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“史上もっとも悲惨なスパイダーマンの物語”『スパイダーマン:レイン』

最近、天気が崩れやすい今日この頃ですが、皆さまいかがお過ごしでしょうか。

さて、今回はShoProBooksオンラインストア他にて現在好評予約受付中の『スパイダーマン:レイン』についてご紹介します。

2006年に発表されるやいなや、その容赦のないストーリー展開で読者に衝撃を与え、「史上もっとも悲惨なスパイダーマンの物語」と評されるほどファンの間で語り草となっている本作。

そこで、この前代未聞の衝撃作『スパイダーマン:レイン』について、見どころや、海外での発売当時の反応などを中心に、本作の翻訳を担当いただいたライター・翻訳者の小池顕久さんに、詳しく解説していただきました!

『スパイダーマン:レイン』【流通限定】
カーレ・アンドリュース [作・画] ホセ・ヴィルラルビア [画] 小池 顕久[訳]
小売希望価格 4,400円(10%税込)

文:小池顕久

『スパイダーマン:レイン』あらすじ


『スパイダーマン:レイン』は、2006年に、全4号のリミテッド・シリーズ*として刊行されました。

*編注:あらかじめエピソード数が決まった状態で刊行される「読み切り」に近いシリーズのこと。つまり本作はこの1冊で完結していて、スパイダーマンの基礎知識がある程度あれば、誰でも楽しめる内容になっています

舞台は、2006年の発表時から見た35年後、メタヒューマンの活動が法律により禁じられ、重武装の警官隊「レイン」が街の治安を維持する、ニューヨーク市。物語の主人公は、諸事情からコスチュームを脱ぎ、長らく一市民として暮らしていた老ピーターパーカーです。 

ひどく老いたピーター。表情から悲愴感が漂います…

物語の開始時点のピーターは、自身の持つパワーを信じられなくなっており、その影響で、常人の数倍の力を誇っていた肉体は、たやすく骨折してしまうほどに弱体化しています。

そんな彼ですが、とある人物との出会いから、嫌々ながら再びマスクを被る羽目に陥り、老体にムチ打ち、苦難に満ちたヒーロー活動に復帰します。 

本稿で詳細なあらすじを述べるのは本意ではないので、大雑把に説明しますが、本作の物語の主眼は、とにかく「とんでもなくひどい苦難に次々と遭うピーター・パーカー」の姿にあると言えます。 

本作では、ピーターに、精神、肉体ともに次々に苦難が降りかかります。一市民としての暮らしも、当たり前のように不運に見舞われ、街を歩けばレインの捕り物に巻き込まれる、最愛の妻メリー・ジェーンへのお土産の花も踏みにじられる始末。

そして、なんのかんのあってスパイダーマンに復帰し、おなじみの軽口も復活した……かと思いきや、こちらでも肉体的・精神的に痛めつけられ、遂には「どん底」に落とされてしまいます。

カタルシスもなく、流されるままに墜ちていき、自身の過去のトラウマに押しつぶされるピーターの姿には涙を禁じえません。鬼か、原作者のカーレ・アンドリュースは。

『Spider-Man: Reign #2』

が、無論、ここから立ち上がるのが我らがピーター・パーカー。自身の行動で親しい人を亡くした負い目と、愛する人の笑顔のため、そんなささやかな個人の幸せのために、ピーターは決戦の地、エンパイア・ステート・ビルに向かいます……。 

そんな「どん底からの這い上がり」を描いた『スパイダーマン:レイン』は、刊行当時からその容赦のない作劇でファンの耳目を集め、シリーズの完結後も、その内容は長らくファンやクリエイターたちの記憶に残りました。 

近年にニュースサイトで「スパイダーマンの偉大な物語ベスト25作」「全てのファンが読むべき『スパイダーマン』の物語10選」、あるいは「物議をかもしたスパイダーマンの物語ベスト10」などといった名作特集が組まれる際には、他の古典的名作群と並んで——「史上もっとも悲惨なスパイダーマンの物語」などの形容と共に——本作『スパイダーマン:レイン』が挙げられるほどです。

 DCコミックスの名作『バットマン:ダークナイト・リターンズ』との同異点


ちなみに本作は、刊行当時のマーベルの広報では、「スパイダーマン版『ダークナイト・リターンズ』」などとも形容されていました。 

フランク・ミラー&クラウス・ジャンセンによる『バットマン:ダークナイト・リターンズ』は、1986年刊行の古典的名作です。

近未来、諸事情によってバットマンを引退していた老ブルース・ウェインは、ささいなきっかけからかつての熱情を取り戻し、バットマンとして復帰。その活動はやがて若い世代にも影響を与え、ついには社会を変革していく……という物語です。

