【無料公開・上演台本】あなたがピンクの似合う子だから
劇団員公演「あなたがピンクの似合う子だから」
《あらすじ》
17年前、1年間だけ放送され、その情熱的なまでの恋愛ドラマでセンセーションを巻き起こした少女向けアニメ『城下町のリリィ』が2.5 次元ミュージカルとして舞台化!
主演を担うのはこの作品に憧れて芸名を決めたエピソードを持つ、依姫リリィ。
【リリィ役 依姫リリィ 談】
『城下町のリリィ』が放送されていたのは17年前。
この衝撃的で美しい作品の主演をさせて頂けることは、大変光栄であると共に責任を感じます。
パーティでのダンスシーンや座長という立場は初めてなので少々緊張しますが、『リリィ』は私たちの憧れの女の子なので、この名前に恥じぬよう立派に演じきりたいと思っています。
原作ファンの方、そして今回この機会にはじめてリリィを知ったという方全ての皆様にこのミュージカル『城下町のリリィ』を愛していただけるよう頑張りますので是非劇場へお越しください。お待ちしています。
《登場人物》
浅瀬乃(あさせの)ラブカ(as 藤真廉)・・・2.5 次元舞台の衣装プランナー。中学時代から趣味でコスプレを続けている。25歳。
依姫(よるひめ)リリィ(as 木山りお)・・・2.5 次元舞台の俳優。舞台版『城下町のリリィ』の主演を務める。25歳。
【設定】《劇中作『城下町のリリィ』》
時代:近代ヨーロッパ
作品概要:おジャ魔女の後枠で放送された少女向けアニメ。城下町に住む町娘のリリィと、城に住む王子やその関係者の貴族らとの恋愛をメインに描く。全47話放映。
モチーフ:東映アニメ『明日のナージャ』
・リリィ。9歳。城下町に住む少女。別の国の王女と間違われて王宮に連れていかれたり、城の食堂の手伝いとして駆り出されたり、腰を痛めた庭師の代わりに王子の庭を手入れしたりするうちに王族関係者と仲良くなる
・レオン。10歳。王族であることを良いことに周囲の人間を見下す癖がある。リリィとの初対面では身分を明かさなかったことで、24話まで王子だと思われていなかった。顔は良いが口は悪い。他国に高飛車な許嫁がいる
【1幕】2019年、秋。
《1場・モノローグ》
照明、顔がギリギリ照らされる明度の光量になる
浅瀬乃「アナログテレビが映らなくなって、いつの間にかもうすぐ10年になって。画面に映る砂嵐って、若い子には伝わらないんだっけ。
キミもまだ若いだろって思うだろうけどね、とっくに良い大人なんだよね。
あの頃の私たちって、どんな子供だったっけ、リリィ」
依姫、舞台上に現れる
依姫「あの頃の私は、ニュースよりも、天気予報よりも、おジャ魔女に会う方が大事だった、ビフテキという食べものに憧れた、アニメで動くあの子になりたくておもちゃ屋でなりきりセットを買ってもらった、どこにでもいる、テレビの前の子供だった」
浅瀬乃「今の私は、ニュースよりも、天気予報よりも、プリキュアに会う方が大事になった、ビフテキを食べるお金は衣装の予算に消えていった、アニメで動くあの子になりたくて自分で布を買って衣装を作った、どこにでもいる、二十歳を過ぎた大人になった。
私はピンクが似合わない。ピンクは子供の色だから。顔が細くて、脚が長くて、お姫様より王子様みたいで。あなたは、ずっと女の子のままなのに、私は25歳になろうとしている」
《2場・プロローグ》
浅瀬乃、自分の部屋で姿見を前に自分のコスプレ姿を撮影している
依姫、プロデューサーに通話をかける
依姫「お疲れ様です。すみません、お返事お待たせしてしまって」
