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ワタナベアニ著「カメラは、撮る人を写しているんだ。」に思う。 君はどう生きる? 表現者を目指すのか、インフルエンサーになりたいのか。

こんにちは。

Webマガジン「SHOOTING」の編集長をしている坂田と申します。
サイトでは、写真にまつわるヒト、コト、モノを発信しています。

いつもはブログも自社サイトで書いていましたが、今回初めて「note」に書きます。

ワタナベアニ著「カメラは、撮る人を写しているんだ。」を読了。

まだの方は「SHOOTING」で、冒頭8ページを特別公開しているので、まずそこをご覧ください。


この本は、写真を撮り始めた青年(カズト)がプロカメラマン(ロバート)に教えを乞うという、対話形式で進んでいきます。

カズトは池袋のリトルカメラ(←なぜか知っているような)へ、カメラを購入するために見に行き、そこで写真家のロバートと出会う。

そこから二人の対話が始まり、カズトが日々写真を撮りながら、ロバートとの関係性の中で成長を遂げていく(詳細はネタバラシになるのでしません 笑)というストーリーです。

最近、カメラやレンズのことをSNSで呟いている人や、機材系youtuber、またそのあたりで荒れているやりとりが多発しています(笑)。この本を読んでいて自分の考えとロバートの考え方には共鳴するところもあり、そういったカメラや周辺ガジェットと写真表現、フォトビジネスについて考えてみました。

今回のブログのテーマ
SNSのメディア化により、カメラや機材関係の投稿を通した承認欲求とマネタイズ

背景
デジタルカメラの急激な進化と普及より、撮影の技術的ハードルが低下

読者想定
写真関係の仕事をしている人、したいと思っている人

まず、この20年の進化の中で、
デジタルカメラは高画素化、高感度ノイズの低下、連写やAF速度向上など、カメラとしてあらゆる面で進化し、フィルムカメラを凌駕しました。いまはそれとは別に、スマホのカメラも超優秀です。

並行して、PhotoshopやLightroom、メーカーのソフトウェア、モニター、プリンターなど、周辺機器も進化し、「誰でも」「簡単に」写真が撮れて、発表できるようになりました。

リバーサル(ポジ)フィルムの時代は、撮影時の露出と色温度(光源)とカラー(補正)は特に大事。デジタルカメラが普及するまでは、フィルム撮影における色や露出の管理はかなりシビアで、「知識と経験に基づいたプロの世界」が成立していました。

でもその経験値もブラックボックスも、デジタル化で一気にハードルが下がり、一般の方でも「失敗のない写真」が撮れるようになりました。

つまり、撮れてあたり前、になってしまった。

今は写真系の大学や専門学校は、高い授業料をとって何を教えているのだろうか。。先生方も苦労されていると思います。

学校はさておき、誰でも写真が撮れるのは良いことです。趣味でも仕事でも単なる記録でも「瞬間を残しておける」のは貴重です。

しかし、その結果生まれてきたのが、

・もしかして、自分は写真の才能があるかもしれない

・もしかしたら、機材系のことなら人に教えられるかもしれない

という人たちが(勘違いを含め)たくさん現れてきたこと。

雨後の筍のように、ワークショップやyoutube、SNSでの解説系つぶやきなど、「自称写真家」や「写真の先生」が大量に発生し、もはや生徒よりも先生の方が多いのではと感じています(苦笑)。

写真に明確な正解はありません。

広告写真の世界では「最も伝わる方向」という意味で、「正解に近い写真」を目指しますが、一般的な作品(趣味の世界)やアートの世界では、正解はありません。

また、医師、美容師、弁護士、行政書士…、これらは国家資格がいりますが、写真家、フォトグラファー、カメラマン、これを名乗るのに資格も試験もありません。

柔道整復師」(整骨院)として仕事をするには国家資格が必要ですが、街の「リラクゼーション系」は、無資格の人でも施術できます。要は人気があれば、お客がくれば、商売として成立させることが可能です。それと同じで、写真やカメラも、どのような教え方が正しいとかはなく、それぞれの方法論の中で独自に行われているのが現状です。

写真系の大学や専門学校は、昔からの実績と経験で教科書的なものもあり、体型立てて授業が行われていましたが、個人や小規模のワークショップなどは、それぞれが自分の考えに基づいて教えています。

・カメラ、レンズまわりのことを呟いていたら、SNSのフォロワーが増えてきた。

・インスタに写真をアップし続けたら、フォロワー数が増えて撮影の依頼がきた。

・X(旧Twitter)で収益化につなげることができて、これで食べていけるかもしれない。

・ワークショップを企画したら、10人くらい集客できた。

こういう流れで、ビジネス、マネタイズを考えている人が出てきてもおかしくはありません。

ここで危惧されるのは、ロバートの言葉を借りれば、「昔は百点の能力を持った師匠が、九十五点しか取れない弟子に教えているイメージだったが、今は二十点の人が五点の人に教えている状態が珍しくない」、ということ。

5点の生徒は高みを知らないので25点の人でも尊敬できるし、その先生が25点だとは思っていない。だから様々なワークショップや撮影会が成立(乱立)しているのですが、仕事ではなく趣味の世界ではそれはアリなんです。ただ需要があるか、ないかだけの話です。

