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【おしえて!キャプテン】#19 マーベル・コミックスのLGBTQ+(後編)
キャプテンYことアメコミ翻訳者・ライターの吉川悠さんによる連載コラム。6月の「プライド月間」にあわせ、前回に引き続き、マーベル・コミックスでのLGBTQ+の描かれ方についてお送りします。(前編はこちら)
前回に引き続き、LGBTQ+に関する過去の価値観に基づく描写、また差別についての言及もありますのでご注意ください。
ノーススター(1980年代~2020年代)
マーベルのLGBTQ+キャラクターといえば、ノーススターの名前ばかりが挙がる時代がありました。
1979年、『アンキャニィ・X-MEN』#120にカナダのヒーローチーム、アルファ・フライトが初登場します。飛行能力と超スピードを持つミュータントの双子、ノーススターとオーロラもその中に含まれていました。
当初のアルファ・フライトはただの敵役だったので、大した背景もありませんでした。しかし80年代のヒーローコミックを代表するクリエイター、ジョン・バーンが彼らを主人公に据えたシリーズの制作を依頼され、1983年に『アルファ・フライト』誌が創刊されることになります。
キャラクター達により深みを与えるべきと感じたバーンは、ちょうど読んでいた科学雑誌に触発され、メンバーの1人はゲイであるべきと考え、それにはノーススターがしっくり来ると考えたそうです。(※参照記事)
『アルファ・フライト』誌のジョン・バーン担当期における、ノーススターのセクシュアリティの描き方は一貫しつつもさりげないものでした。
スキーのチャンピオンとなり名声と富を手に入れるが、女性には興味を示さない、旧知の女性に急にキスされて困惑する、悪人に殺された彼の養父が「ミュータント能力も、それ以外のことも、自分らしさを受け入れるよう教えてくれた」というナレーション……等々の描写を積み重ねることで表現していったのです。もっとも、バーン本人はノーススターがゲイであることを作外で公言していたため、ファンの間では周知の秘密でもありました。
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自分の本性を受け入れることを教えてくれた恩人が殺され、ノーススターの怒りが燃え上がる。
カムアウト、そしてマーベル初のオープンリー・ゲイのスーパーヒーローに
ノーススターがカムアウトしたのはバーンが担当を離れてからだいぶ経った、1992年の『アルファ・フライト』#106のことでした。
この頃にはコミックスコードの規制内容も変わっていたため、ある程度まで同性愛について扱えるようになっていたといいます(マーベルが完全にコードの審査を撤廃するのはさらに数年かかりましたが……)。
このエピソードで、HIVに感染した捨て子を拾ったノーススターは、その子を必死に育てようとします。そこへ、ゲイだった息子をHIVで失い悲しみにくれた老ヒーローが襲いかかります。戦いのさなか、ノーススターは自分がゲイであると告白します。愛する者を亡くす悲しみを抱えた2人は相互理解に達し、ノーススターはHIV危機のなかで同性愛への認識を改める一助となるため、記者会見を開くことを決意しました。
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このストーリーは、発表当時大きな反響を呼び、ノーススターはマーベル初のオープンリー・ゲイのスーパーヒーローとして知られるようになりました。もっとも、当時のゲイ当事者の感想にあたってみると「結局、HIVの犠牲者としてしか描かれないわけ?」というモヤモヤも残ったようです。
その後のノーススターのセクシュアリティの扱いはしばらくはぎこちないものでした。『アルファ・フライト』誌は2年後に打ち切られ、2003年には『アンキャニィ・X-MEN』でX-MENに加わります。この時点でも描き方がこなれてるとは言えず、例えばポラリス(ローナ・デイン)の結婚前夜のバチェロレッテ・パーティー(独身最後の女子会)に参加していたりなど、雑な扱いの場面もあります。
ノーススターの掘り下げが始まるにはもう数年かかりました。2009年にボーイフレンドのカイルが初めて登場しますが、彼はその後はしばらく登場していません。カイルが2回目の登場をし、2人のデートが描かれるのが2011年、大きく報道されたマーベルユニバース初の同性婚が描かれたのが2012年と、1996年のカムアウトからだいぶ時間がかかったことがわかります。(※参考記事)