浅瀬乃、撮れた写真を確認しながら構図や角度を変えてみる
依姫「今回のお話、すごく、すごくありがたいんですけど、沢山悩んだんですけど、お引き受けはできません。『2.5次元』ってブームだから、こういうオファーもよくいただくんですけど・・・
この作品の舞台化だけは、正直、出演したいとは思えないです。
原作アニメは今でも全47話観返してるんですよ。でもこの『城下町のリリィ』って作品は、町娘のリリィとヨーロッパの美少年たちとの身分違いの恋を、観てるこっちがドキドキする甘酸っぱさを日曜の朝8時30分から届けてくれた大変、大変罪の深い作品で、日本中の女児が毎週あれを観て正気で居られるはずはないんですよ、私も含めて。
特に私あの、レオンくん、レオンくんと一緒に居る時のリリィはリリィ史上最も輝いていて、あの17話の衝撃を身体がまだ覚えていて、思えばあれが私の始まりで、17年ぶりに『城下町のリリィ』って作品が蘇ることをどう受け止めていいかわからなくて、便宜上推しという言葉を用いますがこの作品に対する私のクソデカ感情を表現できる語彙力を私は持ち合わせていなくて、だから、ごめんなさい話長いですよねすいませんだからあのつまり何が言いたいかと言うと・・・私にとって、リリィは“救い”なんです。25年間、リリィがいたから生きてこれた。リリィに支えられて生きてきた。私の心の中では今も、リリィに救ってもらった女児の私が生きているんです。
だから、ごめんなさい、わかってます、厄介なオタクが仕事に私情を持ち込んでるって。
スタッフさんたちには本当に申し訳ないって思うんですけど・・・・・・リリィはアニメの中だけに留めておいて欲しかった」
《3場》
浅瀬乃、衣装を着替えて部屋に戻ってくる。舞台スタッフからの電話に出ている
浅瀬乃「仰っていただきたいのは謝罪の言葉ではなく、事実、事実です。・・・つまり、急遽シーンを追加することになり、早替えが間に合わなそうだから衣装を作り直してほしい、と?やりますよ、仕事ですから。ただ、今大阪で別の現場抱えていますので・・・いえ間に合わせます、仕事ですから」
電話を切る
浅瀬乃、死んだ目で壁を見つめる
浅瀬乃「こっちも人間なんだよ」
別の舞台スタッフから電話が架かってくる
浅瀬乃「お疲れ様です。嗚呼、ご無沙汰しております・・・嬉しいです、いつです?・・・公演期間がそこならビジュアル撮影は来年の2月とかですよね。キャストは何名を予定していますか?・・・12名、時代背景は?・・・近代のヨーロッパ、メインキャラクターの身分は?・・・王族と町娘。これって、原作ものですか?」
浅瀬乃、このオファーが『城下町のリリィ』の舞台化作品だと知らされる
浅瀬乃「えッ・・・」
浅瀬乃、改めて『城下町のリリィ』舞台版の衣装プランナーのオファーだと知らされる
浅瀬乃「光栄です。私、私・・・すみません、少し、息をさせてください」
浅瀬乃、目を閉じ、深呼吸する
浅瀬乃「引き受けるにあたって、条件、があります。・・・キャスティングに口を出せる立場でないことは承知のうえです、主演のリリィ役は」
場面転換
依姫「・・・7、8年くらい前、テレビの仕事でコミケに行ったことがあって、リリィのコスプレをしている人たちを取材したんです。
仕事だから、『似合ってますね』って言ったんですけど、本心では『リリィはそんな顔じゃない、リリィはそんな服じゃない、リリィはそんなにババアじゃない、私のリリィを汚すんじゃない』って、声に、出そうになっちゃって」
場面転換
浅瀬乃「・・・断られた?どうして?え、あの人が断ったんですか、オファーを?
