
『83歳、最後のマジック(生涯野球監督・迫田穆成)』書評
2019年夏、広島県竹原市の県立竹原高校野球部に、一人の伝説的名将が赴任しました。迫田穆成(さこだ・よしあき)――当時80歳。広島商業高校と如水館高校で甲子園優勝・出場を合わせて14回も果たした高校野球界の生ける伝説です (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア) (「高校球界最高の策士」迫田穆成。広島商対作新、打倒江川卓の執念〖二宮清純コラム〗| 高校野球 | J:COMテレビ番組ガイド)。しかし彼が新たに率いることになった竹原高校は、部員11人、コーチも不在、長い間公式戦で勝てない弱小チームでした (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。誰もが「さすがの名将でも厳しいのでは」と思う中、迫田監督はこの小さな野球部に最後の“マジック”を起こします。
(ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART) 本書『83歳、最後のマジック』の表紙(ベースボール・マガジン社、2023年)
本書の概要
『83歳、最後のマジック(生涯野球監督・迫田穆成)』は、83歳にして現役の高校野球監督である迫田穆成氏の挑戦と軌跡を描いたノンフィクションです。著者は中国放送(RCC)のアナウンサー・坂上俊次氏。坂上氏は長年迫田監督を取材し、彼の人生を追ったラジオドキュメンタリー番組で文化庁芸術祭賞・大賞を受賞した経験も持つ人物です (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。そのため本書では、緻密な取材に基づく迫田監督の言葉やエピソードが生き生きと綴られています。
本書のテーマは「生涯現役」の情熱と、弱者を変貌させる指導の力です。2019年から広島県立竹原高校で指揮を執る迫田監督が、いかにして僅かな部員と無名校のハンデを覆し、チームを蘇らせたのか (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。そのプロセスとともに、彼の半生にわたる野球哲学が語られます。野球ファンにとっては高校野球の感動的な実話として楽しめるのはもちろんですが、それだけではありません。組織づくりや人材育成の知恵が随所に散りばめられており、スポーツ以外の分野──教育者やビジネスパーソンにとっても学びの多い一冊です。
迫田穆成監督の生涯と指導哲学
迫田穆成氏は1939年生まれ、広島県出身。選手時代から伝説的で、広島商業高校の主将として1957年夏の甲子園大会で全国制覇を達成しています (「高校球界最高の策士」迫田穆成。広島商対作新、打倒江川卓の執念〖二宮清純コラム〗| 高校野球 | J:COMテレビ番組ガイド)。その後、母校・広島商業高校のコーチを経て、1967年に監督に就任。1973年春の選抜大会ではエース江川卓投手を擁する強豪・作新学院高校を破って準優勝、さらに同年夏の全国選手権では優勝を果たしました (「高校球界最高の策士」迫田穆成。広島商対作新、打倒江川卓の執念〖二宮清純コラム〗| 高校野球 | J:COMテレビ番組ガイド)。高校野球の名将として名を馳せ、1993年からは如水館高校(旧・三原工業高校)でも監督を務め、同校を春夏合わせて8度も甲子園に導いています (「高校球界最高の策士」迫田穆成。広島商対作新、打倒江川卓の執念〖二宮清純コラム〗| 高校野球 | J:COMテレビ番組ガイド)。長年にわたり高校球児を甲子園へ導き続けたその実績から、「高校球界最高の策士」とも称される存在でした。
定年退職後も情熱は衰えず、“生涯野球監督”を自任して指導を続けた迫田氏。2019年、80歳にして新たな挑戦の場に選んだのが県立竹原高校です (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア) (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。昭和・平成の時代に強豪校を率いた名将が、令和の時代に選んだのは人口減少が進む小さな町の無名公立校でした。そこで彼が掲げた指導方針は、一貫して「今の時代に合ったやり方で、野球の本質と人間育成を両立させる」こと。まさに**「野球の理解度や人間形成を大事にしながら、令和の時代に合ったコミュニケーション法を取り入れて」**指導するという姿勢です (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。従来の根性論に頼らない独自のアプローチで、まず子どもたちの心に火をつけることから再建を始めました。
迫田監督の指導哲学の柱となるのは、「コミュニケーション」と「創意工夫」です。例えば、昭和の時代からの名将でありながら、現代の技術に適応してYouTubeやLINEといったツールを駆使し、部員たちと積極的に交流しました (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。81歳で自ら**「迫田監督野球チャンネル」**というYouTubeチャンネルを開設し、練習のポイントや試合の振り返りを動画で発信する姿には驚かされます (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。SNS世代の高校生たちに歩み寄り、彼らの感性を尊重しつつ指導することで、選手たちのモチベーションを高めていきました。一方で「野球の理解度や人間形成を何より大事にする」という信念のもと、礼節や考える力もしっかりと鍛えています (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。新しい手法と普遍的な教えを組み合わせ、時代に即した理想の指導像を追求したのです。