近い時期の他のメディアに目を向けると、2009年には『glee/グリー』『モダン・ファミリー』といったLGBTQ+を取り扱ったTVドラマの放映が開始していました。文化全体の中で空気感が変わった結果、ノーススターの描き方もスピードアップしたのかもしれません。
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2021年にはマーベル・コミックにおける多様性を取り上げる短編集シリーズの一環として『Marvel Voices:Pride』#1がリリースされました。その巻頭に置かれたLGBTQ+キャラクターの歴史を振り返る短編では、ノーススターは先駆者として描かれています。
ノーススターとは北極星を意味し、転じて「変わらない指標」を意味することがあります。描かれ方で苦労しながらも、あとに続くキャラクターたちのために道を拓いた彼は、まさにその名前を体現したと言えるでしょう。
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ローハイド・キッド(2000年代初頭)
2000年代初頭のマーベルはセンセーショナルなタイトルを出す傾向がありました。そうした流れの中で、マーベルの成人向けレーベル「MAX」から、2003年に刊行されたのが『ローハイド・キッド』です。
ローハイド・キッドが初登場したのは1955年。まだマーベルがアトラス・コミックスという社名で、西部劇タイトルを多く刊行していた時代です。2000年代の新シリーズは彼をゲイとして描くという触れ込みでプロモーションされました。2003年の刊行当時の報道にあたってみると、大きな反響を呼んだことがうかがえます。「子供のためのコミックブックにゲイのヒーローを出して、子供たちを同性愛者にするつもりか」と反発する勢力もありました。このコミックブックは成人向けレーベルから出版されたにも関わらず、です。(※参考記事)
同誌はローハイド・キッドの股間を強調したきわどいポーズに、でかでかと「Explicit Content(露骨な内容)」とラベルがついた表紙で刊行されました。しかし内容は拍子抜けするほど穏やかなもので、彼のラブシーンがあるわけでもなく、軽い性的なジョークが出てくるくらいです。
1950年代にローハイド・キッドを手がけていた名匠ジョン・セヴェリンによる落ち着いたアートで、コメディの雰囲気をもつ西部劇でした。キッド本人は銃の腕もケンカの腕も超一流で、悪人たちを軽々と倒していくヒーローでしたが、オシャレに余念がなく気取ってると描かれているあたりは、まだステレオタイプから抜けきれていない感もあります。
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表紙と裏腹に成人向けなところはほとんどない。当時81歳とは思えない、ジョン・セヴェリンのアートが冴える。
表紙と内容の食い違いからもわかるように、センセーショナルな話題作りの面もあったかもしれません。それでもローハイド・キッドは犠牲者ではなくヒーローとして描かれるLGBTQ+の貴重な前例になったとは言えます。
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2人のアイスマン(1960年代~2010年代)
2015年には、X-MENの創設メンバーの1人、アイスマン(ボビー・ドレイク)がゲイであることを自覚するストーリーが大きな反響を呼びました。とはいえ、X-MENの話なので、その経緯は少々複雑です。
まず、2012年の『アベンジャーズ VS. X-MEN』事件で、X-MENのリーダーであるサイクロップスが、指導者であるプロフェッサーXを殺害してしまいます。X-MENはしばらく分裂状態が続くのですが、これを憂いたビースト(ハンク・マッコイ)が過去の世界から結成当初のX-MENの5人(マーベルガール、サイクロップス、アイスマン、ビースト、エンジェル)を呼び出し、現代のサイクロプスに初心を思い出してもらおうとします。
試み自体は失敗しますが、『オールニュー・X-MEN』(以下ANX)誌上で彼らは現代に留まり、エグゼビア教授の夢のために戦うことを決意します。そのため、ストーリー上、若いボビーと大人のボビー、2人のアイスマンが存在する、という前提の話になることにご留意ください。
アイスマンがゲイであることを自覚したのは、2015年の『ANX』#40での出来事です。
マジック(イリアナ・ラスプーチン)が教師についたので、若いボビーは「セクシーな先生がついた!」と喜んでいました。そこでマーベル・ガール(ジーン・グレイ)が彼を連れだし、テレパシーによって彼がゲイであることを知ったと伝えたのです。
