸じゃないな)……とにかく、Thomas、Laurent、Deck、Christianの4人が朗らかに近づいてきて、緊張しながら「Salut, Thomas! Ça va?」と声をかけると「Oui, ça va bien. Et toi?」という返事が。Thomasが返事した!

「そりゃするだろ」って話だけれども、もっと素っ気無い人達を想像していた自分には非常な驚きだった。待っていた人が少なかったのもあるかもしれないが、リラックスした様子で対応するPhoenixの4人。大阪まで来て良かった。こう言ってはなんだけど、ステージ以外だと本当にオーラの無い普通のフランス人だな。

順番にサインをして写真を一緒に撮っている際に、Christianが「フランス語喋れるの?」と訊いてきたので、「少し」と答えてから「Rambouilletにいたんだ」と告げると、隣にいたLaurentに「Rambouilletにいたんだって!」と。「へえ!」とLaurent。彼らの地元であるVersaillesに程近いからね。

アイドルには割と容易に会える時代だが、そもそも来日が少ない上に会おうと思って会えるわけではない世界的アーティストにこんな丁寧に対応してもらえるなんて。「神対応」はアイドルだけの言葉だと思っていたけど、どうやらそうではないらしい。実際、彼らは僕に取りフランスの神様みたいなものだけど、随分とSympaでGentilな神様達だった。

それから、サインと写真のお礼とばかりに、買う予定の無かったTシャツとピンバッジを買って開演を待った。

   * * * 

ほぼ定刻通りに場内が暗転して、Phoenix降臨。正直、今作『Bankrupt!』よりも前作『Wolfgang Amadeus Phoenix』の方が好きなのだが、初めて観る彼らのライヴに終始、高揚しっ放しだった。何と言っても待ちに待った、待ち侘びて、待ち焦がれて、憧れたあのPhoenix。Thomasの声の調子も良さそうだ。横並びに一列になったメンバーが、代わる代わる前後に躍動する様のなんと格好良いことか。

4年ぶりの来日公演に気持ちが入っていたのか、今日はやけにThomasがフロアの方へ飛び込んできた。YouTubeで見たのと同じ、柵の上に立って、腰をスタッフに掴まれながら今にも観客の方へ身を投げ出さんばかりに前のめりになって歌うThomas。

フランス人らしい、どこか冴えないナードな雰囲気を漂わせる風貌の彼らが、楽器を持ってステージに立ったときに醸し出す異様な格好良さ。元から格好良い人が格好良いことをやったときに出る格好良さとは、触れ幅が違う。冴えない連中に夢を与えてくれるような、あるいは絶望的なまでに世界の違いを見せつけるような、そういう格好良さ。

「本当にあのPhoenixが目の前でライヴしてるんだなあ……」と感動に呆けているうちに本編が終了し、アンコールでThomasとChristianの2人だけが出てきた。と、Thomasは徐ろにステージを降り(この日3度目)、なんとすぐ目の前の柵を登ってきた。そのままフロアに飛び込むのかと身構えたところで、あろうことかそれまで僕が寄りかかっていた柵の上に腰を下ろし、彼の腿と僕の上体が密着した状態で『Countdown』が始まった。マジか。これは何だ。あのThomas Marsがゼロ距離で歌っている……!

息遣い、歯、喉の動き、睫、瞳の虹彩――緑がかった淡い青――まで仔細に見える……書いておいてなんだが、こういう書き方をすると気持ち悪いな。とにかく、目の前どころか、近すぎて逆に見辛いくらいの、「距離」という言葉を使うのも憚れるような距離で起こった奇跡に、信じ難い思いで一杯になりながら『Countdown』聴き入る。今年の2本目のライヴにして、もう今年のベストアクト決定。来月からサカナクションのツアー始まるけど、もうPhoenixで決定。

しかし、奇跡はこれに留まらない。ライヴの内容なんかまるでない希薄な備忘録のくせに、既に長々とした記事になっているが留まらない。『Countdown』を歌い終えたThomasはステージに戻り、他のメンバーを呼び寄せてアンコールを続行。と、その途中でThomasが怪訝な顔を見せ始める。どうやらマイクが壊れて利かなくなったらしい。慌ただしくスタッフが別のマイクを用意し始める。

一方、Thomasは壊れたマイクを突然ステージ床に投げつけ(最初は突然すぎて何かに腹を立てたのかと思った)、続け様にドラムの足場の鉄柱に向かってそのマイクをフルスイング。演奏で掻き消えたが、大層な金属音が響いていたことだろう。「そこまでしなくても」と思った直後、Thomasはおもむろにマイクのグリル(網の部分)を外し、客席に放った。

内村航平の月面宙返りよろしく美しい弧を描いて宙を舞うグリル。悲鳴とともにピラニアの如く伸びる無数の手。その間隙を縫って、導かれるように差し出された左手――が、グリルを掴んだ。身を捩り、反らし、伸ばした左手、他ならぬこの僕の左手がThomas Marsの放ったグリルを掴んだ! MLBなら〝Makes the catch!!〟と実況が叫んだに違いない。ステージに視線を戻しながら、左手の震えを感じる。歪なグリルの感触がこの手の中に! すごい。グリルがべっこり凹んでる。

そうして感激の内にPhoenixの大阪公演終了。今年は良い1年になりそうだ。というか、もうなった。皆様、良いお年をお迎えください。

   * * *

かくしてPhoenixとの邂逅はこれ以上ない形で幕を閉じた。これ以上を望むのならPhoenixのメンバーとしてステージに立つくらいしかないのではないだろうか。要は初のPhoenixのライヴは、この文章を書いてる最中のキャラクターが定まらないくらい最高だったということだ。

どうして彼らの音楽が好きなのだろう?――と考えたとき、恐らくは音に潜む要素のひとつひとつはポップらしくないのに、それらが折り合わさって鳴らされたときにポップが現れてくるからなのだと思う。ライヴを観ると、彼らが決してポップバンドでないと分かるけど、その前にいる観客たちを見ると、万人が共通して楽しむことのできるポップな音であると分かる。

そして、その感覚は僕の好きな、抽象と具象の間の、印象派のあの感覚によく似ている。ついでに大きく凹んで歪んだグリルは、それを見つめてにやける僕の口元に少しだけ似ている。明日は東京だ。夢路はまだ続く。

#Phoenix

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