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問題作にして傑作『アイアンマン2020』のアルノ・スタークとは何者なのか?

トニー・スタークの義兄アルノ・スターク(別名:アイアンマン2020)と、トニー(本作では人権を求めて人類に宣戦布告した、AI反乱軍のリーダー)。この二人による、ビックリするほどスケールのデカい兄弟喧嘩を描いた問題作『アイアンマン2020:ロボット・レボリューション』が2月22日に発売されます。これを記念して、アイアンマンを愛してやまない翻訳者の石川裕人さんによる、特別解説をお送りします。ロボット好き、アイアンマン好きは必読です!!

※本稿で『アイアンマン2020:ロボット・レボリューション』のネタバレはしておりませんが、結末が持つ「テイスト」には少しだけ触れております。

文:石川裕人

『アイアンマン2020:ロボット・レボリューション』
作:ダン・スロット/クリストス・ゲージ、画:ピート・ウッズ、訳:石川裕人
定価:2,860円(10%税込)

I AM IRON MAN

去る2023年で生誕60周年を迎えたアイアンマン。特に21世紀に入ってからは、ニューアベンジャーズの結成を皮切りに、スーパーヒーローコミュニティの中核を担うようになり、同時にキャラクターとしての人気・重要度も急上昇し、その勢いは、2008年の映画化に繋がった。
MCUにおいても、ロバート・ダウニー Jr.という最高の配役を得て、映画史に残る大ヒットを記録した『アベンジャーズ』シリーズで、マーベルの顔と言うべき知名度を獲得したのである。

こうして順風満帆の快進撃を続けるアイアンマンだったが、その一方で、原点であるコミックブックでは、キャラクターの根幹を揺るがす大事件が起きていた。それが、アイアンマン生誕50周年の年である2013年に発表された「シークレット・オリジン・オブ・トニー・スターク」だった。

スターク家の“長男”

アイアンマンことトニー・スタークといえば、軍需企業を経営する大富豪にして発明家のハワード・スタークの一人息子で、放蕩生活の末に、急逝した父の後を継いだとのオリジンストーリーが定着し、それはMCU版でも踏襲されてきた。スパイダーマンやバットマンなどと同様、コミックファン以外にもおなじみのオリジンの仲間入りをしたとも言えるのだが、マーベル編集部はそれを覆す行動に出たのだ。「シークレット~」の鍵となるのは、ライジェル星の観測ロボット、レコーダー451だった。

ウォッチャーのように宇宙のあらゆる事象の観測を使命としていたレコーダーだったが、451号機はプログラムの異常により、宇宙の平穏の実現を自らの任務とする。そして、地球人こそが宇宙の未来を握る存在であると確信したレコーダー451は、太古に建造された巨大兵器「ゴッドキラー」を地球の守護者とする計画を立てるも、ゴッドキラーには専属のパイロットが不可欠な状態だった。

背景に見えるのが巨大なゴッドキラー・アーマー。
結局、アルノが搭乗する機会はないままだったので、真価は不明。

こうして、1970年代のアメリカに降り立ったレコーダー451は、若き日のハワード・スタークに接触し、彼に取引を持ち掛ける。当時、ハワードの妻マリアは妊娠していたのだが、胎児は不治の病に冒されており、レコーダー451は遺伝子操作で胎児を治療すると共に、ゴッドキラーのパイロットに相応しい資質を与えようというのだ。苦渋の決断を下したハワードは申し出を受け、作業を終えたレコーダー451がゴッドキラーの修復のために地球を離れた後、スターク家に男児が誕生した。

全ての“元凶”であるレコーダー451。
スターク兄弟という設定の原点でありながら、本作ではセリフで言及されるのみ。

明かされた衝撃の真実

アイアンマン人気の高まりと共に、生前のハワード・スタークにも、S.H.I.E.L.D.の創設に関わったなどの“後付け設定”が増えていったが、異星からきたロボットが息子の誕生に関わっていたとの“真相”は予想外どころではなかった。アイアンマンのオリジンの大胆な変更は、50周年という記念の年に前例のない事をやってみようという発想から始まったものだというが、実はまだ終わりではなかったのである。

時が経ち、アイアンマンとなったトニー・スタークは、レコーダー451に遭遇する。目の前の相手が、あの運命の子供だったと知ったレコーダーは、アイアンマンをゴッドキラーに搭乗させたものの、彼には巨大なアーマーを操縦することができない。自らの失敗を悟ったレコーダー451は機能を停止するが、その後、生前のハワードが遺した記録から、意外な事実が判明する。レコーダー451が胎児に施した処置の中に、レコーダーだけが起動できるキルスイッチが含まれていたことに気づいたハワードは、密かにスイッチを解除したものの、その影響で赤ん坊は自力で呼吸できない体になってしまった。赤ん坊を「アルノ」と名付けた夫妻は、鉄の肺でアルノの延命を図る一方、元S.H.I.E.L.D.エージェントのアマンダ・アームストロングの生まれたばかりの赤ん坊を引き取り、いつかレコーダー451が戻ってきた時に備え、トニーと名付けて育てることにしたというのだ。自分がスターク家の“次男”だったという事実を知ったトニーは、数十年を保養所で過ごしたきた“兄”アルノと対面し、ここにスターク家の兄弟は初めて言葉を交わしたのである。

異星のロボットの関与だけでなく、実はトニーはレコーダー451の目を眩ますための一種の“囮”であり、スターク夫妻の生物学的な息子ではなかったとの設定変更は、確かにおよそ類のない大胆過ぎる路線変更ではあったが、デビュー時の印象が強烈過ぎたせいか、鳴り物入りで登場したはずのアルノは、それ以上のインパクトを残せずにいた。

トニー・スタークの“兄”アルノ・スターク。
レコーダー451の遺伝子操作を受けているので、
頭脳明晰で極めて現実的な判断力の持ち主との設定。

“人間”か“製品”か?