・・・絶対、絶対説得してください。彼女以外で舞台化するとか、絶対認めないですから。
2.5 次元のリリィは、彼女以外考えられません」
場面転換
依姫「理想のリリィは、2 次元にいます。2.5 次元には、いないんです。
何度言われても答えは変わりま・・・あっ、浅瀬乃さんがプランナーなんですか。はい、お名前だけなら、よく」
場面転換
浅瀬乃「説得?私が?なんで?いや、それはあなたの仕事でしょ。っていうか私今大阪ですよ?」
場面転換
依姫「リモート会議・・・ZOOM、ってなんですか?」
全ての照明が点灯する
浅瀬乃「ご無沙汰してます、衣装プランナーの浅瀬乃です」
依姫「俳優の、依姫です(無音)」
浅瀬乃「依姫さん、ミュートになってます」
依姫「あっ、えっ、どうしたらいいんだろこれ(無音)
浅瀬乃「左下の、マイクのアイコンです。あとカメラもオンに」
依姫「・・・これでどうですか」
浅瀬乃「完璧です。すいません、今大阪にいて」
依姫「・・・ちゃんとお話しするのって、初めて、ですかね」
浅瀬乃「そうですね」
依姫「・・・浅瀬乃さんなんですね、衣装プランナー」
浅瀬乃「・・・依姫さんがリリィを演じてくれるなら、って」
依姫「・・・私は、もう殆ど断るつもりなんですけど」
浅瀬乃「・・・どうしてですか」
依姫「どうしてって」
浅瀬乃「他の誰かが、あなたの代わりにリリィを演じてもいいんですか?」
依姫「・・・私が観たいリリィをその人が演じられるのなら」
浅瀬乃「それがあなたの観たいリリィじゃなかったら?」
依姫「客席から大きな声を出して、その場で全部台無しにしちゃう、かも、しれません」
浅瀬乃「それは、観に行かない方がいいんじゃないですか?」
依姫「いえ、必ず観ます、全通します、東京大阪名古屋福岡全公演ツアーします」
浅瀬乃「全部の公演台無しにしちゃう気ですか?」
依姫「そのために劇場に行くんです」
静寂
浅瀬乃「どうしてやりたくないの」
依姫「やりたくないんじゃなくて、やっちゃいけないんです。リリィは、理想の女の子で、2次元から出しちゃいけないんです」
浅瀬乃「でも、『2.5』ってそれが仕事でしょ。キャラクターの魂を宿した依り代みたいなもので」
依姫「・・・失礼ですが、浅瀬乃さんっておいくつですか」
浅瀬乃「同い年です」
依姫「・・・じゃあ、観てましたよね、当時」
浅瀬乃「はい」
依姫「・・・どう、想ってるんですか。舞台化のこと」
浅瀬乃「素直に、嬉しかったです。この仕事を始めるキッカケになった作品だし、想い入れのあるキャラだし、25歳、っていう節目でこの作品に関われるなら、それは幸せなことなんじゃないかなって」
依姫「・・・」
浅瀬乃「似合うと思いますよ、リリィの衣装」
依姫「・・・似合う、似合わないの話じゃくて」
浅瀬乃「腑に落ちないことがあるんですけど」
依姫「はい」
浅瀬乃「それなら、何故あなたは『依姫リリィ』なんて芸名なんですか」
静寂
依姫「リリィに、なりたいからです」
浅瀬乃「・・・?」
依姫「リリィになりたいから、この名前にしました」
浅瀬乃「え、でも、リリィを演じたくはない、んですよね」
依姫「演じたくないなんて言ってないです、舞台化すべきだとは思ってないけど、なりたいんです、リリィに」
浅瀬乃「・・・?」
依姫「私の心の中の女児にとって“なりたい”の対象なんです、リリィは。プリキュアも、魔女見習いも、城下町の町娘も、なりたい憧れの女の子たちなんですよ」
浅瀬乃「じゃあ、引き受ければいいじゃないですか」
依姫「・・・そうですよね、でも」
沈黙
依姫「リリィは私の青春なんです。もし理想のリリィを演じれたとしても、『リリィになりたがっている女の子』の私は終わっちゃう。このオファーを受けたら、四半世紀続いた青春時代がここで終わって、大人にならなきゃいけなくなる。卒業しなきゃいけなくなる、区切りを付けないと、いけなくなる」
静寂
浅瀬乃「リリィを演じたら、そこで青春が終わると、リリィを卒業しないといけないと、そう思っているんですか」
