【おしえて!キャプテン】#42 変なコミックの話:クレイブン、ハリウッドへ行く……⁉
2024年も残すところ、あと約一カ月。気づけば、あっという間ですね。
さて、クリスマス目前の来月12月13日に何があるか、皆さんご存じでしょうか……?
そう、マーベルの新作映画『クレイヴン・ザ・ハンター』の公開です!
クレイブン(クレイヴン)・ザ・ハンターは、スパイダーマンの宿敵の一人で、素手で猛獣を倒せてしまうほどの超人的な膂力や、野性的な五感を持つ残忍な狩人です。
そんな彼の単独実写映画がついに公開ということで、ファンの間では早くも話題になっています。(余談ですが、主演のアーロン・テイラー=ジョンソンは、『アベンジャーズ/エイジ・オブ・ウルトロン』(2015年公開)で高速移動の能力を持つクイックシルバー役を演じたことでも知られています。)
そこで今回は、クレイブンにまつわる少々変わったエピソードを、
ライター・翻訳者の吉川 悠さんに語っていただきました!
文:吉川 悠
今回は、12月13日公開予定のマーベル映画『クレイヴン・ザ・ハンター』にあわせて、「クレイブン(クレイヴン)と映画に関する、変なコミックの思い出」の話をしようと思います。
昔、わけもわからず購読してあまり面白くなかったコミックに、のちに大きな社会問題となるネタが仕込まれていたことに何年も経ってから気づいた……というエピソードです。
また、記事内で性暴力に関する話題に言及していますので、苦手な方はご注意ください。
コミックショップ初心者時代
2002年頃、当時筆者は社会人になりたてで、原書のコミックブック(日本の読者のあいだでは「リーフ」と呼ばれる、背表紙のない冊子)を買うという習慣を始めたばかりでした。
新宿にあったトライソフト(現在は閉店)に毎週通って、どうやったら毎月同じタイトルを確保できるのかも知らないまま、とりあえず並んでいるタイトルを手に取るという買い方をしていたのです。
その時に見つけたのが、今回紹介する『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』です。なぜこれを手に取ったかというと、スパイダーマンが表紙にいたこと、シリーズの第1号だったこと、そして、アーティスト(かつ当時の編集長)のジョー・ケサーダが描いたユーモアのある表紙が気になったこと……などがきっかけだったように覚えています。
しかし、本編を読んで戸惑ったのが、主人公がクレイブンといっても全然知らないクレイブンだったことです。それもそのはず、本家本元のクレイブン・ザ・ハンターこと、セルゲイ・クラヴィノフは1987年の名作『クレイブンズ・ラスト・ハント』で自害して以降、長期間出番がなかったからです(その後、2009年の『スパイダーマン:グリム・ハント』にて、ようやく復活を果たします)。
セルゲイのクレイブンについては、ガイド本・過去作などを通じて当時の筆者も知っていました。が、そのセルゲイの話かと思ったら、『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』の主人公はセルゲイの息子アリョーシャ・クラヴィノフだったのです。
セルゲイとミュータントの母親の間に生まれた彼は、1996年の『ピーター・パーカー:スペクタキュラー・スパイダーマン』#243から始まる「クレイブンが謎の復活!? その正体は...…?」というストーリーで登場し、しばらくのあいだ新クレイブンとして活躍していました。
当初の彼は、スパイダーマンと敵対するというよりも、ある程度の相互理解は保ちつつ、一方で野獣じみた狂気を抱えるというヴィランでした。しかし、その後は段々と、役割的にも見た目的にも父親とたいして差別化されていないキャラになっていったようです。実際、出番もそんなに多くはありません。
ところが、『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』では、アリョーシャは急激なキャラ変を起こしていました。同書での彼はガールフレンドとペットの狼と共にマンハッタンのペントハウスで優雅に暮らし、父の莫大な遺産とヒマを持て余すセレブになっていたのです。
また、同書に収録されている前日譚を読むと、制作側はアリョーシャのキャラを立てるために「スパイダーマンの友達」ポジションにつけようとしていたのかも……と思われるフシもあります。
もちろん、当時の筆者はそんなことも知らずに戸惑いながら読み進めていったのですが……。
『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』、その中身とは...…
さて、その『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』のあらすじを簡単にご紹介しましょう。
というのが、『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』のおおまかなあらすじなんですが……まあ面白くなかったんです、このコミック
読めば一応、色々な試みがされていることはわかります。例えば、途中でバルチャーが「ワシも一枚噛ませろ」と映画製作の現場に乗り込んできて、女優にモテるために若作りを始めるとか、ネイモアが意味ありげに海から出てきてハリウッドのやばさを警告するとか(ただし、二度と出て来ない)……そんな感じでマーベルのゲストキャラも出てきます。
また、アートについては文句のつけどころは全くありません。DCの『ヒットマン』(日本語版はエンターブレインより刊行)シリーズで有名なジョン・マクリーが担当しており、いかにもギャグ漫画らしい面白さにあふれた絵作りと、ハリウッドのリアルな光景を見事に両立させています。
