ワンデイプロジェクト@三重 Vison(ビソン)と伊勢角屋麦酒 その2
「本業で社会課題を解決する」をテーマに高い志を持った経営者が集まる経営実践研究会の活動でワンデープロジェクトなるイベントに参加して来ました。今回の開催地は三重。少し前に数多くのメディアで取り上げられ大きな話題になった、コロナ下で果敢にオープンした地域創生の大規模複合施設Visonとcraftビールの有名ブランド伊勢角屋麦酒の本社工場を訪問、多気町で地元商工会や観光組合のトップを務められ、地域創生を牽引されている万協製薬の松浦社長と、天正から続いている老舗餅屋の21代目当主であり、国内外のクラフトビールコンテストで金賞を総なめにしている伊勢角屋麦酒の鈴木社長との超有名経営者のお二人にどん底から這い上がって卓越した業績を残されるまでのリアルで赤裸々なお話しを聴かせて頂き、非常に充実した素晴らしい機会に恵まれたことに喜びました。大量のインプットをしたので数回に分けて備忘録がてら気付きをまとめています。今日はその二回目、世界最高のビール作りに取り組まれている伊勢角屋麦酒の鈴木社長から頂いた話を中心に進めます。
一回目の記事、万協製薬の松浦社長の講演とVison視察の模様はこちら、
琥珀の夢
伊勢角屋麦酒の本社工場に到着して、まずはご用意頂いた会議室で鈴木社長からまず、事業内容の紹介を頂きました。冒頭のスライドに映し出されたのは日本初の国産本格ウイスキーを世に出して「やってみなはれ」の言葉で有名なサントリーの創業者信治郎氏を題材にした本のタイトル「琥珀の夢」と同氏の名言でした。
「ええもんこしらえることが肝心や、ええもんこしらえるためには人の何十倍も気張らなんとあかんのや。そうやってできた品物には底力があるんや」
この件は丁稚時代の松下幸吉(幸之助)に鳥井氏が言った言葉として小説の中で引用されており、鈴木社長はその一節に大いに感銘を受けて、自分たちが目指してきたモノづくりはこの言葉に集約されるのではないか、と感じたとのことでした。
織田信長が天下布武を掲げて日本を切り取っていった戦国時代、その天正時代からお伊勢さんの前の餅屋として現在まで脈々と事業を続けてこられた老舗、伊勢名物二軒茶屋餅屋の21代目として事業を継承された鈴木社長が第二創業というにはあまりにも劇的で、一見、それまでの家業と全く関係がなさそうなcraftビール新規事業の立ち上げと、世界に通用する品質を追求して国内外のコンテストで次々に金賞を受賞され、認められるようになったその背景にはご先祖様から代々受け継がれてきた真面目で真摯なモノづくり企業の精神、世界に誇る日本の商売観があったのだと感じました。
発酵野郎もリアリスト
今では日本のクラフトビール業界で5本の指に入るという伊勢角屋麦酒のブランドを築き上げた鈴木社長のゼロからの取り組みは同氏の著書「発酵野郎」に詳しいですが、誤解を恐れずに乱暴に要約すると、やはり「ええもん」を作ることへの執念だと思います。細川のお殿様の首相時代に改定された酒類製造の規制緩和の波に乗って全くの異業種から新規参入、その当時、雨後の筍のように日本各地で次々に地ビールが作られる第一次クラフトビールブームで、その中から抜きん出た業績を上げられたのは、やっぱり、美味しいビールを作ってこられたからだと思いますし、実際、私も伊勢角屋麦酒のIPAやペールエールは美味いと感じてよく飲んできました。
昨日の記事に万協製薬の松浦社長がリアリストだと書きましたが、鈴木社長がうまいものを作って高い評価を受けるために、自分自身がまずクラフトビールの国際審査員なり、世界最高峰の品質を知り尽くした上で自社製品の開発に取り組んだとの話を聞いて、卓越した結果を残される経営者は皆さん、シビアにファクトチェックを行う誠実さを持っているリアリストなのだと感じた次第です。以下に鈴木社長の著書と新潮社のサイトに掲載されている書評を(拝借して)転載させてもらいます。
