『Olivier』 〜1993年 フランス人の男〜 vol.2
Oliveirは中国人や中国料理が好きだった。
僕のことも最初、中国人だと思って声をかけてきた。
日本人だと知って少しがっかりしていた。
デートはもっぱら中華街だった。
お気に入りのDim sum(点心)の店で海老蒸し餃子を楽しんだり、シノワズリなチャイニーズカフェで、エッグタルトを食べながらジャスミンティを飲んだ。
僕の部屋で日本風の焼き餃子を振るまったこともあった。
見よう見まねで作った餃子だったけど、刻んだニラをたっぷり入れたら「This herb is so essential!(このハーブがすごく重要だ!)」と喜んでいた。
Olivierの部屋にも行った。
Olivierは中国人の友達の大きな家の一部屋を間借りしていた。
ロンドンは家賃が高いから、間借りやアパートをシェアして暮らすことは普通のことだった。
それに、Olivierは寂しがり屋なところがあった。
大好きな中国人の友達との暮らしに満足しているようだった。
Olivierは繊細で子どもっぽいところもあった。
初めて部屋を訪れた時、幼い頃から使っているという古びた枕を紹介された。
「His name is cache-cache(彼の名前はカシュカシュだよ)」
「What dose cache-cache mean?(カシュカシュって?)」
「Hide & seek in French (フランス語でかくれんぼのこと)」
cache-cacheと一緒じゃないと眠れないと言うから、泊まるのはいつもOlivierの部屋だった。
Olivierとのセックスは一方的だった。
Olivierが僕のことを気持ちよくして終わりだった。
Olivierが射精するところを見たこともなかった。
だけど、Olivierがそれでいいと言うから、それでいいことにしていた。
ものたりない気持ちは確かにあった。
だけど、その頃、セックスをする相手は他にもいた。
逆に、セックス以外のことはOlivierとしている時間が長かった。
Olivierのフランス人らしい皮肉屋な一面が、誰と会話をしているより楽しかった。
具体的な話はしなかったけど、Olivierは僕のことを恋人と思っているようだった。
僕も、Olivierのことをそんな風に思ってもいいんじゃないかと思うこともあった。
だけど、そうとなると、やっぱりセックスのことが少し気になった。
そんな友達以上恋人未満みたいな感じで3ヶ月ほどが過ぎた。
ある夜、Olivierから電話がかかってきた。
同居人の家族が、急遽、中国から越して来ることになり、来月中には家を出なければならない、と言う。
大好きな友達と暮らせなくなること。
これから急いで新しい部屋を探さなければならないこと。
たぶん、知らない人と暮らさなければならないこと。
Olivierは途方に暮れていた。
こういう時のOlivierは本当に子どもみたいだった。
20歳になったばかりの僕は「一緒に部屋を探すから」と、30代半ばのOlivierのお母さんみたいな気分で慰めたり、元気づけたりした。