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吉田松陰と塾生 〜涵育薫陶の教育論に触れる書〜

過日、経営実践研究会の視察実践研修で萩の松陰神社と吉田松陰先生生誕の地への参拝に赴いた際、上田俊成名誉宮司から特別に境内に再現された松下村塾の畳に上げて頂き「吉田松陰の人材育成に学ぶ」と題して講話を賜りました。
志を立てることの重要性、そして現代でタレンティズムと言われる「性善説」と誰しもが持つ「才能」を信じ、それぞれの個性に合わせて身分や出自、年齢等に囚われず、広く若者を養い育む姿勢等々、現代の私たちが現在取り組んでいる教育改革の方向性と数多くの符牒が合っていることに勇気を頂くと共に、それらは全て実践に落とし込むべきものであるとの哲学を突きつけられて、この国の未来を明るいものにするべく歩みを進めることを誓ってきました。

吉田松陰と塾生

上田名誉宮司が講話の中で、松陰神社でしか買えない研究書のご紹介を下さいました。当然の流れで私を含めたそこにいた参加者ほぼ全員が即購入、帰神してから吉田松陰先生が松下村塾で行われた教育の本質に触れるべくこつこつと読み進めています。
「吉田松陰と塾生」と題されたその書籍は松陰神社の学芸顧問、松田輝夫先生が編された、松蔭先生と塾生のやりとりを塾生ごとにまとめられたもので、ただ単に松蔭先生による語義の解釈や事実の追求に留まらず、松蔭先生が塾生に対してどのように接していたか、松蔭先生からの直接指導は実質1年ほどの短期間であり、都から遠く離れた萩の片田舎の粗末な小屋で行われたにもかかわらず、明治維新の原動力となり、明治政府の中心人物を数多く輩出した奇跡の塾の当時の空気感に触れることが出来る内容になっています。サブタイトルに〜松蔭の塾生についての記録集〜と書かれている通り、約90名いたとされる塾生の中から80名弱の塾生に対する松蔭先生からの人物評や実際のやりとり、逆に塾生が松蔭先生に教わった内容を書き留めた内容が盛り込まれていました。

実践を促す個性教育

「学問はすべからず己が真骨頂を求得し、然るのち工夫をつくすべし。」と塾生が自分を確立するための「志の教育」を根本におき、若者たちがそれぞれ自分の理想とする生き方を追求し、人間としての真価を求める生き方を実践するようにと導かれた松蔭先生の教育理論が、塾生とのやりとりや、人物に対する言葉をこの書籍の文面で読んでみると目の前にありありと見えるようにさえ感じられました。厳しくも優しい目で包み込み、決して頭ごなしに否定することはないながらも、塾生の意見に対してそれは空論である。とキッパリと断ち切ることもある。それらの全てに底通しているのは全てに於いて誠実に積む向き合う至誠の姿勢ではなかったか、と教育者たる者の在り方の根本を示されているように感じました。
塾生それぞれの個性に合わせた教育をしながら、孟子、朱子学、陽明学と儒学の古典を深く紐解き、その中から自身が重要視した部分を抜き出し、要諦をわかりやすく、実践に踏み込みやすいようにまとめて強いインパクトで塾生たちに伝えたのは当時の教育としては非常に斬新で高い効果性があったのだと思います。ただ学ぶだけではなく、行動に移し実践した者が多かったからこそ、大きな事を成す塾生が続出したのは想像に難くありません、

士規七則と三端

学びの全ては実践して意味がある。実践哲学に則って塾生でもあった玉木彦助に獄中から伝えたとされる「士規七則」には松蔭先生の哲学と塾生への眼差しが凝縮されている様に感じました。

一、凡そ生まれて人たらば、宜しく人の禽獣に異なる所以をしるべし。蓋だし人には五倫あり、而して君臣父子を最も大なりと為なす。故に人の人たる所以は忠孝を本と為す。
一、凡そ皇国に生まれては、宜しく吾が宇内に尊き所以を知るべし。蓋し皇朝は万葉一統にして邦国の士夫世々禄位を襲つぐ、人君は民を養い以て祖業を続つぎたまひ、臣民は君に忠にして以て父志を継ぐ。君臣、忠孝一致、唯吾が国のみ然りと為す。
一、士道は義より大なるは莫なし、義は勇に因りて行われ、勇は義に因りて長ず。
一、士行は質実にして欺かざるを以て要となし、巧詐を以て過を文かざるを恥と為す。公明正大、皆これより出いず。
一、人は古今に通ぜず、聖賢を師とせざれば則ち鄙夫なるのみ。書を読み友を尚たっとぶは君子の事なり。
一、徳を成し材を達するに、師恩友益は多きに居おる。故に君子は交游を慎つつしむ。
一、死而後已の四字は、言簡にして義広し。堅忍果決にして確乎として抜くべからざるものは、是を舎きて術なきなり。

士規七則

士規七則の最後に、これを約して端的に3つの行動を促しています。
松蔭先生が残された言葉の中でもつとに有名な「志を立つるは万事の源みなもと為り」→「立志」
広く人に交わりながら志を共にする仲間をつくることで志を具現化する力を身につけるとの「交択びては以て仁義の行を輔く」→「択交」
とにかく、先人の教えに耳を傾け、問いを持つ、問いを学ぶ習慣を持つことの大事さを説いた「書を読み以て聖賢の訓おしえを稽ふと」→「読書」
この三端こそが実践力を身につける基本なのは今なお変わらない、人材育成の真理だと改めて思いました。

教育する人、必読の書

直接の指導は実質一年余りという短期間で、塾生の個性を見出し、学問の目的を問いかけ、志を立てさせる事によって若者たちに大きな力を発揮させた吉田松陰先生の教育は、歴史的に見ても類稀なる大きな効果性を持っていたのは間違いありません。その根本を知るには、松蔭先生が書き残した言葉を紐解くのも必要ですが、塾生との関係性を学必要があるのだとこの書籍を読んで良く分かりました。渡邊嵩蔵の談によると「先生は言語甚だ丁寧にして、村塾に出入りする門人の内、年長たる者に対しては、大抵「あなた」と言われ・・・」とありましたが、人を人としてみる事の重要性を体現されていたのだと思います。今でこそ、成果の質は人間関係の質に由来すると言われますが、150年前の教育者が教えるのではなく、共に学ぶのだとの姿勢を持ち、塾生たちに寄り添っていた姿が垣間見れます。また、「君たち、狂いたまえ!」と檄を飛ばしたと言われ、激しい気性の人物のように見られていますが、「決して激言しないおとなしき人なり」との塾生の松蔭先生を表した言葉も多く見られ、論語、孟子、朱子学、陽明学などの古典に深く学んだ人だけに、君子と言える在り方を体現されていたのだと、人を動かす力の源を垣間見れた気がします。
「吉田松陰と塾生 〜松蔭の塾生についての記録集〜」を経営者、教師、親、先輩等全ての教育に関わる人に読んで頂きたいと思いました、強くオススメします。

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志を立てて以って万事の源とする高校教育と社会人教育の研修授業を行なっています。


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