夏の移籍と転校の記憶
日本は本当に縦に長い。
物心ついてきた頃からそれを実感してきたのは、育った家が繰り返し転校せざるをえない環境だったというのも大きいだろう。
引っ越し回数は2ケタ。
入園や入学した場所と、卒園や卒業した場所が違うのは当たり前で、両親には転校経験がなかったからか、「Nikoは元気で明るいし、前向きだからどこの地域でもやっていけるでしょ!」という、どの地域に行っても自分の子は新しい環境に慣れて当たり前という、どこから来るのか分からない確信みたいなものがあるようだった。
私がこれまで住んできた県にあったJクラブは約10チーム。もちろん、その県に住めばそのチームのサポーターの子は多かったし、そのチームの話をする機会も多かったのを、今でも懐かしく思い出すこともある。
それでも!
私はまだ住んだことがない湘南地域が第二のふるさと。そしてベルマーレが大好き。これは絶対にブレない。
自己紹介で先に自分の個性はある程度開示しておいたほうが過ごしやすい(特に女子の場合は仲良しグループとか複雑な問題もあるので、学校やクラスの雰囲気やその子の性格にもよると思います)、そう考えてた私は早々に「はじめまして、Nikoです!〇〇県出身で、サッカーが大好きでベルマーレサポーターです。神奈川県の湘南地域は私のもうひとつのふるさとです。よろしくお願いします!」と自己紹介して転校生という生活の荒波(笑)を乗り越えてきた。
もともと神奈川出身の聞き間違えなんじゃないかとか、親の片方は神奈川人だとか、おじいちゃんおばあちゃんが神奈川人なんだろうと、仲がいい子にまで思われてたけど、嬉しいので特に訂正もしなかった(笑)
具体的な都道府県名は伏せることにして、だけど本当に北から南まで住んできた。
方言や習慣など、同じ日本でも本当にここまで違うのかと思うくらいに違う。日本は狭くてつまらないと考えてる子もいるかもしれないけど、実は思ってる以上に日本じゅうにはいろんな文化があるよ、と伝えたくなる。
親の会社の転勤時期は、春に限らなかった。クラスとしてもうまとまってる中に突然、転校生として入るのは、社交的とか明るいとか前向きとかに関係なく、緊張するし勇気もいった。
思いっきり北や南のまちに行った経験が、これまでの人生に2回ある。それはどっちも夏だった。夏が来ると、なんとなく今でも、その思いっきり北と思いっきり南のまちを思い出す。
サッカーにあんまり興味がない人からよく「サッカーって夏の移籍もあるんだね」と言われる。
夏の移籍について、前に他チームサポーターさんがしみじみ語ってたこともあった。「ごく普通にスタジアムに応援に行って、確かにそんなに試合には出てなかったんだけど、グッズ買って次の試合もその次の試合もその選手を応援に行くつもりでいて、そしたら次の日に『〇〇に移籍』ってリリースが出て凍りついたんだよね…」なんて。
特に応援してる選手が夏に移籍した場合でも、そしてその移籍先が遠い場合でも、本当に心底応援してて個人的にでも応援を続けるなら、その遠いまちの新たなチームに想いを馳せて応援するしかないんだけど、シーズンオフの移籍同様、夏の移籍もなかなか落ち着かない、心の強さが試される時期。
応援する側もそうやって落ち着かない毎日を過ごすんだけど、なんと言っても激動の日々を過ごすのは移籍する本人だよなあと思う。
夏の移籍をした選手が、「今回オファーをいただいて、行くと決断して、新しいチームのホームタウンに移動して、毎日が目まぐるしくあっという間に過ぎていった。この県に住むのは初めてで全然慣れてないけど頑張ります」というようなコメントをしてるのを見かけた。
移籍はオファーをもらって、自分で行く行かないを決断して、行く場合も自分の意志で行く。転校生のように、親の上司(人事課)の決定で自分の意志とは別に住む場所を次々決められる状況とは違うし、大人と子どもという立場の違いもあるから、大人のほうが大変なこともあれば、子どもだからこそ複雑でややこしい問題もあると思う。
ただ、この目まぐるしさに関してすごく分かる!!とこの選手と握手でもして語りたい気持ちになってしまった。
