くたばれ。気遣いマスク
オフィスにて
「山下君、君は時々外回りでマスクを外して歩いていることがあるらしいね」
「はい。外ではさすがに必要ないんじゃないかと思いまして…」
「君は大事なことがわかっていないようだな」
「えーっと、どういうことでしょうか」
「外を歩いていれば、得意先の方が君を見かけることだってあるだろう。もし先方が君がマスクもせずにふらふらしているのを見たらどう思う?」
「どう思うって・・・。あの~、健康だとわかるのではないでしょうか」
「君は営業を始めて一体何年になるんだ。そんな風に思ってくれる人ばかりじゃないことくらいわかるだろう」
「あの、どう考えられるのでしょうか?」
「『気遣いのできない社員』って思うんだよ。東洋第三保険の社員は皆そんな奴ばかりと思われては困るんだ」
「でも…そんな事本当に思うものでしょうか」
「思うんだよ。現にこのオレもそう思うんだから…」
山下は思う。
マスクって感染防止のために着けるものだよな。それに実際の効果もはっきりしないって言う人も多い。
外回りまでずっとつけてないと叱られるというのもやってられないな…。
そもそもこんな事言い付けた奴は誰なんだよ。
「ねえねえ 3課の谷口さんマスクが似合っていて素敵よね」
「目がきりっとしているからかしら。いいよね」
山下の前を歩く女子社員がそんなことを話している。
一体いつになったらこれ、外すことができるんだろうか?
報道バラエティーにて
「この議員は自分のやっていることが分かっているんでしょうかね」
「自分がマスクを着けない事で、どれだけ周りに迷惑をかけているかわからないという事ならば、そんな人は議員を辞職すべきだ」
「その通り」
(街頭インタビューにて)
「ちょっとお話いいですか?このニュースご覧になりましたか」
「この議員さんの行動についてどう思いますか」
「えーっ 考えられない」
「この人のせいで飛行機が飛ばなかったんですよね」
「やっぱ まずいでしょう」
「人の迷惑を考えないと」
「そうそう社会人失格」
「だよね~」
「以上です。スタジオへマイクを戻します」
「三谷レポーターありがとうございました」
「なお航空会社の規定では、搭乗の際には全員マスク着用をお願いしているとのことでした。この議員さんにもお願いをしたところ拒否をされたので、乗客の安全のために出発できなかったとのことです」
「あの~『お願い』だったら任意だったのではないですか。何かハイジャック並みの大げさな話になっている気がするんですが…」
「あなたね、何を言っているの」
「仮にも議員として他の模範となるべき立場にある人ですよ。拒否をすること自体おかしいでしょう」
「そうよ。皆周りの人を思いやって我慢してマスクしているんじゃない」
「一人だけそんなことを言うなんて許せないわ」
体育館にて
「はい、そこ。鼻が出ている」
「前から3番目の君、マスクが歪んでいるよ。きちんとつけなさい」
「皆さんもマスクはきちんとつけましょう。周りの人の安全がこれにかかっています」
「一人一人が自覚をもって行動をしないといけませんよ」
「教頭先生 ちょっと質問してもいいですか」
「なんだね矢口君」
「今流行っていると言われている病気ですが、この町でそのために死んだ人はまだ10人もいないと思うんですけど、ずっとマスクを着けるほど危険な病気なんでしょうか」
「もちろんだ」
「インフルエンザの時は確かもっと死者が出たし、教頭先生も寝込んだじゃないですか。今だれも休んでもいないですよね。あの時は学校閉鎖で皆すごい熱だったけど、だれもマスクなんかつけないで皆治りましたよね」
「またネットの変な情報でおかしなことを言っているな。矢口」
「この病気が危険なことは毎日TVでやっているし、国際的な機関もそう断言している。たまたまこの町でまだ死者が少ないだけだ」
「先生たちはお前たちを守る義務があるんだよ」
「お前たちも、人に迷惑をかけないようにするためにマスクをするんだ」
「いいな」
教室にて
「矢口、お前とんでもない事をするやつだな」
「あんなところで教頭先生にあんなことを言って。先生は心臓が止まりそうだったぞ」
「でも、ずっと皆マスク強制っておかしいと思います。体育もマスクなんて絶対おかしい」
「なあ矢口、世の中のことは自分ひとりで決めるわけにはいかない事もあるんだ。皆社会生活を営んでいるんだからな」
「今の世の中では、マスクもきちんとできない奴は『他人の事を考えることができないダメな奴』だっていう判断をするんだ」
「それはわかるだろ」
「全くわかりません」
「マスクは個人的なもので、しかも他人への感染なんてマスクじゃあ防げません。科学的にも証明されています」
「だから気遣いで着けるなんて最初から間違っています」
「またでたらめを」
「もういい」
「ただこれ以上マスクの話を蒸し返すようなら、先生にも考えがある。いいな、二度とするな」
職員室にて
「まったく困った奴ですね。教頭先生」
「本当だ。山崎先生しっかり指導をお願いしますよ」
「はい。先ほど強く言っておきましたが、またよく様子を見て改心させるようにします」
「そうだね」
「マスクの話は、他人の事を思いやる気持ちと言うものを判断するバロメーターかもしれないな」
「どういうことでしょう。教頭先生」
「これは私の考えだが、顎マスクやマスクのつけ方がしっかりできていない生徒は、他人へ迷惑がかかるかどうかに無頓着だからそうなるのではないかな」
「服装の乱れと違ってダイレクトに他人に感染という迷惑をかけるものだからとても大切な事なんだが、そこに思いが馳せられないというのは困ったものだよ」
「今朝のテレビでもマスクのことやってましたよね。社会のための新しいマナーですよね」
「その通りです。時代についてきてほしいものだ」
「さすが教頭」
都内某所のTV局会議室にて
「なあ、言った通りになっただろう。一度皆でやると決まったことには奴らは絶対に逆らえない」
「そうですね。こんなに定着するとは思っていませんでした。彼らはもはやマスクを外すことはできないでしょう」
「なあ、面白いだろう」
「はい、彼らには悪いですが…」
「でもどうしてこんなことができると思っていたのですか?」
「ああ、簡単さ」
「彼らは人と違った事をして、自分だけ仲間外れになったり皆から糾弾される事を死ぬより怖がっているからだよ。悪しき同調圧力ってやつだ」
「メディアの力をもってすればできない事なんてないんだよ」
「はっはっは」
「まあだけど、彼らもそんな本音は絶対に漏らさずにこう言うんだけどね…」
「『皆さん他人に迷惑をかけないようにしましょう』ってね…」
「それでいて、他人と違っている人を一人でも見つけると全力で叩いて、自分がそういうはぐれ者でない事を確認してホッとするんだ」
「でも、もし空気を読まないで本当の事を言う人間が増えてきたら、その時は我々も警戒をしなくてはいけなくなる」
「まだ、今のところは大丈夫そうだがね」