特に、常に何かしら食べていて、何かと汚くて、気持ち悪いロススタイン兄弟はまさに漫画ならではのヴィランでしょう。見れば、嫌悪感が湧くこと間違いなしです。
登場人物の会話には「(騒ぎばかり起こす)ロバート・ダウニー・Jrが絡むと保険が拒否されんだよ!」とか、「マシュー・マコノヒーはハンサムでいい俳優よ。でも彼の映画なんか誰も見に行かない。みんな、彼のことは好きでも嫌いでもないから」など、ハリウッドセレブいじりネタも満載です(2002年のコミックですから映画『アイアンマン』でRDJがマーベルの顔になる何年も前、お騒がせセレブだった頃のジョークです。時代を感じますね)。
でも、大体の要素が空回りというか……まして、当時の筆者には映画を観る習慣もなかったので、あちこちに散りばめられたハリウッドのゴシップネタなんて特にひっかかりもしなかったんです。
70〜80年代のTVドラマ『ハッピーデイズ』の人気キャラを演じた俳優、スコット・バイオがゲストとして登場してクレイブンたちに不動産を貸す……なんてエピソードが入っても、「知らんわ!」としか言いようがなく……。
しかもコメディだと思って読み進めていたら、途中でロススタイン兄弟によってクレイブンの恋人がレイプされてしまうという、急に陰惨な展開に変わります。クレイブンを狙うハリウッドの黒幕の正体も急ごしらえ感が否めず、そしてスパイダーマンは黒幕を殺したクレイブンを咎めない...…などなど、頭の中に疑問符しか湧いてこない内容です。
そして結局、映画製作はしないままコミックは終わってしまいます。ハリウッドに潜む悪を倒したアリョーシャはニューヨークに帰って、いろいろあったけど、犯罪者を殴って前よりは充実した日々を過ごすという、最後までモヤモヤするエンドでした。
2000年代初頭のマーベル
同書はそもそも第1号の表紙に“1 of 7”、つまり全7号中の第1号だよと書いてあるのに6号で終わってるので、明らかに打ち切られたコミックです。
今から思えば、意味ありげに出てきたけど何もしなかったネイモアは、彼が実は映画スタジオを持っている件を活かそうとしたのかもしれませんが...…打ち切られた以上、今となっては何もわかりません(1962年の『ファンタスティック・フォー』#9で、本当にそういう話をやってます)。
同書のライターを務めたロン・ジマーマン(故人)はドラマ・映画の脚本家・プロデューサー出身でした。おそらく、マーベル・コミックにおける一番の話題作は、過去のnote記事で紹介した『ローハイド・キッド』誌と思われます。『ゲット・クレイブン』作中の、脚本家が延々と虐待される展開には、実体験から来る心情がそれなりに反映されていたのかもしれません。
2000年頃のマーベルは、名物男ビル・ジェイマス社長(当時)のもとで様々な(玉石混交の)試みがなされていました。その中で、映画監督・脚本家のケヴィン・スミスがライターを担当した『デアデビル』誌が成功したことがきっかけとなり、ジマーマンのような映像畑の才能がコミック業界にもに入ってきたという経緯があるようです。
また、コミックの内容が閉鎖的になりつつあると感じていたジェイマスらは、外部からの視点の取り込みにも積極的だったという背景もあります。
いずれにせよ、普通だったら『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』は、無数の「変なコミック」の一つとして忘れられていたでしょう。単行本も出版されたのかどうか、よくわかりません。ところが……。
15年後の気づき
2017年、映画プロデューサーのハーヴェイ・ワインスタインが数十年間におよぶ性暴力や揉み消し工作を告発されたことで、「#MeToo」運動が始まるきっかけとなりました。映画業界の範囲におさまらず、権力勾配と性的搾取に関する社会全体の認識が大きく変わった出来事です。
ワインスタインは弟のボブと共に数々の名作を手がけ、映画界の実力者として知られていた人物ですが……そういえば!? レイピストの映画プロデューサーで、兄弟で、名前もワインスタインとロススタイン...…。
この時になってやっと筆者は、『ゲット・クレイブン』作中に出てきた悪徳プロデューサーのロススタイン兄弟は、現実のワインスタイン兄弟をモデルにしていたキャラクターだったと気づいたのです。
つまり、ジマーマンは2002年という早い段階から、映画業界の中ではすでに悪い噂がつきまとっていたであろうワインスタインをレイピストとして描き、その内容をマーベル・コミックに忍び込ませていたことになります。
ひょっとしたら、商業出版におけるワインスタインへの非難としては初めてのものだったかもしれません。あのキャラクターはそういう意味だったのか、長年コミックを読んでいるとこういうこともあるんだ……と感慨深いものがありました。
『スパイダーマン:ゲット・クレイブン』は、内容的にはあまりオススメのコミックとはいえないし、後に残したものもないのですが、2000年代初頭の珍作の一つとしてやけに記憶には残るコミックでした。歴史に残らないコミック群の中に、こうした宝が埋まっているからこそ、マーベル・DCのヒーローコミックにはやめられない魅力があります。
とまぁ、クレイブンについてあれこれ言いましたが、来月公開の『クレイヴン・ザ・ハンター』では、大いに(父親の方の)彼が活躍をしてくれることを期待しましょう!
P.S.ちなみにその後のアリョーシャ・クラヴィノフのクレイブンですが、普通のヴィラン然としたキャラでぽつりぽつり登場してから、後に登場した異母妹アナ・クレイブンにお株を奪われた挙句、セリフと回想シーンで殺されるという、雑な扱いを受けて消えていきました。諸行無常……。
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