依姫「はい」
浅瀬乃「そうですか、それは・・・それはとても、傲慢ですよね」
依姫「・・・えっ」
浅瀬乃「リリィを演じたら青春が終わると決めつけているようだけど、それはリリィを演じれる能力と適正と自信がある前提のお考え、ですよね。
リリィの衣装がそもそも似合わない人間からすれば、リリィになりたくてもなれなくて拗らせてる人間からすればとっても傲慢でワガママで高飛車なお悩みだなって」
依姫「私は真剣に悩んでるんですよ」
浅瀬乃「相応しいと、似つかわしいと、そう認識されているからオファーが来たのではないですか。理想のリリィを舞台で観たい。誰よりもリリィが大好きなあなたが演じるリリィだからこそ観たい」
依姫「それはありがたいと思ってます、だけど」
浅瀬乃「リリィを演じたくてもそんな機会を得られる女児なんて今世界中であなたただひとりなんですよ、そんな女児に服を作って着させられるのも私ひとりなんですよ、やりたいやりたくないじゃなくて、その体で私の服を着て理想のリリィになって全女児の夢を叶えられるのは、依姫リリィだけでしょ。じゃないと・・・私が救われない」
依姫「あの・・・ご一緒するのは初めまして、ですよね。勿論、浅瀬乃さんのお名前は存じ上げてますが、同じ現場になったこともないし」
浅瀬乃「あるんですよ、覚えていないでしょうけど」
依姫「ライブかイベントですか」
浅瀬乃「昔、8年前の、コミケで」
静寂
浅瀬乃「今でこそ仕事で舞台衣装も作るけど、その時、私は趣味でコスプレをしてるだけの高校生で。レポーターの女の人は、似合ってるって言ってくれたけど、目が、私に、私のリリィに失望してたのがわかった。後で、その人が自分の芸名にするほどリリィのことを大切に思ってるって知って、インタビューの記事も読んで、私はもうリリィのコスプレはしちゃいけないって思った。私、ピンクが似合わなくて、リリィに近づこうとしたけど、
自分でもキツいって解ってた。
別に、恨んでも、憎んでもない。寧ろ尊敬してる。あなたがリリィについて語った記事は全部読んだ、長めのオフが取れた時はヨーロッパの都市を巡って旅行する、呪われてるんじゃないかってくらいリリィへの愛を拗らせてるあなたを尊敬してる。
あの時もそう、あなたの失望の目線は未だに忘れられなくて、あの衝撃を身体がまだ覚えていて、思えばあれが私の始まりで、仕事相手としてこうして会話できることがまだ信じられなくて、便宜上推しという言葉を使うけれどあなたに対する私のクソデカ感情を表現できる語彙力を私は持ち合わせていなくて、だから、ごめんなさい話長いですよねすいませんだからあのつまり何が言いたいかと言うと・・・私はいつかあなたのためにリリィの衣装を作ろうと思って、私があなたをリリィにしたいと思ってこの世界に入ってきたの」
静寂
浅瀬乃「重いですよね」
依姫「・・・わからないことが、あって」
浅瀬乃「はい」
依姫「それでも、そのときのそれがキッカケだったとしても、浅瀬乃さんが、どうしてそこまで、私の何が、どうして、私なんですか」
浅瀬乃「どうして」
依姫「はい」
浅瀬乃「わかりませんか」
依姫「わからないんです」
浅瀬乃「羨ましくて」
依姫「羨ましい・・・?」
浅瀬乃「だって、あなたが」
沈黙
浅瀬乃「あなたが、ピンクの似合う子だから」
浅瀬乃、裏から自分のコスプレ衣装を持って来て画面越しに見せる
浅瀬乃「ほら、これ。レオンくんの衣装です。仕事のじゃなくて、私の趣味の。
もし、今回みたいな話がなくても、あなたがリリィの衣装を着て、私がこの衣装を着て、一緒に写真撮れたらいいなって。私、男の子のコスプレの方が似合うんですよ」
依姫「・・・やってみます」
浅瀬乃「え?」
依姫「オファー、受けてみます」
浅瀬乃「ホントに?」
依姫「浅瀬乃さんが、私をリリィにしてくれるなら」
浅瀬乃「・・・必ず、リリィに相応しい服を作ります。あなた以外の俳優に『リリィ』の服は着せたくない」
依姫「大丈夫、必ず、私が理想のリリィになるから」
