『Olivier』 〜1993年 フランス人の男〜 vol.1
17歳の春休みに初めて新宿二丁目に行ってから、若さゆえにちやほやされることはあったけど、総じて僕はモテなかった。
同年代の、目のパッチリした友達なんかと一緒にいれば、必ず「じゃない方」の子として扱われた。
子どもの頃から運動はしていて筋肉質だったから、裸になると「脱いだらスゴい系だね」と言われたりした。
心の中では「じゃあ、脱がなかったらなんなんだよ…」とすっかり意地けていたけれど。
だけど、高校を卒業してロンドンへ渡ると一気にモテた。
ゲイが集まるソーホーという街なんかを歩けば、見知らぬ男たちによく声をかけられた。
「Hey!I know your name.(君の名前を知ってるよ)」
「What's my name?(僕の名前は何?)」
「Sweety!(カワイコちゃん!)」
最初は「外人ってリップサービスが凄いなー」くらいに思っていたけれど、だんだん、どうやら、僕はこの街では結構イケるらしい、ということに気がついた。
一重まぶたの目の細さや小ささ。
肌の青白さ。
地味な顔面の中で悪目立ちしている厚い唇。
日本では完全に不利だった僕の容姿が、西洋人の目には、魅力的なオリエンタル・ビューティに映っているようだった。
ならば、と。
オリエンタル感をさらに際立たせるために、まず、髪を耳にかかるほどまで伸ばして、ストレートの黒髪感を強調した。
それから、東洋人は幼く見えるのがチャームポイントっぽいから、わざと英語を舌ったらずで喋るようにした。
どうせ、自分はモテないし、カッコよくないし、という理由で日本では敬遠していたクラブにも、ロンドンでは頻繁に通うようになった。
お酒の味が苦手だったけど『ジン・トニック』というカクテルだけは口に合うことを知った。
『ジン・トニック』をちびちび舐めるながら、踊り疲れた体をバー・カウンターで休ませていれば、必ずと言っていいほど男が寄ってきた。
そんなふうにして、渡英して1年ほど間に、連絡を取り合うようになった男が増えた。
友達のような人もいた。
体の関係がメインの人もいた。
僕のことを一方的に恋人のように思っている人もいた。
その頃の僕は特定の恋人を作る気がなかった。
僕の拙い英語力では、そこまで深く知り合うことができない気がしていたし、せっかくやってきたこのモテ期(当時は、まだ、そんな言葉はなかったけれど)に、しばらくは調子づいていたかった。
フランス人のOlivierも、その頃に出会った人の一人だった。
英語読みななら、オリバー。
だけど、フランス人だから「オリビエ」と読む。
ロンドンで一番賑わっていたクラブ『HEAVEN』のバー・カウンターで近寄ってきた彼は、ロバート・レッドフォードによく似ていた。
「You look like Robert Redford」
「No!I hate him」
が、最初の会話だった。
ブロンドの髪が綺麗だった。
(余談ですが「追憶」は、冒頭のバーブラ・ストライサンドとロバート・レッドフォードがパーティで再開するシーンから、もう、泣ける。綺麗じゃないけど可愛らしいバーブラのとっても嬉しそうな姿に「いや、でも、あんた、この恋はうまくいかないんだよ…」と泣けてくる)