書評
鈴木社長の“発酵人生”は挫折と再生の物語
野田幾子
400年以上の歴史を持つ伊勢の餅屋の21代目社長、鈴木成宗さん。大学卒業後、餅屋の跡取りとしての責務を全うしながらも、1997年に新しい事業を立ち上げた。クラフトビール(地ビール)の醸造・販売を行う「伊勢角屋麦酒」だ。「伊勢から世界へ」を合言葉にクオリティを高めてきた伊勢角屋麦酒のビールは、その言葉通り国際的なビアコンペティションで数々の賞を受賞するようになる。特に「ビール界のオスカー」を自認する英国のビアコンペティション「インターナショナル・ブルーイング・アワーズ(IBA)」では、フラッグシップの「伊勢角屋麦酒ペールエール」が、2017年、2019年と2大会連続の金賞を受賞するに至った。
そんな鈴木社長の初の著書タイトルが『発酵野郎!―世界一のビールを野生酵母でつくる―』に決まったと耳にし、思わず吹き出してしまった。「物心ついたときからの酵母好き」を公言してはばからない鈴木社長にとって、この上なく名誉な(?)称号と思えたからだ。そんな微笑ましい気持ちで手にとった本書を、私は幾度も涙したり心躍らせたり、クラフトビールの魅力を伝える立場として背筋が伸びる思いをしつつ、夢中になって読み進めていった。
鈴木社長は「酵母は生きもの、だからビールも生きもの」だと語る。酵母は麦汁に入れることで、麦芽糖やブドウ糖を取り込みアルコールと炭酸に分解する。実はこの分解時、酵母にとっては苦しくて仕方がないらしい。「酵母が呼吸することで酸素がなくなると、どうにかして生きていこうとして始めるのが発酵」なのだ。私たちは、酵母が必死に生き延びようとする副産物の恩恵にあずかっていたのか……。「ビールは酵母が環境に応じて淡々と生き方を変えた最終形態だと、私には映る」と鈴木社長は述べているが、私にはその酵母の姿と、鈴木社長が歯を食いしばりながら、不眠に悩まされながら、血尿を出しながらも、ほかの酵母(スタッフ)とともに伊勢角屋麦酒をもり立ててきた姿とが重なった。
本書は、今年52歳になる鈴木社長の“発酵人生”をたどると同時に、ビールの醸造法、クオリティの高いビール造りの工夫、設備投資、人材育成、経営といった多角的観点から伊勢角屋麦酒の歩みが丁寧に説明されている。「ミスター自信家」を自認する鈴木社長だが、学生時代の空手で培った気合と根性だけで軌道に乗るほど、ビール事業は甘くなかった。数々の挫折や恩人からの叱責、改善を重ねるうちに「クラフトビール造りの醍醐味は何度でも失敗できること」に気がつく。大切なのは、多種多様なクラフトビールの自由さ、ビールが出来上がるまで最短でおよそ1ヶ月というスピード感に合わせた「P(計画)D(実行)C(評価)A(改善)」をいかに高速で回転させ経験値を重ねるか。特に国内においてのクラフトビールは、造り手の愛情や芸術的観点が注目されがちだが、鈴木社長は「ビールは科学的視点を持って再現性を高めることで、ある程度のレベルのものを造れるようになる」と繰り返し説く。
同時に、米国やヨーロッパにおけるクラフトビールの歴史、情勢、トレンドのほか、国内クラフトビール業界の問題点や現状から、IT技術やAIの進化に伴い予測されるクラフトビールの未来といった内容も。クラフトビールのことを知りたい入門者が歴史や現状を知る資料としても大いに参考になるだろう。
さて本書のタイトルにも登場する「野生酵母」とは、自然界で採取した酵母のこと。伊勢角屋麦酒の場合は、鈴木社長自らが伊勢市内の神社「倭姫宮」にある椎の木から採取した「KADOYA1」だ。甘いエステル香とスパイス香を持つこの酵母を使い、伊勢角屋麦酒は小麦を使った白ビール「ヒメホワイト」を生み出した。