でも「仕事として写真を学びたい人」にとっては、一体誰に話を聞けばいいのか、選択肢が増えすぎてわからないような状態になっているのではないでしょうか。



「3.11、コロナ禍、戦争」 → マスキャンペーンから個別マーケティングへ
フォトビジネスの変化に生じたマネタイズ


テレビコマーシャルの売り上げをネット広告が抜いたのが2019年。コロナ禍の自粛ムードもあり、世の中は大キャンペーンやイベントが激減。個人の嗜好性を分析、配信するような広告プロモーションに変化していきました。

写真で食べるためには、マス媒体に載せるもの、報道、スポーツ、学校写真や冠婚葬祭、写真館などでしたが、ネットやSNSの台頭で新たな選択肢が増えました。

携わっているフォトグラファーの数が多い雑誌や広告写真界隈は、撮影自体が減ったということではなく、ターゲットや目的に合わせてより細分化され、派手で目立つビジュアルやキャンペーンではなく、その人の趣味嗜好に合わせた堅実(無難)な情報配信に変化してきています。

その結果、今の時代において、フォトグラファーもデザイナーも「強いイメージを打ち出す、突出した憧れの人」がいなくなってしまった。それはよく言えば多様化の時代であり、25点の人でも活躍できる時代になってきた、と言えなくはありません。

刺激的な文章、最もらしい言葉、また著名な人と一緒に写った写真(笑)など、これはどの業界でも言えることですが、ある程度フォロワーが増えてくると、そこに一定程度の説得力ができ、25点の人が50点、100点に見えてしまうこともあります。

学ぶ側はどのように見分ければよいのか?

この答えは実はシンプルです。

・その人の仕事の写真を見る

・その人の個人作品とステートメントを見る

・プロフィールを見る

私はこんな苦労を乗り越えて写真家になった。」こんな言葉を書いている人もいますが、それは「写真家としての実力」とは関係ありません。

苦労をされたことは美談になり得るかもしれませんが、それが「写真に昇華」されているかどうかは別の話です。

写真を学びたい人は、言葉ではなく、その人がどのような仕事をしているのか、その人が普段、どのような作品を発表しているのか、インスタではどのような視点で日々の写真をアップしているのか。

まず「その人の写真(実績)を見る」ことが大切です。

私も知り合いに教えられて、数名のワークショップを開いている方々のWebサイトを見ましたが、言葉ばかりが先行して、その人たちの仕事や作品がどこを探して見つけられない(笑)、という不思議な体験をしました。

いやいや、人に写真を教えるならまず、自分の写真を見せるのが基本、ではないでしょうか。

その人が、仕事でどのような写真を撮っているのか(撮ってきたか)、どのような考えで作品を発表しているか、どのようなルートを辿ってきたのか。

この3つが見られれば、おおよその判断ができるはずです。


撮影者は、何を目指すのか。

先ほど「学びたい人」の話を書きましたが、「写真を撮る人」は何を目指すのでしょうか。

今はフォトビジネスも多様化していますが、大きくは4つに分けられます。

1 依頼仕事(クライアントワーク)

2 個人作品(アートやインテリアフォト)の販売

3 セミナー講師や学校の先生などの教育系

4 インフルエンサーとしての依頼仕事

1.のクライアントワークは、マスメディアに限らず、写真館も運動会、ウエディングフォトも含みます。いわゆる「依頼されて(お金を頂いて)写真を撮る」、という以前からある撮影仕事です。

2.の個人作品は、日本国内市場だけではかなり厳しいと思います。ネットの活用、キュレーターや専門ギャラリーとの契約など、個人の作品を購入してもらって、それで生活し、次の撮影経費にまわしていける人です。

3.セミナー講師やワークショップ、写真関連学校の教師など、ある程度の期間内で「学校の先生」として教えることもできます。ただし正社員、大学教授などを外して考えると、その講師料やギャランティだけで生活していくのは厳しいかもしれません。

4. 今、最も急増しているのがインフルエンサーです。これは写真に限らず、コスメ業界でも自動車評論でも、様々な業界でそのような人がyoutube等で、ご意見版的な発言をしています。

そこにフォロワーが付き、さらに発信力を強めていき、そこでアクセス数を増やしてのマネタイズ、フォロワー数の増加を背景にした企業案件をこなすなど、過去にはなかったビジネスモデルが急速に広がっています。

個人が趣味の範囲で何を呟こうが自由なわけですが、機材解説や撮影を仕事にしようと考えて呟く人は、話題にならなければ意味がありません。

そこで興味を持つ人が多いであろうカメラやレンズ、機材周辺のことを取り上げて、話題に上がってのフォロワー数の増加や、それに伴うマネタイズを狙っていく、という方法です。

今やっていることが、目標へ繋がっているのか。

これはどういうことかと言うと、
例えば「影響力のある、或いは文化的に意味のあるアーティスト、作家を目指す」、というのではれば、安いギャランティで仕事を受け続けていると、その目標には届かない可能性が高い、と思うのです。

