Short 18 「夜行列車」
彼女は窓ガラスの向こうを眺めていた。
視線の先には見知らぬ人物が3人、物憂げな目つきでこちらを見つめてくる。
発車のベルが鳴り、3人がこちらに指を差す。
列車は今、旅立った。
車内には彼女が独り、ポツンと座っている。
列車は夕暮れの街を切り裂き、進んでいく。
窓の外には子供たちが遊んでいる公園、まじめに授業を受けている小学校、ありふれた家族連れがやってきた遊園地…。
目まぐるしく移り変わるその光景は、つい昨日までの幸福を思い出しているようだ。
気が付くと、外は真っ暗になっていた。
静かな夜に、列車の走る音だけが置き去りにされていく。
外には、大きな病院、高層ビル群が建ち並び、そして列車の側を平然と走るガソリンが積まれたタンクローリーが駅へ向かっていた。
彼女はそっと、目を閉じた。
窓から差し込む、まばゆい光で目を覚ました。
どうやらすっかり寝てしまったようだ。
なかなか起き上がってくれない目蓋を瞬かせながら外を見てみると、雲一つない爽やかな大空が広がっていた。
窓を開けると、冬の冷たい空気が頬を撫でる。
その突き刺さるような冷たさが、目を覚ますのにちょうど良かった。
目的の駅が近いようだ。
駅に着いた。
ホームには大勢の人が笑顔で手を振りながら彼女を出迎えている。
列車のドアはまだ開かない。
彼女の側には、いつの間にか車掌が立っていた。
車掌が不愛想に白い手袋をした手のひらを彼女に差しだす。
切符を出すように促しているようだ。
彼女は目的地が書かれた切符を車掌に手渡すと、質問をする。
「私は、死んでしまったのですか?」
車掌は緩慢な動きで頷いた。
「ということは、ここは死後の世界ということですか?」
車掌は頷いた。
「私はもう、帰ることはできないのですか?」
車掌は頷いた。
「あそこにいる方々も…死者なのですか?」
車掌は頷いた。
「彼らは私を迎えに来てくれたのですか?」
車掌は頷いた。
「ならば、あの中に私の知り合いが1人もいないのはどういったことでしょう?」
車掌は切符を彼女に返すと、帽子を整え、息をついた。
「少なくとも、先立った私の両親はいるはずなのですが」
ずっと沈黙していた車掌が静かに口を開いた。
「あなたの行き先は地獄です」
列車のドアの開く音がした。