正義を考えたあの日と、潰れたカプセルホテル。
何の変哲もない日曜日、新宿にて
TOHOシネマズ新宿で『ワンダー 君は太陽』を観て、余韻に浸りながら時計を見る。
ーー2018年7月8日、16時。待ち合わせまではもうしばらく時間があるようだ。
ゴジラをかくまうTOHOシネマズ新宿
「腹が、減った」
最近見た『孤独のグルメ』に影響されきったセリフを吐き、近くで空腹を満たせる場所を記憶の中から探す。そうだ、ラーメン二郎があった。キャラメルポップコーンを食べたばかりだったが、小ラーメンくらいなら問題なく食べれそうな調子だった。早速おぼろげに憶えている道を辿り、店を目指す。
東京に越してきたのは昨年だが、その道を初めて通ったのは2年前のことだ。当時、就職活動のために数日にわたって東京に宿泊をしていた私は、映画館の近くにあるカプセルホテルを拠点として、いくつかの会社の試験を受けていた。
「懐かしい道だな。たしかこの辺りに……」
そう思ったところで、目に映る光景と記憶の違いに気づく。私の憶えている限り、そこに見慣れたカプセルホテルがあるハズだった。しかし、何度探しても見つからない。細かく区切られた道をいくつか通ってみたが、見慣れたホテルの文字が見当たらない。
Google Mapで、在りし日のホテル「グリーンプラザホテル」を見つけた。フィルターをかけてないのに緑がかかっているのは、ホテルの名前にちなんだGoogleの粋な計らい……なわけはない
「住所、調べてみるか」
そう思い、iPhoneで検索をしたところ、ある事実に気づく。そのホテルは2016年12月をもって閉店してしまっていたのだ。ショックを受けながらそのことについて書かれた記事を読んでいると、どうやら私と同じく(もしくはそれ以上に)悲しんでいる人が多い様子だった。
中学2年生のころ、私が6年間通っていた小学校舎が解体された時と似た感情が芽生える。もうあの場所には戻れないのか、と胸のあたりに鈍痛が走る。
下手くそな正義を掲げたあの日
「あんたの正義は一体なんだ?」
浴場のテレビで、セミロングの髪を上下に激しく揺らす男がそう聞いてくる。ドラマ『ゆとりですがなにか』のオープニングシーンだった。
ーー2016年5月14日22時35分。新宿のカプセルホテルでの出来事だ。
ドラマ『ゆとりですがなにか』では、オープニングにアーティストのMVが重なるという珍しい演出がなされていた (C)Youtube JIJI Inc.
「あんたの正義は一体なんだ?」
言葉が全身を襲う。周りには、仕事を終えたのか、明日の仕事に備えているのか、歳の離れた(40~60歳くらいの)おっさんたちが、テレビの先の何かを見ているように、その映像をぼんやりと見つめていた。
「あんたの正義は一体なんだ?」
この空間で、この質問に最も真剣に答えを探しているのは自分であるという自信があった。
22年間住んだ熊本を離れ、就職活動で単身東京へ。なかなか就活が順調に進まないことへの焦燥感と、今後の人生の岐路となる選択の連続の日々への期待感が重なり、混ざり合い、もとの形状をとどめていなかった私の心を、この言葉がさらにかき混ぜた。
「あんたの正義は一体なんだ?」
正義ってなんだ?
自分は今、1人で何をしているのか?
自分が本当にしたいことはなんだ?
私の心をかき混ぜる1つの疑問は、私の心の中の不安とぶつかり、いくつもの新たな疑問を生み出した。さらに男は続ける。
「あんたの正義に覚悟はあるのか?」
少し燃えている月曜日、ベッドの上にて
ーー2018年7月9日午前0時。
気づくと、あれから2年以上の月日が経っている。あれから死ぬほど悩んで、めちゃくちゃ後悔することもあって、でもやりきって、社会人になって1年以上働いた。
それでも、あの疑問への明確な答えは出せない。きっとあの頃の自分よりも、いろいろなことは考えられているように思う。でも、あの時の自分にアドバイスすることはまだできない。きっとこの答えに自信をもって答えられるのは、まだまだ後なのかもしれない。ただ、一言伝えられるのであればこの言葉を。
「正義とかはまだよくわかってないけど、今、なんだかんだ楽しくやってるよ」