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奇怪な人間という生き物について(司馬遼太郎 最後の伊賀者)。

私は司馬遼太郎の読者だ。
それも、結構長い。
かれこれ、20年近く読み続けている。

大阪の、司馬遼太郎の自宅兼仕事場である「司馬遼太郎記念館」にも、2度行った。
わりと、熱心なファンなのかもしれない。

司馬遼太郎の魅力は、人間という生き物についての洞察だと思っている。
もしかして、この世に人間ほど、見ていて面白いものはないのかもしれない。
司馬遼太郎の小説を読んでいると、ふとそう思う時がある。
などと、書いているが私は根っからの「人間嫌い」なのだが…。
人間嫌いの私でも、ふと、そう思わせてしまう魔力が、司馬遼太郎にはあるのかもしれない。

司馬は、とあるエッセイでこう書いている。
「人にとっていちばんの娯楽は、人を見ることなのです」と。
これは、いつの時代も変わらないのかもしれない。
日がな一日、草花を眺めている訳にもいかないし、動物をずっと見ている訳にもいかない。
街行く人を眺めたり、スポーツ観戦をしたり、コンサートに行ったり、演劇や映画を観に行く・・・。
人間に産まれた以上、人間から興味を完全に無くすことは難しい。
今、自分が着ている服も、住んでいる家も、楽しんでいる音楽も、この記事を書くために使用しているiPhoneやパソコンも、全て人が作ったものだ。  
そこで繰り広げられるドラマは、人を楽しませる。

・・・すこし、話が飛躍しすぎた。

私の中で変わらぬ、憎き人間という生き物の奇妙さを考えていきたい。
取り上げる作品は、サムネイルにもなっている「最後の伊賀者」である。


表題作「最後の伊賀者」を含む短編集。

時は江戸時代(こまかい年代は書いていないが、大阪の役の前なので、慶長10年代と思われる。西暦で言えば1610年代か)。
「本能寺の変」で、追手から危険な立場に追い込まれた徳川家康を、有名な「神君伊賀越え」で救った服部半蔵。
そんな伊賀の首魁である半蔵は没し、その跡取りとして、半蔵の子息である石見守正就が、亡父の地位に就いた。

後に大阪の役という、大戦乱が待ち受けているとはいえ、関ヶ原の戦いから数年を経て、以前ほどの戦は減り、江戸は多少落ち着いた。
そんな情勢で、いつしか伊賀同心200人は、安穏な日々に浸かるうちに本来の戦意が薄れてきていた。
だが、ただ一人、「忍び」の本性を忘れぬ偏執狂がいた。
野島平内こと、通称「ヒダリ」である。

ヒダリは、常に心の中に攻撃の対象がいないと、いてもたってもいられぬ男だった。
いま、ヒダリの憎しみの対象は、なんと先代の子息である石見守正就だった・・・。
(奴は、御先代石洲さま(服部半蔵のこと)の子息であるという、ただそれだけのことで、今の地位に甘んじている不届きもの)
と、隙あらば葬ってやる、とつけ狙っているのだ。

たまったものではないのは、息子の正就だ。
本来であれば先代の御子息として、伊賀の配下の者から、敬われなければならない立場なのに、ヒダリという気狂いは、正就に嫌がらせをしに、屋敷内に無断で侵入してくるのだ。

(解せぬ・・・)
正就だけでなく、伊賀の同僚も、ヒダリの奇行を理解できなかった。
家康が天下人になった時点で、乱世はとりあえず終息したのだ。
忍びも昔の習性を持ったまま生きずとも良くなったのに、ヒダリだけは伊賀者としての矜持を持ち続けていた。

「もう、そのようなことは、よせ」
と、かつての伊賀の同僚が言うが、ヒダリは聞かない。
伊賀者は、己が技量のみで評価されるべきで、親の七光りで上の立場にいる正就が、ヒダリは許せなかった。

多くの伊賀者が乱世のあと、所帯をもった。
所帯をもち、子を設けると、世間並みの道理が分かってくる。
「お前もそうしろ」
と、同僚は言うが、ヒダリは首を縦に振らない。

当然だが、最も迷惑に思っているのは、半蔵の子息である正就だ。
ある日、たまりかねて、ヒダリを屋敷に呼び出し、
「なぜ、お主はそのような悪戯を儂にする。意趣があるなら、理由も分かろう。しかし、儂はそなたに何もしておらん。なにか不満があるなら、申せ」
と、主としては、この時点で相当屈辱を感じていたであろうが、聞いた。
「・・・・・・」
ヒダリは、なにも答えない。
再度うながす正就。
尚のこと、無言をつらぬくヒダリ。
「おのれッ」
無礼な態度を取り続けるヒダリに、堪忍袋の緒が切れた正就は、脇差に手をかけ、成敗しようとした。
「なりませぬッ」
と、正就を制止する側近。
「あのような、くそむしに手をかければ、殿の名誉にかかわりまするぞ」

側近のその一言に、
「くそむし・・・?」
と、ヒダリはつぶやいた。
「そなた様の父御こそ、くそむしの統領ではなかったか・・・?」

「言えッ、なにが不満だッ。金か?女か?望むものなら呉れてやる」
と、乱心する正就。
なにも答えぬヒダリに業を煮やした正就は、
「かまわぬッ。うちとれ」
と、側近に命じ、逆らえぬ側近たちは、
「御免ッ」
と、一言叫ぶや、左右から槍で、ヒダリを突き刺した。

奇妙な感覚が手に残り、見てみると、くし刺しにしたはずのヒダリはそこに居なかった。
「あッ」
いつの間にか、ヒダリの紋服が、小さな砂の山のうえにある。
槍は、紋服を突き刺しただけであった。

・・・以上が、「最後の伊賀者」のはじまりの部分である。

屋敷から逃げおおせたヒダリは、蛇のような執念深さで、正就を追い詰める。
しばらくして、大阪の役が始まる。
正就も戦に駆り出された。
しかし、正就の姿は忽然と消えた。
遺骸も見つからなかった。

人々は、戦に臆したうえでの逃亡、と見た。
結果的に服部家は、とりつぶされた。

しかし、ただ一人、ヒダリを知る伊賀者は思った。
(まさか・・・)
戦の勢いに乗じて、正就を殺めたのでは・・・と。
(いや、いくら、あやつでも、そこまでは・・・)
と、その妄想を消そうとしたが、再びその疑いが頭をもたげ、ついにそれを打ち消せなかった。

こうして、この短編は終わる。

私は、この小説を読むたびに
「常に誰かを攻撃の対象としておかなければ、生きた心地がしない」
という、ヒダリの、ないし、伊賀者の性質に共感を覚える。

これは、私自身のことというより、
「実際、こういう人間が、現代にも、いる」
ということだ。
それは、特別な場所ではない、学校や職場、道路を走っている乗用車の群れの中・・・当たり前の日常のなかに、潜んでいる、と思う。

もちろん「俺にはカンケイない」ではない。
私にも、そういう性質が微量たりとも、存在する。

歴史小説は、当然だが、昔のことだ。
しかし、人間の性根は、滑稽なほど変わらない。
歴史小説という虚構の人物の「暗部」と、今を生きる我々の「暗部」がシンクロするとき、現代は過去に、過去は現代に連結する。

虚構の人物が形を成し、我々のまえに現れたとき、歴史上の人物は、現代を生きる人間の内部で息を吹き返すのだ。









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