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恋にならなかった恋の話

圭介の魔法がとけたころ。
僕と友達のあいだで『ふたりでナンパして車中で3Pをする』という大人の遊びが流行った。

いい男を見つけたら声をかけ、車中に連れこんで楽しんだ後、相手を家へ送り届けてから友達とふたりで反省会という名の酒をあおる、という極めてアバンギャルドな遊びだった。

ある夜は新宿二丁目で。
ある夜は六本木のクラブで。
ある時は駒沢の公園で。

「ねえ、3人でしない?」と、あれが妖怪3Pババアだよと後ろ指さされんばかりに、夜な夜な東京全域に出没していた。

その夜はスパ銭湯だった。
ナンパ目的で行ったわけではなかったのだけど、その男がちょっと木村拓哉に似ていたから、急遽、決行することになった。
一般の風呂なので目立たないよう、僕がひとりでこっそりと話しかけた。

昔から髪の長い男が好きです

「よかったら帰りにあそこにいる子と3人で、車の中でやらない?」
「ええっ…と、君とふたりきりならいいけど、3人はごめん」

僕の心は「ひゃっほ〜!」と叫んだ。
すぐに友達のところへ戻り「興味ないってさ」と残念そうに眉をしかめた。
それから湯船に浸かり友達と馬鹿話をしている間も、視界の隅で常にキムタクの姿を捉えていた。
キムタクが上がり湯を浴び、風呂を出ていこうとした瞬間、「ちょっとトイレ」と友達に告げ、脱衣所で連絡先をこっそり教えた。

数日後、デートをした。
彼は車でやってきた。
助手席に座ると、横顔が特にキムタクに似ていることが判明した。
というか、横顔は、ほぼキムタクだった。

運転するキムタク。
ミラー調節するキムタク。
「寒くない?」と片手でエアコンを調節してくれるキムタク。
急ブレーキを踏んで「ごめん」と謝るキムタク。

この世の贅沢とは、ヴィトンでもキャビアでもモナコでもなく、この助手席で、この横顔を見つづけること、のような気がした。
このまま地の果てまでもドライブしていたい気分だった。

「ガム食べる?」
「あ、うん」

包みを剥がしたガムを口に入れてあげる。

「サンキュ」

キムタクが笑う。

もう、たまらん!とばかりにキムタクの太ももに手をのせると

「車の中でやるのが好きなの?」

と、キムタクがもう一度笑った。

「いやいやいやいやいや…」

もっと綺麗な出会い方をしておくべきだった、と僕は後悔した。

だけど、キムタクは「俺は車でしたことないんだよね。でも、ちょっと興味あるかも」というと、車を大型ショッピングセンターへ走らせ、地下駐車場の端っこに駐車した。

「どうすればいい?」

キムタクはシートベルトを外し、銃を向けられた人みたいに両手をあげた。
僕は運転手席に身を乗り出してキスをした。

「やべえ、勃ってくる」

まだキスだけなのに、キムタクは両手を上げたまま言った。
触ってみると本当に硬かった。

「確かに、興奮するかも。このシチューエーション」

キムタクの笑顔が、ちょっと悪い男になっていた。
その表情がエロ過ぎて、僕はズボンを脱がしにかかった。
ホックを外すと、キムタクが腰を浮かせる。
僕は一気に膝のあたりまでズボンを下ろした。
カーセックスにおいて僕が一番好きなのは、この瞬間かもしれない。

そんなデートを何度か繰り返した。

キムタクは見た目やセックスだけでなく性格も好ましかった。
基本、さっぱりしていて頼り甲斐があり、だけど、酒に酔った時だけ少し甘えん坊になった。

「真文ー、真文ー、手が冷てーよー」

彼がコンプレックスだという、体格の割には小さくて細い手と指を広げて僕に差し出す。
両手の平で包み込んで温めてあげると「あったけーなー。あったけーなー。真文はあったけーなー」と、キムタクは無邪気に喜んだ。

僕は、会うたびに彼のことが好きになっていった。

ある日、ふたりで初めてカラオケに行った。
キムタクは「いーえい!」と元気いっぱいに、ウルフルズの『バンザイ〜好きでよかった〜』を歌った。


はい、はい、はい、はい!

そう来ましたか!?

僕は感動で涙があふれそうだった。
歌に込めてさりげなく思いを伝えてくるなんて、照れ屋な彼らしくて素敵だった。

僕は、すぐにドリカムの『LOVE LOVE LOVE』でこたえた。

「君を好きでよかった」と叫ぶ彼に「LOVE LOVE LOVE!」と思いっきり愛を叫んだ。


それからふたりでキスをした。
心が繋がった。
そんな気がした。

だけど、そのわりには、次に会った時の距離感がなんとなく遠かった。
その次も、その次も、やっぱり微妙で、僕は、ある夜、電話で確かめた。

「僕たちってさ、なんていうか、付き合っている、みたいな感じよね?」
「え?」
「いや、ほら、前にカラオケで「好きでよかった!」って歌ってたじゃん。あれさ、すごい感動したよ」
「うん、あの歌、いい歌だもんな。俺、絶対に歌うんだよ!」

話が、全然、噛み合わなかった。
全部、僕の勘違いのようだった。
仕方がないから、僕ははっきりと口にすることにした。

「付き合いたい、と思っているんだけど」

キムタクは黙り込んだ。
黙るほどのことだったのか!と僕も、もう、黙りこむしかなかった。

しばらくして、キムタクが絞り出すような声で言った。

「真文じゃダメなんだよ」

え?

「真文じゃダメなんだ、真文じゃ」
「僕の何がダメ?」
「…そうじゃなくって…ダメなんだよ…」

そして、電話は唐突に切れた。
掛け直しても、出てくれなかった。
仕方がないからメールをした。
だけど翌日になっても返信がなくて、電話をしたら「その電話番号は現在使われておりません」だった。
泣けた。



半年後、ふいに懐かしくなって、キムタクの名前をネット検索した。

キムタクは結婚をしていた。
キムタクの大学の後輩が、結婚パーティの様子をブログに綴っていた。
パーティが行われたのは、最後の電話から約1ヶ月後のことだった。
写真も貼ってあった。
相手は、もちろん、女性だった。
地味な雰囲気だけど、眉のしっかりとした綺麗な顔立ちの女性だった。
しかも、妊娠しているという。

そりゃあ、僕じゃダメだったよなー!

そう思った。

結婚して、子供をつくって、普通の家庭というものを築きたいのなら、僕なんかじゃ、全然、ダメに決まっている。

ダメの理由が、僕の顔や、体や、性格や、「3Pが好きだから」じゃなくて本当に良かった。

ほっ、と胸をなでおろした。

僕のことは、結婚前の最後のお遊びだったのかもしれない。

遊びにしては、ちょっとくらい、僕に心を奪われていたんじゃない?

なんて、思う。

ウルフルズの「バンザイ!」も、少しは本音が混じっていたんじゃない?

なんて、今でも、少しだけ信じている。

悲しい思いもしたけれど、女性と結婚しちゃったなら全部許してあげよう。

幸あれ!

心晴れ晴れと、そう思った。

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