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ブラジル代表は私にパーマをかけろとささやく

私に初めてのパーマをかけてくれたのはロナウジーニョである。

それは学生の頃、友人の互野(たがいの)と自分たちに似合うヘアスタイルは何かについて考えていた時のこと。我々は互いに似ている有名人を挙げ、その髪形を取り入れればしっくりくるのではないかと考えた。

私は彼に対して当時ヒットを飛ばしていたバンドのギタリストに似ているので、その髪形を真似してみてはと提案した。本当のことを言うと面長で口が大きい互野はギターというよりもアリゲーターに似ていたのだが、そこはお世辞も兼ねてかっこいいバンドのメンバーを挙げておいた。

「俺あのバンド好きじゃないんだけどなー、そんなに似てるかなー」

文句を言いながらも互野はまんざらでもなさそうな様子、単純な男だ。

そして今度は私の番、彼は誰の名を挙げるのだろうだろうか。私もよくよく単純な男だ、期待していないと言えば嘘になる。今まで基本的に黒髪短髪で生活していたが、これを機に新たな自分を発見できるかもしれない。


「岡井はねぇ、ロナウジーニョに似てるよ、サッカーの」


当時はワールドカップの開催が控えていた時期であり、日々メディアに登場する有名選手が印象に残っていることもあっただろう。世界的なスター選手に例えられるなど本来光栄なことなのかもしれない。だが少し考えて欲しい、イケてるヘアスタイルを探るというトークテーマにおいてサッカーブラジル代表は少々突拍子もないチョイスではないだろうか。

ジーニョ

当時のロナウジーニョはウェーブのかかった長髪をヘアバンドで後ろに流すというスタイルであった。フィールドで華麗なボールコントロールを魅せるサッカー選手であればなびく長髪も格好よくみえるかもしれないが、私は地方私大の文系大学生である。ボールどころか自分の髪形さえコントロールしかねているのだ。

決してロナウジーニョが嫌いなわけではない、だが今は日本の俳優やミュージシャンを期待する場面だ。それはちょっと違うだろという思いから互野に今の提案はイエローカードものだぞと警告し別の案を求めた。


「そうだなぁ……ロナウドにも似てるな、ブラジルの」


まさかのブラジル代表連続登場である。サッカーから離れろ。ボールが友達の大空翼君でももう少しマシな提案をするぞ。

ウド

なお、ロナウドの当時の髪形は丸坊主であり、その少し前までは前髪のみを残して全部剃るというかなり独特な大五郎カットであった。どちらにしても一般人にとっては面白く失敗するのが目に見えている地雷ヘアである。

いいか互野、たとえ顔が似ていたとしても私はカナリア軍団の一員になりたいわけじゃない、もっと一般的でかっこいい髪形の人物を提案してほしい。それこそサッカーならばベッカムヘアーが流行したりといったムーブメントもあっただろう、もう少し考えてくれ。

「うるさいなァ、俺なりに似てる人物を考えたんだぞ、岡井は何ウジーニョだったら満足するんだよ」

何ウジーニョでもないよ、というかそこまでいったらほぼロナウジーニョしかないだろ。いよいよふざけだした互野、もうコイツに相談することはあるまい。サッカーならばカード2枚で退場だ。


私はカウンセリング対応をしてくれる美容室を探すことにした。なにしろ相手はプロの美容師、客の要望に応え似合う髪形を提案するなど朝飯前だろう。少々値は張るが評判の良い美容室に目星をつけ、予約時に髪形の相談に乗って欲しい旨を伝えると快諾された。なんだ、はじめからこうすれば良かったのだ。

当日は予約時間の30分も前に着いてしまった。店の場所は確認できたし、さすがに早すぎるので一旦離れようと思ったその時、私の存在に気付いた美容師さんがもしや予約の岡井様ですかと出て来てくれた。おお、なんという心遣い、これが一流美容師様のエスコートか。

時間まで中でお待ちくださいと案内された私はフッカフカの椅子の座り心地を楽しみ、出された紅茶とお菓子を楽しみ、初心者にはいささか刺激が強いオシャレ空間に酔いしれた。

「良かったら何か読んでください」

美容師様が私に何冊かの雑誌を施してくれた。そのラインナップも様々であらゆるニーズに応えてやるぞという気概が伺える。ありがたい、なんの変哲もない雑誌が私には聖書にみえてきた。あの互野とのクソみたいな時間はなんだったんだろう。そんな思いで並べられた雑誌をチェックしてみる。

ファッション雑誌やグッズ系情報誌、スポーツ雑誌──


ナンバジーニョ

(Sports Graphic Number 643号)

ロナウジーニョだ。

互野と共に決別したはずのブラジル代表、ロナウジーニョが表紙として再び私の前に現れた。動揺した私はテーブルに膝を打ち付け、大丈夫ですかと心配する美容師様に「大丈夫ですカントリーマァムおいしいですスゴイです」と小学二年生みたいな発言をしてしまった。


一波乱あったものの、いよいよカウンセリングの時間がやってきた。美容師様が私の髪質をチェックしながら、今までの髪形や現在の流行といった部分を共有していく。そして導き出されたのはメンズで流行のベリーショート。女の子ウケがいいし髪質的にも合っているのではないかという提案だった。なるほど、もっともな意見だ、今までもそうだったし自分も短髪が気に入っている。

ではそれにしましょうかと顔を上げると先ほどの雑誌が、ピッチでプレイするロナウジーニョの姿が目に入ってきた。私は特別熱心なサッカーファンではなかったが、彼がその足でいくつもの夢を実現してきたことは知っている。互野とかいうアリゲーターの話は悪ふざけそのものだったが、思い返せば奇妙な縁も感じる。

提案を受け入れることは決して間違いじゃない、しかし本当にこれがベストな選択なのだろうか。もう少し自分の意見を出してみるべきだ、今までと違う自分を探したくてこの美容室に来たんじゃないのか。私の中のロナウジーニョがそう言っている気がする。そうだ、もしダメでも美容師様が修正してくれるんだ、伝えない事には始まらない。なりたい自分を実現するんだ。


「あの、パーマとか、どうですか、やってみたいんです」


私は今までに無いヘアスタイルへの一歩を踏み出した。


人生初のパーマをかけた日も、その次の日も、そのずっと先もウキウキするような気分だった。周りから見ればたいした変化ではないかもしれないし、ロナウジーニョのそれともまったく違うヘアスタイルだったが、間違いなく生活が楽しくなった。ちょっとした変化を無限大に広げ、人の心に大きく影響を与えるのが美容室なのだ。

そして互野は今からでもロナウドの大五郎カットにしなよと面白くも無い要求を500回くらい繰り返したので、私はさらにカードを切り3カ月間の出場停止処分にした。さようなら互野、ありがとう美容室、ありがとうロナウジーニョ。


No matter who you are it's the simple things in life that lead you to believe that you can achieve anything.(なんでもできると信じることはとても簡単なことだ、自分が何者であるかなんて関係ない。)

ロナウジーニョ


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