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『淳一』 〜1990年はじめての男〜 vol.6
淳一は、クローゼットから紙袋を取り出した。
「だけど、真文と付き合ってからは、実際に会ったした人はいないよ」
パンパンに膨らんだ紙袋の中には何十通もの手紙が入っていた。
あのころは、まだ、インターネットなんてない時代。
『さぶ』や『薔薇族』というゲイ雑誌には『文通コーナー』があって、ゲイたちの出会いの手段になっていた。
淳一は、僕に隠れて文通活動を続けていたらしい。
「えっと…それじゃなくって…」
「え?」
「それじゃなくて…あっちの」
僕はデスクの上のシステム手帳を指差した。
淳一はハッとしたように息を飲み、深く、長く、息を吐いた。
文通よりもヤバいことになった。
そういう感じだった。
「Wって…だれ?」
「…」
「Wってだれ?」
「…ワタル」
ワタル。
ワタル。
ワタル。
ワタルは淳一の店の常連客で、初めて会った時「この人、中村繁之にクリソツでしょ?」と淳一が紹介してくれた人だった。
輪郭。
黒目の大きな二重の目。
笑うと見える真っ白な歯。
たしかにジャニーズ事務所のアイドル・中村繁之によく似ていた。
パーマっけの髪型に至っては、さらに似せにいっているようなあざとささえ感じた。
「だけど、この人、何歳だと思う?こう見えて36歳なのよ。結構ババアでしょ!」
淳一が馬鹿にしたように大笑いしたから、すっかり油断してしまっていた。
だけど、ワタルという人のあんな顔、ジャニーズ好きならみんな大好物に決まっていた。
年齢担当。
そんな言葉が頭に浮かんだ。
僕は年齢担当で、ワタルは顔担当だったんだ。
淳一の気持ちなんてわからなかったけど、僕はそう確信した。
そりゃあ、中村繁之にそっくりな17歳のゲイが入れば淳一的にベストだろうけど、世の中、そうはうまくいかない。
だから、分担制だったんだ。
「ごめん」
「別に、謝ってほしいわけじゃないよ」
「…ごめん」
「だから、そうじゃなく…これからどうするの、僕たち?」
涙は出なかったけど、鼻の奥がじゅわじゅわしていたから、それをすすりながら尋ねた。
「…ごめん。でも、こんなふうに真文を傷つけておいて、それでも一緒にいたいなんて、そんな勝手なこと言えなよ」
顔が勝つ。
そう思った。
ちまたではKANの『愛は勝つ』が大流行していたけど、そんなことはやっぱり綺麗ごとで、愛なんかよりも、顔が勝つ。
そう思った。
たしかに、17歳なんて全人類が一度はなれるわけだし。
僕の長所でも、才能でも、なんでもない。
「わかったよ。今まで、ありがとう」
別れこそ、さらっとさりげないほうがカッコいいと思った。