さらに、生涯学び続ける姿勢も迫田監督の哲学を語る上で欠かせません。67歳にして雪の降る北海道へ「学び直し」の旅に出て指導法を研究したり、他競技の監督からも積極的に話を聞いたりと、常に貪欲に知識を吸収してきました(本書第3章より)。「本は読みません、でも話は聞きます」というエピソードが示すように、自ら現場に足を運び人の話に耳を傾けることで新たな発見を得るタイプの指導者です。そうして得た知見を自分のチーム作りに応用し、「常に進化する80代」としてグラウンドに立ち続けました。
印象的なエピソード
本書には、迫田監督の人生と指導にまつわる数多くのエピソードが収録されています。その中でも特に印象深いものをいくつかご紹介しましょう。
一つ目は、迫田監督の“伝説”を象徴するような若き日の逸話です。1973年春の選抜甲子園大会、当時広島商業高校の監督だった迫田氏は、怪物投手・江川卓(作新学院高校)に立ち向かうための奇策を打ち出しました。江川の剛速球はまともに打ち返すのが難しいと判断した彼は、選手たちに「どうせ打てないんだから、当たってでもいいから塁に出ろ!」と命じたのです (ニッポン放送「スポーツスピリッツ」、二宮清純がレギュラー出演中! | SPORTS COMMUNICATIONS)。打者全員がホームベースぎりぎりに身体を乗り出すように立ち、江川投手にプレッシャーを与える作戦でした。実際この奇想天外な策で江川のリズムを崩し、広島商業は見事勝利を収めています。「もし本当にボールが当たったら…?」と不安げな選手に対し、迫田監督は笑って「まぁ、死ぬやろうな」と答えたというエピソードもあり (ニッポン放送「スポーツスピリッツ」、二宮清純がレギュラー出演中! | SPORTS COMMUNICATIONS)、勝負師としての胆力とユーモアに思わず驚かされます。
二つ目は、まさに本書のハイライトともいえる近年の“最後のマジック”です。2019年に赴任した竹原高校で、迫田監督はゼロからチームを鍛え直しました。部員不足で最初の練習試合は9人ぎりぎり、さらに間もなく訪れた新型コロナ禍による活動制限……困難の連続です (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)。それでも彼はYouTube動画で選手に自主練習の課題を示し、LINEで個別に本音を聞き出すなど、工夫を凝らして選手たちの意識を変えていきます (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。地道な努力が実を結び、着任からわずか3年後の2022年夏、竹原高校は20年間で公式戦1勝しかできなかった現状を打破し、なんと夏の広島大会で35年ぶりのベスト16進出という快挙を成し遂げました (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。11人から始まった無名校の快進撃に、県内は大きな驚きと感動に包まれます。まさにタイトルが示す“最後のマジック”が現実となった瞬間でした。
さらに心温まるエピソードとして、本書では迫田監督と地域との絆も描かれています。竹原高校の快進撃は地元に希望と活気をもたらし、町ぐるみで野球部を支える動きが起こりました (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア) (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)。竹原市の道の駅では「迫田穆成監督 栄光の軌跡展」と題した写真展が開かれ、3か月以上にわたり多くのファンが訪れたそうです (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)。また、かつて甲子園優勝監督が赴任してきたことに町の人々も本気で応えようと、地元有志が選手のための寮を開設し、それが満員になるほどの盛り上がりを見せました (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)。弱小チームを変えただけでなく、町全体を巻き込んで元気にしてしまう——そんな迫田監督の存在感に胸が熱くなります。
最後に触れたいのは、迫田監督の生涯現役ぶりを物語る言葉です。迫田氏は「グラウンドの上で死にたい」と常々語っており(本書第7章)、実際「野球がないと私は生きてはおられない…」が口癖だったといいます (「野球がないと私は生きてはおられない…」迫田穆成さん、被爆地広島のスポーツ100年に残した偉大な足跡 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)。80歳を超えてなお新たな目標として「90歳までに甲子園に行く」 (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)と公言し、情熱を燃やし続けるその姿からは計り知れないエネルギーを感じます。本書を読み進める中で、読者は何度も「人間の可能性」に心を揺さぶられることでしょう。