浅瀬乃「来週東京戻るから、そのとき採寸すませないと」
依姫「気が早くないですか」
浅瀬乃「もう本番まで10ヵ月切ってますから」
依姫「本番いつでしたっけ」
浅瀬乃「来年の7月。今の感じだとビジュアル撮影は来年の2月かな」
依姫「じゃあもう他の舞台の予定いれないようにします、リリィのためだもん」
浅瀬乃「そう、リリィのためだもん」
二人、苦笑する
浅瀬乃「じゃあ、また」
通話、突然切れる(浅瀬乃サイドの照明も落ちる)
依姫「・・・ヤバイ、ヤバイ、うわ、ヤバイな、どうしよう、これ」
動揺を隠せない
依姫「・・・依存されるの、悪くねぇな・・・あれ、来年の、7月?」
依姫、カレンダーを見る
依姫「オリンピックの真裏じゃん」
【2幕】2020年1月
《1場》モノローグ
依姫「プリキュアになりたい、おジャ魔女になりたい、城下町のあの子になりたい。
私たちには変身願望がある。魔法の力で、なりたい私になりたい、と、私の中の女児は夢を描く。いつしか私は、魔法のことは無暗に喋らない方がいいのだと気づいた」
《2場》顔合わせ
依姫、原作アニメのシーンを口に出して再現している
リリィ『お花、お花はいりませんか。どなたか、お花はいりませんか』
リリィ『あーあ、だぁれも買ってくれやしないんだから』
レオン、走ってきてリリィにぶつかる
リリィ『いったぁ・・・』
リリィ『何よ、ぶつかってきたのはそっち・・・ああっ、売り物のお花が!』
リリィ『どうしてくれるのよ、明日のパンが買えないじゃない』
リリィ、レオンの頭をバスケットでひっぱたく
リリィ『ふんだ、あんたなんか雑草以下よ!みみずに齧られちゃえばいいんだわ』
依姫、台詞の練習を観られていることに気づく
依姫「・・・あけましておめでとうございます」
浅瀬乃「あけましておめでとうございます」
依姫「今年もよろしくお願いいたします」
浅瀬乃「お正月、ゆっくり過ごせました?」
依姫「はい、いっぱい美味しいもの食べました」
浅瀬乃「・・・体形変わったとか勘弁ですよ」
依姫「さすがに大丈夫です」
浅瀬乃「で、なんでこんな陽の当たらないところで」
依姫「今日の本読み、あんまりうまく出来なかったなって」
浅瀬乃「あ、そっか、役者陣は今日が顔合わせですっけ」
依姫「はい、次皆さんに会うのは稽古始まってからなので、4月とかですけど」
浅瀬乃「・・・うまく出来なかったってのは?」
依姫「笑わないですか?」
浅瀬乃「面白かったら、笑うかも」
依姫「・・・」
浅瀬乃「冗談です」
依姫「・・・理想が、だいぶ遠いなぁって」
浅瀬乃「はぁ」
依姫「ほら、なんつーんですか、こういう、〇〇ステ、みたいな2.5次元って、全部が全部そうってわけじゃないですけど、俳優の顔の良さで多少の出来は誤魔化せる、みたいなとこあるじゃないですか」
浅瀬乃「全部が全部そうじゃないですけどね」
依姫「はい、でも、私自身この作品はごまかしは通用しないと思って、アニメの、2次元のリリィになろうと頑張って、そしたらだいぶ空回りしちゃいまして」
浅瀬乃「それだけこの作品に対して依姫さんが本気ってことですよ」
依姫「それでですね」
浅瀬乃「はい」
依姫「いないんですよ、同世代の女子が」
浅瀬乃「・・・なるほど?」
依姫「ほら、この作品、町娘一人に対してイケメンがバンバン出て来る系じゃないですか」
浅瀬乃「そうですね」
依姫「つまり『リリィ』ファンの女児がキャストにおらんということなんですよ」
浅瀬乃「それはその・・・友達が出来ない、とか、そういうお悩み?」
依姫「・・・わかっちゃいます?」
浅瀬乃「話聞きましょうか?」
静寂
依姫「・・・いいの」
浅瀬乃「はい、あの、ちょうど依姫さんにお願いしたいこともあって」
依姫「そこまで言うなら」
浅瀬乃「ありがとうございます、じゃあ、今夜、作業場でもいいですか」
依姫「作業場?」
浅瀬乃「はい、自宅兼、作業場で」
《3場》浅瀬乃の部屋
依姫「(モノローグ)自宅、と聞いてドキッとした。今夜?
