エスノグラフィーin Pandanon 〜人の幸せと快適さの関係性〜
私は7年ほど前から50歳の手習いでUXデザインを学ぶスクールに3年間ほど通わせていただきました。それまで長年、マーケティングを学び、実践する中で、大きな時代の変化に対応しきれなくなる事を感じ取って、マーケティングの次のレイヤーを探した結果、ユーザのまだ見ぬ体験をデザインするUXデザインの思想に出会いました。そこでは表面的なニーズではなく、潜在的な願望や欲求を探求して、インサイトを抽出する手法とともに、人の幸せをデザインする本質的な思想と哲学を学ばせてもらいました。
その数年間の学びのアウトプットが、それまで建築会社として事業を営んできたのを、地域の課題解決の事業所にドメインを変更し、20年間使ってきた社名を株式会社四方継と何屋かわからない名称に刷新したリブランディングの取り組みです。
現在では、BBQサイトやサウナ、キャリア教育の高校や無料学習塾まで運営する、完全に何の会社かわからないほどの変容を遂げました。私の人生にとって、大きな転機を迎えるきっかけをいただけたと言っても過言ではないと思っています。本当にご縁に心から感謝しています。
観察調査の重要性
そんなUXデザインの肝は、なんといっても観察調査から本質を抽出する抽象化と具体化の往復であり、その精度を確認、及び高めるプロトタイプを素早く構成させて高速で修正、適応を繰り返すブラッシュアップだと思っています。特に観察調査の重要性には随分と深く気付かされ、建築の事業ではそれまで顧客からのヒアリングに重点を置いておりましたが、インタビューでは真実を炙り出せないことに気が付かされました。現在はユーザーと一緒に行うワークショップで課題の本質を炙り出すプロセスに時間と力点を置くようになりました。まだまだブラッシュアップの余地は数多くありますが、建築設計のプロセスと思想を根本的に変える取り組みになりつつあると感じています。
エスノグラフィーへの憧れ
非常に重要な観察調査の手法は様々ですが、最強だと思うのはなんといってもエスノグラフィーと言われる、対象となる人の生活に入り込んで一緒に暮らしてみる調査方法です。日本の幕末から明治維新の激動の期間に江戸から東北まで旅をして著書に著したイギリスの女性探検家、イザベル・バードが有名ですが、人と触れ合いながら自分の目で真実を見て身体で感じて紡ぎ出すインサイトは最強としか言いようがありません。大好きな高橋克彦氏の小説の題材にもなっており、UXデザインを学ぶ中で一度は本格的なエスノグラフィーを行ってみたいと思っていました。
以前の質的調査の記事はこちら、懐かしい。
行くだけで世界が良くなる旅
そして、そのチャンスは突然やってきました。昨年に引き続き、フィリピンの離島スラム、パンダノン島に本格的に井戸を設置するプロジェクトに参加することになり、水道も電気もガスも警察も病院も無い島に2泊して島の人達と共に井戸を掘る作業を行い、一緒に食事を摂り、寝泊まりすることになったのです。
この井戸掘りツアーは「行くだけで世界が良くなる旅」をプロデュースするNPO法人タビスキのプロジェクトで、政府に見放されている貧困の離島の課題解決を目的しています。奥田さんと現地で離島スラムの支援を行なっているNGOゴーシェアのジェフとSeikoさんで「日本から足を運ぶことで何か支援出来ないか?」と協議した結果、まずは水が一番の問題だとの結論になったとのことで、そこからプロジェクトはスタートしました。
そして、今回、実際に2泊3日で島に滞在してみて私が感じたことは、本当に必要なものは真水なのか?との問いでした。井戸掘りの顛末はこちら。
古来から真水がない暮らし
今回の井戸掘りツアーのプロジェクトは結果的に2基の海水のポンプを設置することが出来ました。残念ながら真水は出ませんでしたが、それでも掃除、洗濯、食器洗い、トイレの排水は海水を汲み上げている島民にとってはとても便利になったと喜ばれました。確かに少し快適な暮らしに近づいたと思いますが、それは島の人々の幸せとは少し方向が違う気も同時に感じました。
ただ、悠久の時を経てこの地に暮らしている人たちは海水を暮らしに使うのに非常に慣れ親しんでおり、島外から運ばれてくる少量の水をとても上手に効率よく有効利用されています。島のあちこちにビニール袋のゴミが多く落ちているのを不思議に思っておりましたが、それは島の雑貨店で袋入りの水を買って子供から大人まで飲んでいるからでした。
真水の他にも主食の米や野菜、火を熾す薪、衣類や生活雑貨など、島内で賄うことができず、船で持ち込まなければならない物はたくさんあります。逆に、魚や鶏、豚など島内で得られる物は限られており、3日間滞在する中でこのアンバランスが貧困の根源なのだと肌で感じさせられました。
西欧文化の支配
パンダノンで私が一番、驚いたのは子供から年配の人まで結構な数の人がスマートフォンを持っている事と、多くの若者が日中から熱心にスマフォゲームに興じている姿です。小さな子供も少なからずスマフォにのめり込んでいました。そして、電波が届かない離島でインターネットに繋げるには雑貨店にあるWi-Fiスタンドにコインを投入して時間単位でアクセスを購入しなければなりませんし、アプリへの課金もあるかもしれません。また、意外と若者たちはオシャレで、ピアスやネックレスなどの装飾品も身につけているし、Tシャツ姿が多いですが、こざっぱりした身なりをしていました。西欧文化にどっぷりと染まった姿とそれらの費用を大人たちが漁に出て働くことで賄っているのだと考えてゾッとしました。
島内で生み出されるもの(価値)と島外から持ち込まなければならないもの(価値)のアンバランスが大きいが故に厳しい貧困が発生しているという当たり前すぎる事実を目の当たりにして、この島に本当に必要なのは水なのか?との問いを深めたのです。
社会課題の根本解決は教育
小さな島が故に経済の循環が非常に分かりやすく、漁業のみの島の産業で西欧型の暮らしが賄えるはずがありません。今の生活の延長線上で考えるならば、この島に本当に必要なのは、外貨を稼ぎ、内需とバランスさせる産業であるのは間違いないのですが、美しい海と砂浜の唯一の観光資源になるエリアは島外から管理されて島民は立ち入ることさえ出来ません。
私達が支援すべきは魚ではなく魚を継続的に得られる魚の釣り方だとすれば、一体なのを提供すべきなのかと考えさせられました。ただ、海以外何もない離島ですが、圧倒的に多くの子供や若者がそこに暮らしているのは大きなリソースであり希望です。それを最大限に活かせるには教育しか無いのかと改めて感じました。
ソーシャルアクションの価値創造は考え続けこと
しかし、教育を受けた若者が島外に就職して島に送金するでは出稼ぎと同じ。島の課題が解決される訳ではありません。島内で自律循環する仕組みが必要であり、それをこれまで誰も見出せなかったからこそ、現在の貧困が横たわっています。無論、私たちも具体的なプランを立てた訳ではありませんが、課題を共有したメンバー達と継続的にディスカッションやワークショップを繰り返して次の一手を考えたいと思います。それが一歩進められてこそ、今回のツアーの価値が本物になるのだと思うのです。情けは人の為ならず、何とか知恵を絞って社会課題解決のスキームを考案したいと思います。
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