このように複雑な背景を持つ“兄弟”は得てして対立しがちなものだが、アルノは人生を謳歌してきた弟を妬むこともなく、トニーもまた病弱な兄を労わった。そして、不治の病というアルノ独自の“特色”さえも、アルノ専用外骨格、さらには遺伝子操作で克服されてしまう。ならば、兄と弟の“アイアン兄弟”誕生ではと思えば、既にウォーマシン、レスキュー、アイアンハートが登場しており、アイアンマン・チームに新鮮味はない。

この“迷走期”のアルノの姿は、既刊『インビンシブル・アイアンマン:ザ・サーチ・フォー・トニー・スターク』で読むことができるが、「シビル・ウォーⅡ」事件で昏睡状態に陥ったトニー・スタークの“復活”という一大イベントでも、スポットが当たるどころか、トニーと言葉を交わすシーンさえなかった。

『インビンシブル・アイアンマン:ザ・サーチ・フォー・トニー・スターク』
作:ブライアン・マイケル・ベンディス、画:ステファノ・カセッリ/アレックス・マリーブ他、訳者:吉川 悠 定価:3,300円(10%税込)

このように持て余しているとしか言いようのなかったアルノの存在だが、同作に続く新シリーズ『トニー・スターク:アイアンマン』誌で状況は変わり始める。全身の細胞を人工物に置き換えることで復活を果たしたトニー・スタークが、徐々に自らの人間性を疑い始めるのだ。“造られた”人間である今の自分は果たして人間なのか、トニー・スタークをシミュレートしているA.I.ではないのか?  “死”から蘇ったはずのトニーの自我が揺らぐ一方で、アルノは悪辣な女性起業家サンセット・ベインに接近。怪しげな動向を見せたあげくに、自社製品を使って復活した“現在”のトニー・スタークもまた自社の“製品”であり、人権など認められないとして、会社も、そしてアイアンマン・アーマーさえも奪い去ってしまう。

本作の“悪役”であるサンセット・ベイン。
もともとはマシーンマン由来のスーパーヴィラン。猫好き。
本作のトニー・スタークは、彼が最初に生み出した
アーマーにちなんで「マーク・ワン」と呼ばれている。

兄弟喧嘩は骨肉の争いへ

アルノとトニーが完全に道を違え、兄弟対決が避けがたい状況となったところで『トニー・スターク:アイアンマン』誌は終了し、後継シリーズとして登場したのが、本作『アイアンマン2020』である。周囲からも、そして自らも人間あることを否定したトニー・スターク。新たなアイアンマンとして、自分にもあり得たかもしれないヒーローの道を歩みだすアルノ・スターク。兄弟の骨肉の争いを軸に、アルノの変心の真相、さらには、全ての混沌の始まりであるレコーダー451が遺した宿命までをも反映させた本作『アイアンマン2020』は、2013年に始まったアルノ・スタークの物語に決着をつける、マーベル編集部が果たすべき“責任”とも言える。

本作に登場する「アイアンマン2020」。
劇中の2020年では、“唯一”のアイアンマンとして世間に認知されており、
人気も上々な模様。

全6話構成という、決して長くはないエピソードではあるが、BLM問題、コロナ禍と、2020年という時代を象徴するテーマをも交え、全ての課題に見事な解決策を示すクライマックスは、鮮やかであると同時に、アイアンマン/トニー・スタークだからこそ許される、一種の冷徹さを孕んでいる。その意味でも、まさにアイアンマンならではの注目作『アイアンマン2020』、ぜひその目で確かめていただきたい。

なお、「アイアンマン2020」というタイトルは、1984年に刊行されたリミテッドシリーズ『マシーンマン』v2 #1-4に起源がある。

「アイアンマン2020」というキャラクターの原点であるリミテッドシリーズ
『マシーンマン』v2誌。伝説のアーティスト、バリー・ウィンザー゠スミスの代表作のひとつ。

(1984年から見て近未来の)2020年の世界で目覚めたロボットヒーロー、マシーンマンが、世界を牛耳る巨大企業と戦う姿を描いたこの作品には、マシーンマンの敵として、今は亡きトニー・スタークの血族たるアルノ・スターク扮する、2020年のアイアンマンである「アイアンマン2020」が登場するのだ。アース616とは異なる時間軸の物語である『マシーンマン』v2誌と本作に直接の関わりはないが、キャラクターの名称に“2020”という年号を入れてしまった以上、実際の2020年に「アイアンマン2020」を登場させるのも、マーベル編集部にとっての“宿題”だったのかもしれない(ということは、いずれ2099年が訪れた時には、マーベルは「スパイダーマン2099」を再登場させるのだろうか? 誰か長生きして確かめてくだされ)。

『マシーンマン』版のアイアンマン2020。
本作に登場するマシーンマン。
AI反乱軍の幹部として、マーク・ワンと共に戦う。

石川裕人
翻訳家。1993年よりアメコミの邦訳に関わり、数多くの作品の翻訳・プロデュースを手がけている。

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