人は無意識のうちに、いつもの日常になじんで過ごしてる。よく飲み物を買う自販機とか、ランニングに使ってた坂道とか、あそこにはいつも猫がいて人懐っこいとか、あの場所からの夕焼けがすごくきれいだとか、チームメイトの誰それはまたふざけたこと言ってるなーとか。
数日の間にそういう環境が全て過去のことになって、日常という全てが新しい“慣れない何か”に塗り替えられてしまう。
私は何回転校しても、それを感じる時の心のざわざわが苦手だった。先生にも親にも友達にも誰にも言えずに、いつも元気で明るくてベルマーレ大好きなNikoでいたけど、正直前のまちに帰りたくて人知れず家のトイレで泣いたこともあったし、学校帰りの空をみて前のまちに何とかして帰れないかと勝手に想いを巡らせたこともあった。
移籍は夏だけじゃない。寒い中の引っ越しもこれまたきつい。手がどんなにあかぎれになっても、床から伝わる冷たさに足元が冷えても、引っ越し準備を淡々としなければいけない。
そうなんだけど、夏に思いっきり違う地域に行った経験が、夏の移籍で遠いまちのチームに在籍することになった選手の心に勝手に寄り添ってしまう。
私は、湘南に生まれて湘南に育って、ずっと湘南で暮らす人たちに小さい時から憧れを持ってきた。今でも湘南で「いやー、私は湘南から出たことないからさー」と言われると、いいなぁ、うらやましいなぁという気持ちがとてもある。
でも、転校を繰り返した子ども時代を今更変えることはできない。
それなら、その経験を活かしたい。私にできることって何だろう?とたびたび考える。
ベルマーレにも、夏の移籍で他チームに旅立って行く選手がいる。逆に、他チームからベルマーレに来てくれる選手もいる。
他のまちに行く選手には、(たとえ直接声を届けることはできなくても)「新しいまちでも体に気をつけて元気でいてね」と心から願うし、ベルマーレに来てくれた選手には、もしいつかチームを離れる時が来たとしても、湘南を「ふるさとのように帰ってこれる場所」だと思ってもらえたら嬉しいと願う。
帰れる場所があるというのは、人にとって本当に大きな支えになることで、それが必ずしも実際に生まれたまちではなくても、そういう存在にはなりうるというのを身を持って実感してるから。
転校で多くのことを学んだ。
感じ良くフレンドリーに近づいて来る人が善人とは限らず、いざとなった時に助けてくれたり力になってくれるのは、目立たずにそっと見守ってくれてる人だったり、新しい場所に行けば必ず何らかの新しい学びがあった。
「自分で転勤などの異動がある仕事を選んだ人は、それも人生の中で想定して生きてるだろうけど、転勤族に生まれた子は好き好んで移動ばっかりしてるわけじゃない」と思ったこともあった。
だけど、サッカー選手も含め、自分が選んだ仕事だからこそ、弱音を吐けなかったり、移籍先でもし困ったことがあってもそれを言葉にできなかったり、葛藤や苦しみもあるのかもしれないと、大人になるにつれ考えるようになった。
出場機会を求めて、自分のレベルアップを求めて、違うチームに身を置いたのが自分の意志だったとしても、「ここに関しては前のチームのほうが良かったなあ」とか「まちに関しては前のほうが生活しやすかったなあ」とか、いろいろあると思う。
むしろあっていいというか、人間だからそう思って自然だと思う。100%今のほうが良かった、なんていう異動はなかなか存在しない。これは親を見てきて思ったことでもある。
夏の移籍で忙しい毎日を過ごしてる選手の誰かが、まさかこんなイチ遠方サポのnoteを読むことなんてないだろう。
忙しいのにわざわざこれを読んでくれる人がいたとすれば、その選手は隠れベルサポに違いない(笑)
それでも、伝えたいなあと私は思う。
前のチームのホームタウンからどんなに離れた場所に移籍したとしても、前と変わらず応援してる人は必ずいるし、いくら近くに他の選手たちがたくさんいたとしても、その選手に強い思い入れを持ってサッカーを見てる人たちもたくさんいることを。
目に見えることじゃなくても、目で見て分かる何かがなくても、心の中でそっと遠いまちからその選手の無事や健康を願いながら、毎日のエネルギーにしてるサポーターがいることを。
スタジアムにいつも足を運んだりはなかなかできなくても、想いは届くと信じていつも応援してる人たちもいることを。
知ってもらえたら本当に嬉しい。