大人の自分は女性とつきあっていたはずでは?と困惑するボビーですが、どのガールフレンドとの関係も上手くいかなかったことをジーンによって指摘されます。さらに自分はバイセクシャルでもないと説明され、ボビーは自覚していなかった自分のセクシュアリティ、要は自分がゲイであることに気づきます。
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ボビーが無意識のうちに、むりやり異性愛者らしくふるまっていると感じたジーンは、彼に真実を告げる。
そして、この話の直後の『アンキャニィ・X-MEN』#600で、若いボビーは大人の自分に対して、なぜ自分の本性を隠し、無理をして生きてきたのか質問します。
そこで初めて、大人のボビーは、自分が長く感じてきた抑圧、すなわち、ミュータントとゲイという二重の差別を抱える悩み、ひょっとしたら自分は異性愛者ではないかと自問自答してきたことを若いボビーに告白することになります。
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なぜ本性を抑圧して生きてきたのか、若い頃の自分に文字通り問われ、ボビーは一粒の氷の涙をこぼす。
この話が発表された際には、ジーンの指摘がそもそもアウティングであるという批判も受けましたし、バイセクシャルの透明化に与していないかという指摘も出ました。
一方でこの展開が唐突なものだったかというと、『ANX』誌を読み返してみれば伏線がないわけではありませんでした。
例えばキティ・プライドが大人の自分とキスしているところを見たボビーが「自分が成長して女の子と付き合う証明があるのは嬉しいけど相手がイヤだ!」と発言していたり、サイクロプスと一緒に知り合った一般人の女の子たちから、電話番号を受け取るのを避けていたりするような描写があったりします。
そもそも全ての始まりである1963年の『X-MEN』#1で、ジーン・グレイが「恵まれし子らの学園」にやって来たときに、他のメンバーは「女の子が来た!」と盛り上がるのですが、ボビーだけ興味を示さないというコマがあります。1994年の『アンキャニィ・X-MEN』#318では、ボビーの精神を乗っ取ったエマ・フロストによって、彼がなんらかの抑圧を抱え込んでいると指摘される描写もありましたし、他にも、ノーススターのエピソードで紹介したポラリスのバチェロレッテ・パーティーで、ポラリス(ローナ・デイン)が「ボビーとつきあっていたが肉体関係はなかった」という趣旨の発言をする場面などもありました。
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ちなみにこの話は1996年の『マーヴルクロス』5号に日本語版が掲載されている。20年以上、誰もこの伏線を拾っていなかったが、『アイスマン』誌でエマはずっとボビーの秘密を守っていたと明かされた。
1963年の時点でアイスマンがゲイのキャラクターとして創造されていたわけではありませんし、上記の描写を入れた過去のクリエイターたちもそこまで考えていなかったでしょう。
ですが、ボビーが実は自分のセクシュアリティを否定して抑圧し、結果としてかつてのパートナーたちとの関係もうまくいかなかったと考えて読み直すと、過去の描写が生きてきます。セクシュアリティに限らず、フィクションにおけるキャラクターデベロップメントにはこうした細かい描写の上に新たな解釈を乗せていくという一面もあります。
その後2017年には、大人のボビーを主人公として、ゲイのX-MANとしての彼の描写を掘り下げる『アイスマン』誌が刊行されます。その中では、保守的な両親や直前までつきあっていたキティ・プライドと向き合う一方で、自分を受け入れることでより幸福になったボビーの姿が活き活きと描かれています。ウルヴァリンのような例外を除いて、近年のX-MENのソロタイトルは長続きしないことが多いのですが、打ち切り後も復活するくらいに反響を呼びました。
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発表当時大きな話題を呼び、また描写について批判も呼んだアイスマンのカムアウトですが、ゲイとしてのキャラクターを確立したアイスマンの物語は、その後もこうして掘り下げられていきました。
直近の話題ですが、マーベル公式の読み放題サービス「マーベル・アンリミテッド」では、2022年6月のプライド月間に合わせて、ボビーの活躍と恋を描くアイスマンの縦読みコミックの連載も始まっています。
では、スタン・リーはなにを考えていたのか?
