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サラリーマン(会社員)はなんのプロ?

プロというと一般的に野球やサッカー、ダンスなど身体的能力が非常に高い事柄を連想することが多いと思います。また工芸品や芸術品なども連想しますね。

もうちょっと、目線を一般人に近づけた場合、プロだなぁと感じるのは、サービス業に多いんじゃないでしょうか。いい接客(仕事)を受けた場合に感じることが多いと思います。

逆に不愉快な接客を受けた場合に、誰しもが、「なんだ、あの対応は!」と思うわけですが、同時に、果たして自分は仕事において、いい仕事ができてるのかなぁ、同じようなことしてないのかなとたまに自問します。

お金をもらってやることがプロだと仮に定義した場合に、会社員のヒトたちはどれほど仕事のプロなんだろうかと 

自分のことは棚に上げて少し考察したいと思います。

自分も会社員を20年ほどしていますが、往々にして、適当に、程々に、怒られない程度に仕事しているケースがほとんどで、この人プロだなと感じられることがほとんどない

それは自分の会社のレベルだからだろ?

はい、それはあると思います。 なのでこれだけだったら、私もここで思考が止まってしまいますが、仕事柄、誰もが知ってる、うらやむすごい会社、世界的外資系の会社のヒトたちと仕事をしたり、製品・サービスの売り込みがあったりします。

これは自分がすごいのではなく、たまたまそういった会社と接する部署にいるからということは断っておきます。

では、そういった誰もがうらやむ、簡単に採用されない会社にいるヒトたちはどうか・・・

至って、普通です。。。

もっというと接したヒトほとんどが何も考えてません。ただ、会社のブランド力で押せ押せで来ているだけです。

強いていうなら、よくいう外資系は推しが強いといったところだけは、日本企業より際立っているくらいです。(だから対応するのがめんどうというのはありますが)

ということで、そんなすごい会社でも、要はプロだなと到底思えないということは、「会社員」としては対して自分たちと変わらないなと

前置きが長くなりましたが、会社員(サラリーマン)は何のプロなんだろう・・・

はい、官僚でもそうですが、「忖度」のプロなんだと

その「プロさ」加減がすごいヒトほど社会的地位が上がっていく

その辺りの「忖度」加減も私は中途半端にしかできないですが、できるヒトは、自分の意に反して、決して表情変えずに、なんなら笑顔で対応できる

上長が間違っていることを発言している時も、上長の機嫌や威光、意向を損なわず、やんわり軌道修正していく

これはこれでプロにしかできません。

これは確かにお金もらう価値がある芸当でないでしょうか。

もちろん、これからのアフターコロナの時代、こういった忖度の技術より、もっと自分らしさや、正当な成果を出すことの方が重要な時代に入っているかもしれませんが

今日はそういったお話でした。

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