涓滴〜努力の意味を考える
仕事をこなしてご飯を食べて、寝て、起きてという日々のサイクル
それは現代人が生きる上で行う当たり前のサイクル
自分の場合はその1週間のサイクルの中に生涯の趣味である格闘技や武術の稽古というものがある
そんなこんなでサイクルを重ね、歳を重ね、30も過ぎて色々と考えることが多くなる
周りの結婚によって起こる周りとの生活の差。
仕事の出来、不出来による結果の差。
練習量や環境、才能のアリ、ナシにおける実力の差。
そんなものが、どんどん押し寄せてくる
モチベーションを上げたり、キープすることはあまりにも大変で何のために頑張っているのか明確な目標がなければ頑張れない
恋愛も久しくご無沙汰であるし
それは自分自身が悪いのであるが、人の事をめちゃくちゃみてしまう。
自分を棚に上げることにもなるが、上手くいかなければいかないほど、努力の意味が分からなくなるのである。
人並みの努力はしてきたつもりだしその自負もある
意味が分からなくなるとそれが止まる
というよりもやめる。
自らが努力を放棄する。
でも、努力をしていると見てくれる人が必ずいる。
自分はそれを何度も経験してきた。
浅い人間であればあるほど気付いてくれないが…
回りくどくなったが、だから言いたい。
努力は涓滴が功を奏す(したたる水のように、積み重なれば、水でも岩をも砕く)ことになるのだと。
信じたい(涙)
それを胸に地道な努力を積み重ねるのだ。
言い聞かせて、頑張ろう