年老いたスパイダーマンが主役である本作『レイン』は、なるほど「スパイダーマン版『ダークナイト・リターンズ』」の形容がしっくり来ます。

『Batman: The Dark Knight Returns』

 本作でライターとアーティストの両方を担当する著者のカーレ・アンドリュース(1975年生まれ)は、小学校5年生の時に『ダークナイト・リターンズ』に出会い多大な影響を受けたそうで、「引退したスパイダーマンはどのような姿になるのか?」という、本作の出発点となったアイデアは、『ダークナイト・リターンズ』に由来するものであることを公言しています。(※1)

一方でアンドリュースは、スパイダーマンとバットマンが、正反対のキャラクターであることから——バットマンが「父」であるのに対し、スパイダーマンは「息子」である。バットマンが他者に恐怖をもたらす存在であるのに対し、スパイダーマンは冗談を飛ばしながら戦う。バットマンは金持ちだが、スパイダーマンはいつもスカンピンである……等々、本作が『ダークナイト・リターンズ』とは別方向にストーリーが展開すると確信していたそうです。 

具体的には、『ダークナイト・リターンズ』のバットマンは、「不意に現れた犯罪者に両親を殺されたことで、犯罪そのものを憎むようになった個人」であり、その活動は常に社会との戦いであり、ついにはその過激な活動で、社会そのものに変革を迫ります。 

対して本作のスパイダーマンは、「自身が与えられた超能力を出し惜しんだことで、最愛の叔父を喪った個人」であり、その活動は常に「個人の贖罪」であり、社会に対してはさほどの影響力を持ちません。 

彼の復帰が市民に影響を与えもしますが、ピーター個人はそんな市民に背を向け、あくまで「自分の贖罪のための戦い」に向かいます。これが『ダークナイト』のバットマンなら、市民を扇動し、社会に変革を迫るところですが。 

こうしたスパイダーマンの個人主義的なスタンスは、アンドリュースもインタビューなどでスパイダーマンの特徴として指摘しています。

「スパイダーマンは、常に個人主義のシンボルであり、個人的なパワーと個人的な責任の物語だ」
 
「だが個人の持つパワーを、他者のために用いなければ意味はない。そしてそれこそが、スーパーヒーローの物語を機能させている。だからこそ私たちは彼らに惹かれるのだ」
 
「個人のパワーを他者を救うために用いる時、そこには個人の責任が生じる。しかし権力者は個人からパワーと責任を奪おうとする」

これらのアンドリュースの信念の下に描かれた本作のスパイダーマンの行動は、『ダークナイト・リターンズ』とはまた違ったヒーローの在り方を読者に提示していきます。
 
結果、あれだけ全編に渡り、ピーターが痛めつけられる様を描きながらも、本作のラストは救いに満ち、ささやかな希望を読者の胸に残します。
 
このさわやかなラストをまっさらな気持ちで体験するために……これ以上本作について見聞きするのはやめましょう。通販ページにあるあらすじも読み飛ばしましょう。この記事で読んだことも、頭の隅に押し込めてーー


 

※余談1:本作『レイン』を描くに当たっては、カーレ・アンドリュースが、2001年のアメリカ同時多発テロの直後にニューヨーク市内のマーベル編集部を訪れた時の体験——市街のあちこちに、機関銃で武装した警官が立つという非日常的な光景、それに、セキュリティが強化されたビル内で、うっかり警報を鳴らしてしまい警備員にこっぴどく怒られたことなど——が、いくらか盛り込まれているそうです。 

※余談2:折しも2024年初夏から、カーレ・アンドリュース自身による十数年ぶりの続編『スパイダーマン:レイン2』の刊行が開始されています((全5号。2024年8月下旬時点で#2まで刊行)。同作の#1の冒頭では、「前作のことが夢であるかのように、友人と愛する人に囲まれ、人生最良の瞬間を迎え、満面の笑みを浮かべるピーター」の姿が描かれていますが……ご想像の通り、「鬼か、カーレ・アンドリュースは」な展開が待ち受けております。本作では新キャラクターとして、スパイダーマン(マイルス・モラレス)も登場していますが……まあ、被虐の対象が2人になった感じでしょうね……。



小池顕久
編集者、ライター、翻訳家。『トランスフォーマー』『スパイダーマン:クローン・サーガ』他のコミックの翻訳、単行本『石川賢マンガ大全』(双葉社)の構成・編集・執筆を担当。
@AtomJaw

“史上もっとも悲惨なスパイダーマンの物語”として読者に衝撃を与えた『スパイダーマン:レイン』はShoProShoProBooksオンラインストア他、一部店舗限定および流通限定で2024年9月19日発売予定。現在、好評予約受付中です!

『スパイダーマン:レイン』【流通限定】
カーレ・アンドリュース [作・画] ホセ・ヴィルラルビア [画] 小池 顕久[訳]
小売希望価格 4,400円(10%税込)

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