SNSやブログに「撮影は5,000円〜30,000円で受けます」と書いている人に、1Day 50〜100万円の仕事はきません。

自分の価値を自分で低く値付けしている時点で、そこからの伸び代が決まってしまうのです。

でも今はもっとスマートで、機材まわりのことをyoutubeやSNSでつぶやいて、そのアクセス数でお金を稼ぐこともできます。

でもそうやって収入を得てしまうと、どんどんそちらにビジネスの思考がいってしまい、気がつくといまの自分がやっている仕事の領域から抜け出せなくなってしまいかねません。

インフルエンサーが目標、写真講師が目標ならそれを目指すとよいのですが、例えば作家として作品を売りたい、ギャランティの高い仕事をしたい、ギャラリーと契約して海外で売り出したい等々、今の現実よりも違う領域に目標設定がある場合は、考え方を変えないと難しいと思います。

写真家、フォトグラファーなのか、youtuber、インフルエンサーなのか。

編集長として撮影の依頼や取材をする時は、その人がどのような立ち位置で仕事をしているのか、長いお付き合いの知り合いを除いて、それはそれはよく調べたり、よく考えてから依頼をするわけです。

今や情報収集はネットがメインです。

コスメブランドでも自動車メーカーでも、新製品の発表には既存のマス媒体以外に、フォロワー数の多いインフルエンサーを招待して、情報発信してもらうのが当たり前ですよね。

カメラメーカーも、既存の媒体以外に、インフルエンサーに情報や機材を提供し呟いてもらうのがデフォになっています。

でも実力が伴わないインフルエンサーを瞬間的に持ち上げて、「こういう起用の仕方はちょっとどうかな」と感じる部分は多々あります。

こういう事例があります。

グラビア系カメラマンが、ある撮影でモデルからセクハラ行為を告発されて(おそらくほぼ事実だった)、SNSを通じて一気に世間に広まってしまった。「炎上」というやつです。

それを察知したメーカーは、急遽その人が掲載されているコンテンツを全て削除しました。昨日まで、何度も撮影や記事の執筆を依頼していたのに、見事に「最初からいなかった人」になっていたのです。

これはメーカーのリスク回避として、正しいのかもしれません。しかし撮影の依頼って、技術だけではなく人としての倫理観、人格が最も大事なはずなんです。でもそこが対峙している相手のことを、そのカメラマンと仕事をする中で見抜けなかったのか、知っていて目を瞑っていたのか、いずれにしても、私はそんなメーカーは審美眼においても、情報収集能力においても残念な感じがしました。

無意識に「作例写真」と「作品」が似てしまうという撮影癖

メーカーから発売される新型カメラの新たな機能を取り上げるために、そこにフォーカスしたような作例を撮り、解説する。これは仕事としてアリです。

でもそういう仕事を日常的に受け入れている人は、知らず知らずに「作例的な撮り方」が上手くなってしまいます。その結果、頼まれてもいないのに、仕事ではない作品撮りなのに、パーソナルワークと、クライアントワークの写真が似ている、という結果になってしまいがち。嫌な言い方をすれば、メーカーやメディアから上手く使われる可能性があります。

それを良しとしているならよいのですが、無意識にそうなってしまっていると危ないです。編集者の視点でいえば、作例写真に似た仕事以外ではその人には依頼しません。私なら、依頼、打ち合わせの時点で「今までにない引き出しを少しでも見たい」と思える人に声をかけます。

逆に「作家性」や「撮り方」「好きな被写体」がある程度確立されていて、「そのような写真」を求められてオファーがきた場合は、自分の思いがそのまま仕事に繋がるという意味では嬉しいでしょうし、意味があります。それはDirector of Photography(DP/DoP)撮影監督に近い依頼のされ方といえます。

表現者を目指すのか、インフルエンサーになりたいのか。

最初のタイトルに戻りますが、
今はデジタルカメラや様々なソフトもあり、写真を撮るハードルが下がりました。その結果、仕事も分散し、安いギャランティでも仕事を受ける人も増え、写真家、フォトグラファーの仕事の範囲も広く分散しています。

生活がありますし、人間は食べないといけない、家賃やローンも払わないといけません。機材にもお金がかかります。で、その状況を前提として、写真という媒体を通じて、あなたは「何を表現したい人」でしょうか。

人に何かを伝えたいのか、個人で楽しむのか、とにかく食べていきたいのか。

自分がどうありたいか」によって、どのフィールドで活動していくかが決まってくると思います。

アメリカでは、例えば「大量生産・大量廃棄」という循環で売り上げをあげている企業の撮影仕事を、受けるか受けないかで、大きく考え方を問われます。「生き方を問われる」と言ってもいいかもしれません。

日本ではそこまではなっていませんが、写真を通して表現者としての道を探求していくのか、インフルエンサーを目指すのか。

その中間には、様々な立ち位置があるわけですが、普段やっていることでだいたいの思いは感じ取れるものです。私は編集者としてそれを俯瞰しつつ、これからも好きなフォトグラファーの方々と仕事をしていきたいと思います。

坂田大作

カメラの技術解説書ではありません。
写真を撮る行為の「心構え」が書かれている本です。
オススメです。


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