長年マーベルの顔をつとめたスタン・リーは、マーベルがなにか社会的にインパクトのあることをするたびに、メディアに対応してきました。
2015年のアイスマンのカムアウトの時は、「アイスマンがゲイだなんて知らなかった。語られる話が面白ければ私は気にしないし、彼ら(マーベル)はうまくやってるよ」と答えています。(※参照記事)
さらに、映画『X-MEN』シリーズに関わってきたブライアン・シンガー監督は、スタンと話す機会があった際の思い出として以下のように語っています。「スタンに『(X-MENが)ゲイの比喩であると考えたことはありますか?』と聞いたら『間違いないとも!(absolutely!)』と答えてくれた。調子を合わせてるだけかな……とも思ったけど、信じることにした」(※参照記事)
しかし、スタンはやってきたことと言っていることが必ずしも一致しない人物だった、ということには留意しなければなりません。
そもそも「アイスマンがゲイだなんて知らなかった」というスタンの言葉と、シンガー監督に対する答えは両立せず、矛盾しているように思われます。
マーベルのLGBTAQ+表象に関して、スタンが発言していた例がもう一つあります。先ほどのローハイド・キッドの件が議論を呼んだ際の討論企画で、スタンは「自分だって『サージェント・フューリー&ハウリング・コマンドー』誌にゲイのキャラクター、パーシー・ピンカートンを入れたが、それで問題が起きることはなかった」と発言しています。(※参照記事)
もっとも、このパーシー・ピンカートンは実際の誌面では、ただのキザで女性に対する手が早いオシャレなイギリス人……というただの「男らしくない」人物で、ゲイなのかは大変怪しいのですが……。目の前のゲイフォビア言説に対して、とっさにあいまいな記憶で反論したのかもしれません。
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ピンカートンは女性と高級車が好きとのことだが、彼がゲイだとスタンが言うなら、もうそれでいいのかもしれない。
ですが、ここで大事なことは、目の前の相手に調子を合わせていたにせよ、記憶があいまいであったにせよ、スタンは自分の創造物に関して、後のクリエイターたちが時代に合わせた再解釈をしても、権利の平等のための主旨に反対することはなかったということです。
なんといっても、彼はマーベル・コミックス誌上の名物コラム「スタンズ・ソープボックス」で「コミックは現実逃避以上のものではないと考える者もいるが、私に言わせれば、メッセージのない物語は魂のない人間のようなものだ」と答え、人種差別や偏見に対して反対しづつけていた人物なのですから。
最後に
今回も紹介できなかったLGBTQ+のマーベルキャラクターはメジャーなものも含めて多数います。
『アンストッパブル・ワスプ』のナディア・ヴァン・ダインはクリエイターたちによってアロマンティックかつアセクシャルとされており、作中にもそれを反映するセリフがあります。
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(ヴィレッジブックス刊)
2人目のブラック・ウィドウことエレーナ・ベロワはアセクシャルの可能性が非常に高いキャラクターです。クリエイターからのコメントだけではなく、2002年の『ブラック・ウィドウ:ペイル・リトル・スパイダー』誌では「(男性とは付き合わないが)自分はレズビアンでもない」という発言があります。
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現在のマーベル・コミックスを代表する最も有名な同性カップルであるハルクリングとウィッカンも忘れてはなりません。2人の導入に伴う紆余曲折とクリエイターの葛藤については『ヤング・アベンジャーズ:サイドキックス』の解説に詳しいのでご興味のある方はぜひそちらもご参照ください。
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アイアンラッド、アスガーディアン、ハルクリング、パトリオットらからなる若手ヒーローチーム「ヤング・アベンジャーズ」の始まりを描く2005年刊行の重要作。
マーベル史上初の同性間のキスシーンが描写されたブロク、同じく史上初のオープンリー・レズビアンだったヴィクトリア・モンテッシ、ウルヴァリンの息子ダケン、ギリシャ神話の英雄ハーキュリーズとクリーの英雄ノー・バー、アスガルドの刺客アンジェラと翼なき天使セラ、マルチバースの守護天使アメリカ・チャベス、ハルクを助けるマッゴーワン博士、ランナウェイズのカロリーナとニコ、リクターとシャタースター、プロディジーとスピード、ムーンドラゴンとフィラ=ベル、ロキのジェンダー流動性、デッドプールのパンセクシュアリティ……いくらでも話題はあります。
しかし、こうして記事に書き出したり、プライド月間に刊行される特集号なども見ると、多くのLGBTQ+キャラクターがいるように見えますが、実際の刊行ラインナップを見ると個人でタイトルを持っているキャラクターはまだまだ少数派です。
60年以上前の価値観を受け継ぐ(あるいは、引きずる)作品世界では、異性愛者、それもしばしば白人男性のキャラクターの固定席ばかりという現状に変化をもたらすのは、なかなか一筋縄ではいかないということでしょう。
以前のコラムの繰り返しになりますが、LGBTQ+のキャラクターの登場は、現実の社会の反映です。むしろ、本当はこれまでもそこにいた人たちの存在を今まで反映できていなかったとも言えます。
マーベル・ユニバースはしばしば「あなたの窓の外の世界」と呼ばれます。キャプテン・アメリカがヒトラーを殴りつけている表紙の時代から、それは変わっていません。現実の反映を先取りする努力が、今後もユニバースの活力となっていくことでしょう。
今回ご紹介した本
◆筆者プロフィール
吉川 悠
翻訳家、ライター。アメコミ関連の記事執筆を行いながらコミック及びアナログゲーム翻訳を手がける。訳書近刊に『コズミック・ゴーストライダー:ベビーサノス・マスト・ダイ』『スパイダーマン:スパイダーアイランド』(いずれも小社刊)など。Twitterでは「キャプテンY」の名義で活動中(ID:@Captain_Y1)。