読後の学びと応用
本書から得られる学びは、単に野球の戦術や練習法に留まりません。迫田穆成監督の生き様と指導哲学には、私たちのビジネスや人生にも通じる普遍的な教訓が詰まっています。
まず強く感じるのは「適応力と挑戦心」の大切さです。80代にしてYouTuberとなり、新しい土地でゼロからチームを作り直した迫田監督の姿は、「人はいくつになっても学び、変化し続けられる」ことを示しています。固定観念にとらわれず、自ら最新のツールや考え方を取り入れる柔軟性は、急速に変化する現代のビジネス環境でも大いに参考になるでしょう。
次に、「コミュニケーションと信頼」の力です。選手一人ひとりに寄り添い、LINEで本音を聞き出し、あえて試合中に細かいサインを出さず自主性を促す (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)など、迫田監督は対話を通じて人を育てる名人でした。部下や後輩の意見に耳を傾け、相手を信じて任せることで、人は自ら成長し力を発揮する——このことは組織運営においても同じです。上司やリーダーがメンバーとの双方向のコミュニケーションを図り、主体性を引き出すことでチーム全体の力が底上げされる好例と言えるでしょう。
また、「長期的ビジョンと粘り強さ」も学びの一つです。迫田監督は竹原高校野球部の再建にあたり「チームづくりに25年かかる」と述べ、長期的な視点で土台を築こうとしていました (ベースボール・マガジン社 BBM@BOOK CART)。実際には着任3年で目覚ましい成果を上げたわけですが、それも日々コツコツと積み上げた結果です。一朝一夕の成功ではなく、長いスパンで物事に取り組む姿勢、そして逆境でも諦めず粘り強く努力する姿は、ビジネスプロジェクトや自己研鑽にも通じるものがあります。
さらに、「人を育て組織を変えることで、周囲の環境まで好転させる」という波及効果にも注目です。弱小チームだった竹原高校が勝てる集団に成長したことで、地域の人々が巻き込まれて活性化していったように (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア) (いざ甲子園!夏の広島大会ベスト16に躍進した迫田穆成監督と竹原高校を「竹原市全体で温かく育成支援」する後援会発足 | 〖ひろスポ!〗広島スポーツニュースメディア)、リーダーの働きかけ次第で組織だけでなく周囲のコミュニティや会社全体の雰囲気まで変えられることを、本書は教えてくれます。リーダーシップとは単に目先の成果を収めるだけでなく、未来にわたり人と組織に良い影響を及ぼすことなのだと気付かされました。
そして何より、本書を通じて得られる最大の教訓は「情熱を持ち続けること」の尊さでしょう。好きなことに全身全霊を捧げる迫田監督の姿からは、「人生は何歳からでも輝ける」「熱意さえあれば困難も乗り越えられる」という力強いメッセージが伝わってきます。読後には、自分も明日から目の前の課題にもう一度情熱を持って向き合ってみよう、と背中を押される思いです。
おすすめ読者層
本書『83歳、最後のマジック』は、以下のような方々に特におすすめです。
高校野球・スポーツのファン:甲子園優勝経験を持つ名将の知られざる物語や、弱小チームが快進撃を遂げるドラマに心が熱くなるでしょう。野球好きならずとも、スポーツの感動的な実話として十分に楽しめます。
指導者・教育者:長年にわたり若者を導いてきた迫田監督のコミュニケーション術や育成哲学は、部活動の顧問やコーチ、学校の先生など人を育てる立場の方にとって大いに参考になります。「褒めて伸ばす」「自立心を促す」といった現代的な指導のヒントが得られるはずです。
ビジネスパーソンやリーダー層:組織マネジメントやリーダーシップの観点から学べる要素が満載です。高齢にして最新技術を取り入れる柔軟性、困難な目標に挑み達成するプロセス、人心掌握とチームビルディングの妙技など、企業経営やプロジェクト管理にも応用できる示唆が多く得られるでしょう。
人生の指針を求める人:年齢を重ねてもなお夢を追い続ける迫田監督の姿は、人生100年時代を生きる私たちに大きな勇気を与えてくれます。「何歳からでも遅くない」「信念を持って生きることの素晴らしさ」を教えてくれる本書は、今まさに何かに挑戦しようとしている人、あるいは情熱を見失いかけている人の心にも火を灯してくれるでしょう。
83歳という年齢でなお現役の高校野球監督として奮闘し、最後まで情熱を貫いた迫田穆成監督。その生涯と指導からは、計り知れないほど多くの学びと感動が得られました。なお、迫田監督は本書刊行後まもない2023年12月1日に84歳でその生涯の幕を閉じました。本書に綴られた情熱と教えは、まさにその“最後のメッセージ”として今も輝きを放っています。『83歳、最後のマジック』は単なるスポーツノンフィクションを超えて、読む人の心に勇気と希望の種を蒔いてくれる作品です。野球に興味がある人もない人も、人生のヒントを求めるすべての方にぜひ手に取っていただきたい一冊。読み終えたとき、きっとあなたも何か“小さなマジック”を起こしてみようという前向きな気持ちになれることでしょう。
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