『淳一』 〜1990年はじめての男〜 vol.4
淳一は製薬会社に勤める研究者だった。と同時に、金曜と土曜の夜は新宿二丁目の外れにある小さなゲイバーでバイトもしていた。
「店に遊びに行っていい?」
「いいよ。でも店では俺たちが付き合っていることは内緒な。水商売って、夢を売るエンターテイナーみたいなところがあるから、俺であって俺じゃないところあるから」
たしかに店で働いている時の淳一は別人のようだった。話し方や仕草が大げさで、オネエ言葉も使っていた。僕が好きになった、さらっとさりげなくてベッドの中でちょっと意地悪な淳一とは思えなかった。だけど、そんな淳一と話す客たちが楽しそうにしていたから「なるほど、これがエンターテイメントというものか」と僕は納得できた。
それに、シンプルに僕も楽しかった。
常連の客たちは17歳の少年にこぞって飲み物やおつまみを奢ってくれた。カラオケを歌えば褒めてくれたし、可愛い可愛いと何度も褒めてくれる人もイオタ。酔った勢いで体を触ってくるおじさんもいた。だけど、そんな時は淳一が「このエロジジイが!」なんてみんなを笑わせながら、さりげなく守ってくれた。
金曜の終電で淳一の店へ行く。朝まで遊んで淳一の部屋へ一緒に帰り、一緒に眠る。起きたらセックスをする。それから夜までダラダラと一緒に過ごす。土曜の夜も店へ遊びに行きたいところだけど、さすがに親が怒るから家に帰った。
夏から秋にかけて、そんな週末を繰り返した。楽しくて、刺激的で、幸せな日々だった。あんな夜遊びを繰り返す自分がどんどん大人になっていく気がして、高校の同級生たちといるのがつまらなく思えるくらいだった。
だけど、ひとつ、気になることがあった。
淳一はジャニーズのアイドルが好きだった。
特にデビューしたばかりの『忍者』と言う6人組に夢中だった。
「やっぱり高木くんよ〜!一番可愛い !くりっとした目が大好きなの!もう、お醤油でもかけて食べてしまいたいくらい!」
酔った淳一が客と話しているのを聞いた。ジャニーズのアイドルに興味がなくてあまりよく知らない僕は、翌日、本屋へ行って『明星』と言うアイドル雑誌を立ち読みした。
高木くんは二重まぶたの大きな目をしていた。吸ったらちゅるんと食べられそうな新鮮な海産物みたいな目をしていた。くらべて僕の目は一重まぶたで、とても細く、小さかった。食べ辛い上に食べらえる実の少なそうな小魚みたいな寂しい目だった。目だけでなく顔全体が薄い和風な顔だった。そういう顔が好きだと言ってくれた人もいたけれど、ジャニーズ事務所のオーディションならば、絶対に書類選考落ちするに違いない顔だった。年齢と、ぷるんとしたピンク色の唇以外、僕は全然ジャニーズっぽくなかった。
「『忍者』が好きなの?」
「嫌いじゃないけど、客に話を合わせているだけだよ」
普段の淳一に聞いても、そんなふうに、さらっとさりげなく答えるだけだった。訝しげな僕に気づいて淳一はキスをしてくれたけど、心の奥には絶えずモヤモヤとしたものが渦巻いていた。