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大工育成が自然にできるストーリーテリングの力
文字が発明される以前、人類は口伝えで大切なことを次の世代へと引き継いできました。その一部が神話となって現代にも残されています。
悠久の時を経て口伝されてきたのは、単語やコンセプトだけではなく、物語として形成され、人の感情の奥底に染み込むかのように心を震わせ記憶に刻まれてきました。
近年、ビジネスの世界でもストーリーテリングの重要性が取り沙汰されるようになりましたが、その本質は心を揺さぶり、口伝えしたくなる、しなければならないと思われる物語でなければならない。そしてそれは作為的に創作する作り話ではなく、実際に怒った奇跡であるべきです。
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大工のストーリーテリング
1.事業転換した理由
大工だった私は、ハウスメーカーの注文建築だと言って契約しておきながら、実際は型にハマったパターンの組み合わせのちょっとした詐欺の家づくりに嫌気が差して、自分で直接、お施主さんの要望に耳を傾けて夢を実現する家づくりを行いたいと思い住宅会社を立ち上げました。
家をお引き渡ししてからが本当のお付き合い。をスローガンに掲げ、受注することではなく、お施主さんの理想の暮らしを実現すること、幸せに暮らす家族を地域に多く生み出すこそを私達の事業の目的を掲げ、新築事業をスタートしました。
私たちが注力したのは建築デザインや省エネ性能、構造強度等のモノづくりの分野だけではなく、月々の支払いのキャッシュフローやライフイベントを組み込んだライフプラン策定のサポートなど、お施主さんの人生に踏み込んで綿密な資金計画のお手伝いから毎年のアフターフォローまでワンストップで行うようになりました。
その結果、殆どのお客様と工事を終えた後も、長いお付き合いをさせて頂いています。
2.お客様からの15年後の依頼
先日、そんな事業転換を果たした当時に新築を建てさせて頂いたお客様から連絡が入りました。
15年前、家を建てたのと同じタイミングで生まれた子供が高校受験の歳になったとのことで、私が2年前に開校した大工になるための高校、マイスター高等学院を進路の選択肢に入れているので、詳しい話を聞かせてください。とのことでした。
もちろん大歓迎だとお答えして、本来は来校(来社)頂いて、個別学校説明会として対応するのですが、タイミング悪く、校長である私の体調がすぐれなかったため、日中に会社見学。夕方から親御さんと息子さんの3人とのオンライン面談を行いました。
入学希望の中学生に中学生に私はいつも同じ質問をします。
「建築の仕事に興味があるの?それはなぜ?」です。
今回、オンラインの画面越しの中学生は少し気恥ずかしそうに、小さな時から物を作ったり、部屋の模様替えをしたりするのが好きだったから、小さななるのを時から建築に仕事に就きたいと思っていました。と答えてくれました。
私が大きな衝撃を受けたのが、その原点が、両親が思い描いた素敵な家を建てて、お気に入りの場所で暮らすことで快適に気持ちよく、そして仲良く暮らしてきたのを感じて、建築の持つ力を感じた。との言葉でした。
それは、これ以上無い私達の仕事への賛辞だったのです。
3.フラッシュバック
その彼の言葉を聞いて、フラッシュが頭の中で焚かれたかのように閃光が走り、そのお宅の完成した際のことが鮮明に思い出されました。お客様と一緒に珪藻土の仕上げを行って、明るい日差しの下、思い思いの道具を持って写真を撮ったこと、お引き渡しの時に指を握ってもらい赤ちゃんの手が小さいとはしゃいだこと。新しくこの世に生を受けたこの子と共に、健やかに過ごしてもらいたい。と祈っていたこと。
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単なるハコとしての住宅ではなく、人の最も身近な環境である家が、お気に入りの場所であり、健康を育み、家族が仲良くなるコミュニケーションが形成される場になってもらいたい。素晴らしい人生のベースとなる礎を生み出したいとの想いで、精魂込めた家づくりをしようとお心掛けてきた仕事の結果を期せずして唐突に目の前に広げられました。
思わず目頭が熱くなりました。
私達がつくった家が幸せな家族を育み、そこで育った子供が建築の素晴らしさに感化されてその道に進もうと決める。
そして、就職先として私達を選択肢として検討してくれる。
こんな、建築会社冥利、大工冥利があるでしょうか。
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何をやってきたか
『最も多くの人を幸せにした人が、最も幸せになる。』
オムロンの創業者立石一真氏の言葉ですが、この度の面談では最高に幸せな時間を過ごさせてもらいました。久しぶりに、この仕事、サイコーやな!と痺れました。
迫力のあるストーリーテリングは想像して作る物語を時間をかけてなぞり、実際のリアルな体験に昇華させてこそ本物になり、人の心を動かす。
時間をかけて、歴史を紡いで本質的な価値を生み出すものだと改めて感じました。
何を言っているか?ではなく、何をやってきたか。そこにしか真実はないのです。
昨今、競争戦略の文脈でストーリーテリングの重要性を語られることがあります。想いを言語化し、伝わりやすくするするために、と受け取られることが多いように感じますが、今はすでに『本物の時代』に突入しています。
薄っぺらいストーリーテリングは却って人の心を白けさせます。
想像する、描く、決める、行うはワンセットだと改めて。
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ストーリーを紡ぐ仕事しています。