このように「国内で採取した酵母が『ジャパニーズスタイルビール』を生み出す大きな原動力になりうる」と私は考える。ホップでは、柑橘を思わせる華やかな香りのアメリカンホップが「アメリカンスタイル」を確立した。国内でも「日本らしさ」を醸すホップ開発が盛んだが、酵母からのアプローチは極めて少ない。世界でこぞって使われるような「ジャパニーズビール酵母」の誕生に、私は大きな期待を寄せている。本書でも、鈴木社長は蔵付き酵母を使った「ジャパニーズ・ランビック」や、酵母が醸す黒糖香を活かした「黒糖ビール」造りに意欲的だ。伊勢角屋麦酒が「伊勢から世界へ」ジャパニーズスタイルビールを発信するのも、そう遠い未来ではないだろう。
(のだ・いくこ 日本ビアジャーナリスト協会副代表)
波 2019年8月号より
単行本刊行時掲載
決意と情熱
自ら国際審査員の資格を取得して海外を含めてトップブランドの味を知り、その製法や原料を研究するだけではなく、独自の特徴を持つために、大学の時に勉強されていた細菌の研究を再開し、博士号を取られた上で、自分自身で地元の杜に分け入って酵母を採取、自社オリジナルの酵母菌を使ってビールの開発を行われているというのは衝撃的でした。その理由は、類まれなセルフイメージの高さ(ご自身でも自信家だと書かれています)と圧倒的な実践の力です。業種業態に関わらず新しい事業を立ち上げる際に誰もがまず考えるのはその商品やサービスの認知をどう広げるかですが、世界最高峰のコンテストで受賞すれば一気に進みます。理屈は簡単ですが、そんなことを考える人は多くないし、考えたとしても理論通りに実践して、求める成果を手にする人など皆無です。鈴木社長が生半可な決意で行われた訳ではないのはお話を伺わなくとも想像がつきますし、冒頭に引用した鳥井信治郎氏の想いとウイスキー作りへの情熱に近いものを持って事業に取り組まれてきたことが容易に想像がつきました。
夢なき者に成功なし
世界のビールの頂点に立つ。そんな高い志を掲げて事業に取り組まれておられる鈴木社長の想いに感化され、一緒に働きたいと門を叩く優秀な若者が現在大勢集まっており(新卒生の求人倍率40倍!)毎年続々と新卒生が入社されているようです。「漸く会社組織の体を成し始めたくらいです。」と鈴木社長は謙遜気味に話されていましたが、モノづくり企業らしく工場では5Sの徹底がされており、世界一のクラフトビールを作るのだという気概が現場に落とし込まれているのを感じました。スライドで創業からの出荷量と売り上げの推移を示されながら、商品開発を熱心に行い、いい品質の商品を作れるようになったにも関わらず、売り上げは一向に伸びなかった。これではダメだと経営の勉強をするようになってから業績が伸び始めたと言われておりましたが、現場の環境整備然り、クラウドを活用しての受注管理、現場との情報共有のペーパーレス化、他者とのコラボでの飲食店の展開然り、随分と本学と末学の両方を熱心に勉強をされてきたのだと感じました。やはり、経営は学びと実践のセットであり、それを支える志と情熱が成功の鍵を握っているのだと改めて見せつけられたように感じました。そして、理想を掲げ、夢を追う経営者こそが実践者となり、志を叶えることができるのだととも。吉田松陰先生の言葉を思い出しながら、伊勢角屋麦酒の本社向上を後にしました。その3につづく。
「夢なき者に理想なし、理想なき者に計画なし、計画なき者に実行なし、実行なき者に成功なし。故に、夢なき者に成功なし。」
by吉田松陰
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理想を掲げ、実践する人材育成をしています。
四方良しの世界を実現する理想を掲げています