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512歳のビッグ・フィッシュ #妄想ショートショート
身の回りの出来事や、ちょっとしたニュースから想像して物語をつくる、妄想ショートショート。今回のテーマは、とあるニュースで見かけた「512年生きたサメ」です。
それではどうぞ。
このnoteはマガジン「妄想ショートショート」に含まれています
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「ワシが若い頃はノォ」
そういって彼が大きな口を開けたら、いつもの大ホラ吹きが始まる。
ずんぐりむっくりな体で、ひときわ鋭い牙を見せて、のんびり笑う彼の周りには、いつも仲間達が集まっていた。
ーーこれはぼくの、ひいじいちゃんの話。
512年生きたサメ
僕の家族は、すごーくノロマだ。
その中でも、ひいじいちゃんの動きは、特に遅い。ときどき、ホントに動いてるの? って思うくらいだ。
ヒトの世界では僕らのことを「オンデンザメ」って呼ぶらしい。
そんなにのんびり屋さんなもんだから、僕らにとっては「食べもの」のはずな魚たちも、ひいじいちゃんに怖がらずに寄ってきてしまうし、ひいじいちゃんはひいじいちゃんで、そのままダラダラと彼らと世間話にいそしんでいる。
もちろん、喋るスピードもゆっくりだ。それに、声は凄く大きい。
「ワシは泳ぐのは遅ェが、食べ物には困らネェ。なんてったって、512年も生きてンだ、食いもんが集まる場所は知ってる。なァに、怖がらなくていい。お前らのことを食いやしねェさ。つい3日前、ニンゲンが捨ててった クジラの死体を 食ったばっかりだからよォ」
512年も生きているだけあって、ひいじいちゃんはかなり物知りだ。この海のことならなんでも知ってる。
例えば、食べ物の見つけ方や、大きなうずしおに飲み込まれたときの脱出方法。それに、20年間喧嘩しているダイオウイカとマッコウクジラの話、歌うのがヘタで仲間とはぐれたクジラの話、ノーチラス号という潜水艦の話、500年前の海と今の海の違い。あと、特に僕が好きなのが、海に潜む幽霊の話、鳥を産むという木の話、島のように大きなクジラの話!
300歳を過ぎた頃から、波の噂で「どうやら長生きのサメがいるぞ」ってことで、ちょっとした人気者になったひいじいちゃん。それ以来、多くの魚たちがひいじいちゃんの元を訪れるようになった……らしい。
ひいじいちゃんの話は、世界中から集まったいろんな魚たちから聞いたものがほとんどなんだそうだ。
でも、父ちゃんも兄ちゃんも、そして周りの魚たちも、みんな口を揃えて僕にこう言う。
「あのサメの話には、“尾ひれ”がついてる」
512歳のビッグ・フィッシュ
そんなひいじいちゃんのことを、周りのみんなは親しみを持って、『ビッグ・フィッシュ (直訳で「大きな魚」、あるいは「大ウソつき」の意味)』と呼んでいた。
「やぁ、『ビッグ・フィッシュ』。今日も、話を聞かせておくれ」
――ある日、いつものようにひいじいちゃんの話を聞きに行くと、そこには、かなり弱ったひいおじいちゃんがいた。
僕らはだいたい、400歳くらいまで生きる。だから、512歳のひいじいちゃんは、かなり長生きな方だった。弱ってしまっても仕方がない。
口は依然として達者なままだが、体はすでに限界を迎えていたようだ。ひいじいちゃんは、自分の命が残りわずかなことを悟っていた。
「最近は消化の調子が悪くてなァ。いよいよ、限界なんだろう。……腐ったホッキョクグマなんて食うんじゃなかった」
僕は、ひいじいちゃんが生きた魚を食べているのを見たことがなかった。「いろんな魚と話しているうちに、情が湧いてしまったのだろう」と、周りの魚たちは言う。
代わりにひいじいちゃんは、ニンゲンが捨てていったクジラの死骸や、天敵に狙われぬように水中で仮眠をとっていたアザラシなんかを食べていた。
「……たった512年。いやァ、『アッ』という間だった」
すっかり弱ってしまったひいじいちゃんが呟く。
怖い見た目とは裏腹に、みんなから好かれる、誇れるひいじいちゃんだった。みんなが知らないことを楽しそうに話していたひいおじいちゃんの周りには、いつもいろんな魚たちが集まっていた。
ひいじいちゃんがいない世界を想像して、僕は寂しくなったと同時に、新たな感情を抱く。
「僕ももっと、ひいじいちゃんみたいに、広い世界を知りたいな。そして、みんなに面白く伝えてあげたい。世界には、こんな場所があるんだ、こんな不思議なことがあるんだ!って」
ひいじいちゃんは、僕の方を向いて、ニッと鋭いキバを見せた。
「おォ、いいじゃねェか。……そうだなァ、世界を旅に出てみたらどォだ。ワシは500年も生きたが、この海のほんの一部しか知ることはできなかった。世界には、まだまだいろォんな、信じられないような出来事が待っている。それを、自分の目で確かめて来るといい。ワシの見えなくなった目の代わりに」
ひいじいちゃんは、そう言って、深い眠りについた。いつものんびりとしか動かないから、普段と変わらないような気もする。
僕はひいじいちゃんの話が大好きだった。いつも話してくれていた内容は、どこまでがウソで、どこまでが本当だったのか、今となっては確かめようがない。
けれども、そんなことはどうでもよかった。不思議と、悲しい気持ちはなかった。それよりも、ひいじいちゃんの「旅に出てみたらどうだ」の言葉への高揚感が勝っていた。
大好きなひいじいちゃんのノンビリとした喋り方を真似して、できるだけ堂々とした声で、つぶやく。
「さァて、これから500年、どうやって生きていくか」
――目標は決めた。500年後、たとえ死ぬとわかっていても、この人生を笑顔で振り返る。僕の大好きなひいじいちゃんのように。ただ、それだけ。
【おしまい】
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神社が好きなので、実際に自分がいった神社の写真を紹介しながら楽しみ方を伝える「神と社記」や……
生活の中で思わず想像してしまった物語「妄想ショートショート」、
仕事で訪れた先での旅行記やコラムを綴った「旅する編集記者」、
恥ずかしげ満載で、オススメ本を語る「ぼくの本棚」など、随時更新中です。
今回の妄想のタネ
今回の妄想のタネは、カラパイアというメディアで見つけた、こちらの記事。推定年齢512歳のサメが北大西洋で発見された――とのことで、このサメの一生はどういったものだったのか、ということを考えたことがキッカケでした。
さて、「ひいじいちゃん」こと、512歳のオンデンザメが話していた「歌うのがヘタで仲間とはぐれたクジラの話」、実は、本当にあった話なんです。詳しくはコチラにまとめておりますので、是非ご一読ください。
読んでくれてありがとうございました!
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