お願い、ってなんだろう。出すな出すな、顔には出すな。
平気な顔して、呼び鈴押して、オートロックの扉を開ける」
依姫、部屋をぐるっと一周見渡す
依姫「お家、大阪じゃなかったんですね」
浅瀬乃「2つ持ってるんです、現場ごとにホテル泊まると衣装の置き場に困っちゃって」
依姫「衣装って、全部仕事の?」
浅瀬乃「半分は仕事。半分は趣味」
依姫「趣味?」
浅瀬乃「そ。私が着る用の」
依姫「コスプレ、続けてるんですか」
浅瀬乃「続けてますよ、浅瀬乃ラブカってのも、コスプレするときにつけた名前」
依姫「見てみたいなぁ」
浅瀬乃「他人に見せるためじゃないんで」
依姫「自分で楽しむ用?」
浅瀬乃「・・・救いを求めている、というか」
依姫「?」
浅瀬乃「コスプレって、拘る限りどこまでもいけちゃうんですよ。2次元のキャラに近づくために、色も、質も、必要なら体形まで変えて」
依姫「役作りみたい」
浅瀬乃「そうですね、でも、なりたいというより、近づきたい、って感覚」
依姫「近づきたい?」
浅瀬乃「どれだけ頑張っても、人間が2次元になるのは無理なんですよ。だから、近づく。
でも、『2.5次元』は逆。2次元に近づけるというより、2次元を3次元に近づけて、時には原作にない『0.5』を足して『新しい解釈』を産み出すって方が近いです。
例えば、肩にジャケットを掛けたキャラがいるとして、立体で歩いたらジャケットが肩から落ちちゃいますよね。コスプレは頑張ってポーズ決めて落とさないように止まった状態で写真を撮るんですが、『2.5』の場合は設計段階から裾を広げたり、カーブを付けて前を長くしたり、『肩に掛けるジャケット』として新しい服をデザインするんです」
依姫「静止画で一番映えるようにするか、動くときの実用性を重視するか、って話?」
浅瀬乃「大体そうです」
依姫「なぁるほど」
浅瀬乃「一人でこんなことばっかりやってるから友達少ないんですけどね」
依姫「わかる」
浅瀬乃「あんまり人のこと言えないですけど、自分から声かけにいった方がいいと思うんですけどね」
依姫「そう、そう思ったんだけどさ、いつもは私年の近い女の子と仲良くなって座組に溶け込んでく手法使ってたのよ」
浅瀬乃「逆によくそのパターンだけでやってこれましたね」
依姫「しょうがないでしょ、『2.5』ってイケメン俳優の需要はあっても女優が座れる席って限られてるんだから」
浅瀬乃「でも今回はその席に、それもセンターの一番大きい椅子に座れてるわけですよね」
依姫「その引き出しがないから今こうなってるんじゃないですか」
浅瀬乃「・・・リリィだったらどうします?」
依姫「え?」
浅瀬乃「もし、リリィだったら、こんなときどうしますかね」
静寂
浅瀬乃「リリィは、城下町に住む町娘で、身分違いの王族たちとも対等にあろうとしています。彼女がもし、あなたの立ち位置に立たされたとしたら、どう行動しますか」
沈黙
依姫「リリィだったら・・・」
静寂
依姫「リリィだったら、あの子は、誰とでも対等であろうとするけど、決して相手との身分の差を無視しているわけじゃない。目の前にいる相手を同じ人間だと思っているから、
人間を個人だと尊重しているから、ただ一人の人間として正しくあろうとしているから。
臆せず、相手を尊重して話そうとする、リリィは、リリィならそうする、私もそうする、
私はリリィだから」
依姫、浅瀬乃を見る
依姫「・・・出来そうな気がしてきた」
浅瀬乃「当然です、あなたをリリィにしたいと思ってこの世界に入ってきましたから」
