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【52Hzのクジラ】 海に響く、孤独と希望の音を辿って #妄想ショートショート
「今年もアイツが出たよ」
米 海洋研究所の男が嘆いた。
このnoteはコチラを先に読むとより楽しめます
ボストンの港にて
アイツとは、その奇妙な特徴から、研究所の人間が「52」と呼んでいるクジラのことだ。正確にはクジラと断定できるわけではないのだが、その音紋(振動で発せられる独特の音)はクジラそのものであり、恐らくクジラの鳴き声なのだろうと判断していた。しかし、その声が初めて聴取された1989年以降、毎年のようにさまざまな場所で検出されてきたこの音に、疑問を持つ人間は多い。
「クジラの鳴き声と言えば、通常10~40ヘルツのはず。それなのになぜ52ヘルツで鳴くのか」「なぜ常に1頭で行動しているのか」
中には、そのクジラの生態系を調査するものもあらわれた。
「シロナガスと別種のクジラとの混血かもしれない」「毎年8月~12月のいずれかに太平洋にて声が観測されるが、それ以外はどこにいるのかがわからない……」
発見当初はその奇妙さに好奇心が寄せられていた52であるが、いつしかその好奇心は、慈悲へと変わっていくことになった。
「52ヘルツという音は、同属のクジラに聞こえる音ではない」「誰ともコミュニケーションをとることなく、1頭で広い海をさまよい続けている…。まさしく世界で最も孤独なクジラだ」
202X年、SNSにて
米Kickstarterにて、「52」を見つけるためのクラウドファンディングを行い、500万円の資金調達を果たした男が、ようやく足掛かりを見つけた。彼は、「不遇のクジラ」を題材にしたドキュメンタリー番組を作ろうとしていた。しかし、そこで奇妙な結果が出た。同じ音域で鳴くクジラを、同時刻、別地域で発見したのだ。
この結果を知らせるレターが届いた支援者は驚愕した。そして、さまざまな推測が飛び交うことになる。
「52は2頭いた?」「世界一孤独なクジラは、1頭でさまよっていたのではなく、お互いを探し合っているのではないか」
話題が話題を呼び、52の存在は世界中で語られるように。テレビやラジオ、Webで連日連夜、その話題が絶えることはなかった。その熱の冷めないうちに、新たなプロジェクトが立ち上がることになる。
「孤独な2頭のクジラを、会わせてあげたい」
声をあげたのは、映画製作者でも研究者でもない、齢70を超えた女性だった。
202Y年、太平洋・北東にて
地上で「52」と呼ばれているクジラは、そんなことを知る由もなく、優雅に太平洋を泳いでいた。ほかのクジラと比べて高い声で鳴く彼の声は、周りの仲間たちに気づかれない。そんなことはどうでもよかった。第一、「世界一孤独」だなんて、自身は一度も思ったことがなかった。
食べものはたらふくあるし、誰にも邪魔されずに好きな歌を歌えるのは楽しい。でも、満たされない。それが、なぜかもわからない。
手がかりは数十年前に一度だけ聞いた、自分以外の歌声だった。その声が素敵で、マネして歌い続けた。「いつかもう一度聴けるんじゃないか」そう思うと、なぜか心が弾むし、ひどく痛む。
――ある日、急に自分と似た声が聴こえた。
しかし、あの時のように上手な歌声ではない。どこか機械的で、単一な音を繰り返すその音に、ためらいながらもついていくことにした。
数日にわたってその音を追い続けていると、ある時、その音が止まった……かと思うと、さっきまで聞こえていた場所よりももっと遠くに、別の音が聞こえた。焦がれ続けてきた、あの歌声だった。間違いない。
心が弾んだ。自然と声がでる。どうだ、うまいだろ。
その時、何をしても満たされることのなかった溝が、スッと埋まった気がした。それはきっと、2頭とも、そうだった。
数十年越しの唯一話せる仲間との再会だった。目を伝う温かい感覚が、涙なのか、ただの水なのかはわからなかった。
70歳の女性の話
プロジェクトの達成は、瞬く間に世界中に広がった。
「2頭の“孤独なクジラ”、見事出会う」――。それがオスとメスであったかを調査したわけではなかったが、「世界一幸福なクジラ夫婦」なんて報道もなされた。なぜだかプロジェクトが達成した日付は毎年、企業のキャンペーンの場になり、プロポーズする日の1つの選択肢になり、毎年その日は結婚式場がことごとく埋まるようになった。アーティストにクリエイターなど、さまざまな人が彼らをモチーフに作品を作った。
数年にわたってプロジェクトの中心役を果たした女性は言う。
「私は40年前、最愛の人を亡くした。一番辛かったのは、不意な事故だったから、お別れを言えなかったことさ。2頭のクジラは、もしかすると一度会ったことがあって、お互いを探し合っているかもしれないと思ったら、なんだか寂しくってね」
「私たちはインターネットのおかげで、会いたい人にすぐ会えるようになった。手紙だって出せるし、電話もできる。『会いたい人がいるのに会えない』と嘆くものがいるなら、会わせてやりたいじゃないか。それが人間であろうが、なんだろうが。『さよなら』を言わずに別れるのは、あまりに寂しすぎることさ」
――20XX年、研究所にて
「今年もアイツらが出たよ」
52ヘルツの歌声が描く2本の波形を見て、研究者は微笑んだ。
【おしまい】
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神社が好きなので、実際に自分がいった神社の写真を紹介しながら楽しみ方を伝える「神と社記」や……
生活の中で思わず想像してしまった物語「妄想ショートショート」、
仕事で訪れた先での旅行記やコラムを綴った「旅する編集記者」、
恥ずかしげ満載で、オススメ本を語る「ぼくの本棚」など、随時更新中です。
今回の妄想のタネ
今回の妄想のタネは、友人( kuboooo.o )のイラスト。この素敵な絵から、「52Hzのクジラ」の存在を知りました。いや、この絵、素晴らしすぎませんか……。この話が「52Hzは不幸じゃない!」って流れで終わったのは、この絵のクジラがとっても幸せそうに見えたからでした。
さて。実はこのクジラ、ちょっとだけ他の「妄想ショートショート」にも出てきます。といっても、会話の端にチラッとだけ。話したのは512歳の“大ウソつき”なニシオンデンザメ。
5世紀を生き抜いたこのサメの“鮫生”はいったいどんなものだったでしょうか。
――と、話は変わりまして……。
実は今回の文章中にある画像のいくつかは、私が以前ボストンに行った際に撮ったモノでして。実は私、ボストンから日本へ帰る際、「白夜」を見たんですよ……。いや、教科書では見たことあったんですが、まさか実際にこの目で見れるとは思っていませんでした。
アメリカの東海岸から日本に飛ぶときって、実は飛行機は「北極圏」を通るのですが、その光景の不思議さに、思わず写真をバシャバシャと撮っていました。その時の様子は、コチラでまとめてます。
読んでくれてありがとうございました!はじめましての方も、お久しぶりの方も、以後お見知りおき。フォロー&スキしてくれたらめっちゃ喜びます。
ではまた!
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