「蝶」:【毎週ショートショートnote】恋花粉
私の目の前を蝶が舞っている。
ソメイヨシノの花びらを思わせる羽をひらひらと。
それは、恋の始まりを告げるように。
ほんのり甘い匂いに、目を覚ます。
体を起こしてみると、左肩に粉のようなものが付いていた。
たぶん、花粉だろう。
でも、なぜ?
ガーデニングの趣味なんてないのに。
ふと、昨晩見た夢を思い出した。
薄紅色の羽を持つ小さな蝶が、ひらひらと向こうからやってくる。
頼りなく舞いながら、私の左肩に止まる。
なんとなく蝶に触れようとしたら、どこかへ飛び立ってしまった。
あの蝶が、この花粉を連れてきたのだろうか。
その日から、毎日同じような夢を見ていた。
目を覚ますと左肩の花粉も置き去りにしたまま。
なんだか不思議に思っていたけど、別に嫌じゃなかった。
ある日。
いつもと同じように私の左肩に止まっていた。
人の気配がして、私は視線を上げる。
彼が微笑みながらこちらを見ている。
そしていつも通りに、目を覚ます。
左肩にはもう、花粉はついていなかった――。
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