依姫「・・・ありがとう、凄いね」
浅瀬乃「稽古、4月からでしたっけ」
依姫「うん」
浅瀬乃「これからどうするつもりですか」
依姫「来月のビジュアル撮影以外は特に予定は入れてないし・・・原作アニメ見返して、少しでも役作り進めていこうかなって」
浅瀬乃「・・・そうですか」
依姫「そういえばさ、何かお願いしたいことがあるって言ってたよね、何」
浅瀬乃「・・・笑わないですか」
依姫「面白かったら、笑うかも」
浅瀬乃「・・・」
依姫「冗談、さっきのお返し」
浅瀬乃「じゃあ、ちょっと待っててください」
浅瀬乃、裏にリリィの衣装を取りに行く
浅瀬乃「これ、リリィの服です」
依姫「え、もう出来てたの」
浅瀬乃「よかった、喜んで貰えて」
依姫「あ、来月の撮影用か」
浅瀬乃「ああ、違います。撮影用のは別で作ってて、これは、普段着です」
依姫「普段着?リリィの?」
浅瀬乃「いいえ。依姫さんの」
静寂
浅瀬乃「それは、今回の舞台化で描かれるスイス編までにリリィが着ていたバージョンの服で、あとイタリア編とスペイン編で着てたドレスと、エジプト編のローブはクローゼットにしまってあります。この部屋の合鍵お渡ししますので、好きな時に着てみてください。
今夜このまま泊って行ってもいいです、寝るとき用の寝巻なんですけど」
依姫「あのあのあのあのあの」
浅瀬乃「はい」
依姫「・・・普段着?私の?」
浅瀬乃「はい」
依姫「なんで」
浅瀬乃「なんでって、依姫さんはリリィになりたかったんでしょ。だったらリリィの服を着るのはおかしくないですよね」
依姫「・・・お願いっていうのは、これを着て生活しろと?」
浅瀬乃「はい」
依姫「何のために?」
浅瀬乃「リリィのために」
依姫「リリィのため?」
浅瀬乃「リリィに、近づくために。言ったでしょ、私、あなたをリリィにしたいと思ってこの世界に入ってきたの」
静寂
浅瀬乃「ごめんなさい、自覚はあります、気持ち悪いですよね、意味わかんないですよね、
重いですよね」
依姫「・・・」
浅瀬乃「・・・あの時オファー受けるって言ってくれた時から、居てもたってもいられなくなって、気づいたら型紙起こして布買って裁断してた。こんな気持ちで仕事が出来てるの初めてで、お前流石に止めとけって何度も思ったんだけど、自分が抑えられなくて、違う、違うの、私はただ、あなたの衣装が作れることが楽しくてしょうがなかった」
依姫、立とうとする
浅瀬乃「ごめん、ごめんなさい、ごめんなさい、キモイよね、全部、全部捨てるから」
依姫「捨てなくていいですよ」
浅瀬乃「・・・え」
依姫「捨てなくていいです、正直、気持ち悪いですけど」
浅瀬乃「・・・」
依姫「気持ち悪いんですけど、気持ちは嬉しいんですよ」
浅瀬乃「・・・」
依姫「形はどうであれ、浅瀬乃さんが背中を押してくれたから今この作品に臨もうと思えているわけですし、気持ちは重いけど、これもあなたの、あなたの中の女児の夢、なんですよね。だったら、この服を着て理想のリリィになって女児の夢を叶えられるのは、私だけ、なんでしょ」
浅瀬乃「・・・ありがとうございます」
依姫「でも、そのおかげで気づきました。上手く言えないですけど、さっきの言葉を借りるなら、さっきまでの私はアニメの、2次元のリリィになろうとしていた。でもきっと、そうじゃなくて、原作にない『0.5』を足して『新しい解釈』を産み出す必要がある」
浅瀬乃「・・・」
