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少年堂:ワクワクが原動力だったあの頃

少年堂は、京都四条寺町の藤井大丸百貨店のすぐ隣に、小さく佇む9坪ほどの店でした。当時は飲食店を5~6店舗経営していましたが、洋服屋に関しては完全に素人。国内に仕入れ先もなければ、同業者の知人友人もいない状態。それでも、「なんとかなる!」とアメリカのスラム街に飛び込んで、巨大な倉庫で2週間かけて商品を選び出し、店に並べていました。

ところが、最初の頃はクレームの嵐。
「レングス短くて履けへん!」
「505なんてあかん、501しかいらんわ!」
「サイズ小さすぎる!オーバーサイズが流行ってるのに!」
お客様からの声が毎日飛び交い、スタッフの一部からも「こんな店流行らへん」と陰口を叩かれる始末(笑)。そんな中でも、「ボス、今はこんなんが流行ってますよ」と真剣にアドバイスしてくれるスタッフもいて、その言葉には感謝しつつも、私の考えは一貫していました。


「それなら止める!」という信念

「メルローズで見たあの店たちよりカッコいい店を作るんや!」
「京都や大阪の先駆者の真似をするくらいなら止める!真似するならロサンゼルスや!」

これが私の信念でした。月に100万円以上の赤字が出ていた頃、気持ちがぐらつくこともありましたが、そんな時はカラオケスナックに行って永ちゃん(矢沢永吉)を歌っていました(笑)。飲食で儲けたお金が、たった1軒の洋服屋で消える。それでも少年堂は楽しくて仕方ありませんでした。

その頃の私のキーフレーズはただ一つ。
「日本の流行は俺が作る!」

この言葉が、いつしかお金以上の価値を持つようになったのです。
人生って、上手く言えないけれど、そんなものなんだと思います。



強烈な思いが作る未来

あれから30年。振り返ってみると、あの頃の少年堂の「日本の流行を作る!」という強烈な思いは、いまだに色褪せることなく私の中に残っています。この30年間でたくさんの店を作りましたが、強烈なキーワードが出てこなかった店やビジネスは、正直どれもパッとしませんでした。

恋愛、結婚、そして店。どれも似たようなものだと思うんです。心が震えるほどの思いがなければ、長くは続かない。少年堂にはその思いがありました。

最近ではSNSやYouTubeを始めたものの、慣れない中で埋もれてしまう確率も高い(笑)。それでも動画制作は面白くて、朝から晩までイメージしている自分がいます。登録者はまだ59人。各動画の再生数は200程度。それでも、30年前の少年堂オープン当時の感覚と似ているんです(笑)。

「私のYouTube番組『少年堂』はこちらです!ぜひご覧ください。
https://www.youtube.com/@ShonenDo_Channel


ワクワクを選び続ける理由

「自分の得意なことをやりなさい」
そう十代の頃から先輩たちに言われてきました。でも、私はいつも得意なことより、ワクワクすることを選んでしまう(笑)。
YouTube登録者が59人から1000人になったら、洋服の創作を始めるつもりです。全く根拠はないけれど、何度回想してもそう思うんです。

1000という数字にワクワクするだけなんですけど (笑)

ワクワクする方へ進む。それが私の原動力です。そして、それが少年堂の物語を今も紡いでいるのだと思います。

曲はレゲエ、ヒップホップ、80Sdisco、チルアウトなどが好きでやってます。
こちらから視聴できます:
https://www.youtube.com/watch?v=ed4pdP7W3CM


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