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連載/商業空間は公共性を持つか vol.2_自由な行為が連鎖する「喫茶ランドリー」

「商業空間が持つ公共性」を調査・分析する本連載。今回は、「喫茶ランドリー」(18年5月号)の空間分析と、オーナーの田中元子さんへのインタビューを行った。「喫茶ランドリー」は、空間をあえて分節することや、商業空間の経済活動(補助線)、不便な立地の有効活用によって「マイパブリック(個人が自らつくる私的な公共性)」を実践している。都市で集まることが難しい現状において、小さな拠点が持つ可能性を考える。(文/西倉美祝、「商店建築」2020年6月号掲載)

四つに分割された空間構成

 「喫茶ランドリー」は、東京・両国の大通りから脇道にそれ、更に細い道に折れた先にある。開業から2年、喫茶とランドリーを備えた町の小さな複合施設として、近所に住む主婦やサラリーマンの小さな拠点となっている。店内は壁やレベル差、柱、棚、建具で分割された四つの空間「飲食空間(GL)/飲食空間(半地下)/ランドリー空間/執務空間」でできていて、その中間の、全体を見通せる位置にレジカウンターが設けられている。

 「飲食空間(GL)」は街路に面しており、建具を開け放つことで、外部と連続させることもできる。「飲食空間(半地下)」は直接街路に出ることはできないものの、壁を背に外部を見上げる空間になっており、視覚的には一番街に近い印象を受ける。街路から見て飲食空間の奥にあるランドリー空間は小上がりになっており、視線が他より高く、店内では一番親密な場所という印象だ。店内のどん詰まりに位置する執務空間は、店員のバックヤードとしても機能している。空間構成とそこで起こる行為について、オーナーの田中元子さんに聞いた。

喫茶ランドリー_1

喫茶ランドリー_3

自由な行為を生む「空間の分節」と「補助線」

西倉 「喫茶ランドリー」に伺い、予想していた以上に空間とシステムがしっかり出来上がっている印象を受けました。特に興味を惹かれたのが、空間が積極的に分割されていて見通しが悪いという点です。

田中 設備や既存躯体の都合で決まっている部分もありますが、空間を意図的に分ける努力をしたんです。一つの商業空間の中に色々な居心地があり、どんな人もムードに合わせて居心地をチョイスできるというのが、公共的であるためには重要だと考えています。

西倉 ここでは、「注文する」や「お金を払う」という経済活動・行動を利用して豊かな空間がつくられていますよね。異なる四つの空間の中央にあるレジには、必ず皆が行く。その時に自分がいた空間とは違う種類の空間に触れ、気軽に他の人と関わっても良いと感じられる、自由な場所と時間が生まれているようです。

田中 そうですね。そういった仕組みを「補助線」と呼んでいます。真っ白い紙より補助線を引いた紙の方が手を動かしやすいですよね。同様に、「コーヒーを飲みに来た」や「洗濯しに来た」などの行動が補助線となって、他の行動と出会い、新しい行為が喚起されていく。そうして色々な行為が生まれ、影響し合うことが公共的空間につながると考えています。

西倉 ランドリースペースでは、洗濯物を入れた後、ぐるぐる歩き回れる。執務スペースでは店員さんがテーブルの上で何かを準備している。そうした行動が飲食スペース側からも見えるので、「じっと座ってなくても良いのかな」「もう少し歩き回ったりしても良いのかな」と思わせるきっかけをつくってくれる。

「不便な立地」というメリット

西倉 ひとつの店舗の中に、喫茶店とランドリーという異なるプログラムが合成されています。ここではどういったことを意図したのでしょうか。

田中 主眼を置いたのは、喫茶店に他の要素が含まれていると明確に分かること。洗濯機は大きいので、街行く人も一目見て「色々なものが組み合わさってできている場所」であると分かります。重要なのは、喫茶店とランドリーという組み合わせではなく、いくつかの要素が組み合わさっていることです。

西倉 ランドリーの要素を前面に押し出している他のランドリーカフェとは違って、通りから奥まった所にちょっとだけ洗濯機が見えますよね。大通りから少し入った場所という立地も特徴的で、仮にこの喫茶ランドリーが大通りにあると、大通りの人の量や、人のよそよそしさ、車の交通量と雰囲気が合わないのかなと思いました。経済原理から距離をとるという意味で、良い立地ですよね。

田中 ここでカフェを始めないかとお話をいただいた時、他のカフェの事業者の方に入ってもらおうと考えたのですが、駅から遠かったり、人通りの少ない裏通りだったりと、通常のカフェ運営から考えると悪い立地らしく、事業者が見つからなかったんです。私としてはこの場所とビルの雰囲気がすごく気に入っていたので、それならばと自分で運営をすることにしたんです。

西倉 お店の前でまた別の対比的な商業を展開すれば、それが喫茶スペースの行為とミックスしていきそうです。

田中 店先で私の服を並べて、フリーマーケットをやったこともありました。商店街なんかで、店先に高齢女性向けの服を売っている雑貨屋がありますよね。あの服って売ることだけが目的じゃなくて、それをきっかけにお店の人とお客さんが会話するフックになっているんです。

喫茶ランドリードローイング

「喫茶ランドリー」平面パース/空間は家具や建具、レベル差で分割され、周辺と関係し合いながら、さまざまな行為が生まれる(作成/西倉美祝)

過ごす場所の選択肢を増やす

田中 公共的空間で言うと、ロールモデルとして、南池袋公園が取り上げられることがありますが、あそこは「ある程度お金を持っている清潔な家族」という属性の人しかいませんよね。そうした環境があることは否定すべきではないですが、公園の「公」の字には反している気がします。

西倉 確かに、公共施設が利用者をある程度限定することは、運営上仕方ないですが、公共的空間が差す「誰でも自由に」というものからはズレが生じています。無限大に誰でも入ってきて良いという公園を想像しつつ、実際そうなってはいないですね。

田中 「誰でも来て良い」とは言うけど、本当に貧しい人が押し寄せるということを正面から考えられないので、結果排除することになっていったと思います。誰のために何をやっているかを具体的に見定めないといけない。

西倉 その空間でできないことがリスト化されている方が良いかもしれませんね。また、サロンを含め、色々な「マイパブリック(個人が自らつくる私的な公共性)」を自由に行き来できること自体に意味があるかもしれません。一つひとつの「マイパブリック」にどこか満たされないところがあったとしても、移動ができれば良くて、むしろ移動する権利が保障されていることの方が重要だと思います。

田中 選択肢としてさまざまな「マイパブリック」を持っていれば、自分や時代が変容する中でも肯定的でいられると思います。本当はサロンなのにみんなパブリックと言ってしまっているので、さまざまであることが見えにくくなっているのではないでしょうか。

本記事を掲載した「商店建築」2020年6月号はこちらから!


「喫茶ランドリー」は、2018年5月号でも紹介しています。


取材内容をより掘り下げた西倉さんの投稿はこちらからどうぞ。


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