依姫「だから、2.5次元のリリィになるために、理解しなければならないことが沢山あります。あなたが私に何を望んでいるのか、私にとってリリィとはなんなのか、女児の夢とは何か」
静寂
依姫「その答えを見つけるために、この服を着て、今から外を歩きます」
《4場》モノローグ
依姫「プリキュアになりたい、おジャ魔女になりたい、城下町のあの子になりたい。
私はピンクが似合う子だから、ずっとピンクを着ていた。皆がピンクから卒業するタイミングで、私だけ卒業できなかった。私だけ、ピンクを留年してしまった。
10歳の誕生日を迎えた時、リリィよりもお姉さんになったとき、ああ、結局、私はリリィになれずに、リリィになりたい気持ちから卒業できずに、このまま大人になるのかと想った。あなたは、ずっと女の子のままなのに、私は25歳になろうとしている」
《4.5場》
依姫、衣装を畳んで私服の状態で戻ってくる
依姫「ただいま帰りました・・・」
浅瀬乃「おかえりなさい、どうでしたか」
依姫「・・・すごく社会的な視線を感じました」
浅瀬乃「でしょうね」
依姫「でも、」
浅瀬乃「でも」
依姫「でもなんか、あの、わかったことがあります。こういう派手な服を現代で着て歩くと、凄く恥ずかしい思いをしますが、・・・この服を着て歩けたことが嬉しいとも思いました」
浅瀬乃「・・・」
依姫「そうだ、カワイイ服が着たかったんですよ。ピンクの、かわいい服を、私、ピンクが大好きだから。そりゃ、黒とか紺とか地味な色の服を着ている人が多い中で着ると目立つし、でも・・・ああ、そうか、私本当は目立ちたがり屋なんですよ。注目浴びるのが好きで、誰よりも教室で手を挙げるし、そうか、そうだ、私は私だもん」
浅瀬乃「・・・依姫さん?」
依姫「なんで人目なんか気にするようになっちゃったんでしょうかね、将来の夢を発表しましょうって授業で、周りのみんなが具体的に実現可能な職業の名前を挙げる中で一人だけ『城下町のリリィになりたい』って発言して教室の笑いものにされた屈辱がトラウマなのかもしれないですね、でも、ああ、そうだ、リリィもきっとそうなんじゃないかな。近代ヨーロッパが舞台の世界観でピンクの服着て浮いてるように見えたけど、リリィもきっと目立ちたがり屋だったんですよ。世間からどう見られるかとか家族にどう言われるかとか気にしない、可愛いピンクの服を着るのが大好きなひたむきな『女の子』なんですよ、
あー、そうかそういうことか、なるほど、」
浅瀬乃「依姫さん」
依姫「今わかったの。ようやくリリィが三次元に近づいてきた、リリィは、リリィの正体は」
浅瀬乃「依姫さん」
静寂
浅瀬乃「それは、依姫さんがリリィの衣装を着て外に出た、ってだけじゃないですか」
静寂
浅瀬乃「本当に、それはリリィですか」
静寂
浅瀬乃「もう、夜ですし。危ないし、それに」
依姫、吹き出す
依姫「ごめん、急に真面目なこと言うから」
浅瀬乃「・・・」
依姫「確かに。勢いで動くのよくないね、もう大人なんだし、なんだったら失うものの方が大きいまであるし」
浅瀬乃「失うもの」
依姫「自尊心とか、なんかその、あの、メンタルポイントというか」
浅瀬乃「・・・恥ずかしいですか」
依姫「え」
浅瀬乃「私の作った服を着るの、依姫さんは、恥ずかしいんですか」
沈黙
浅瀬乃「嬉しかったんですよ、着て貰えて。知ってますよね、私、あなたのために衣装を作りたくて」
依姫「ごめん」
浅瀬乃「リリィは、城下町に住む町娘で、身分違いの王族たちとも対等にあろうとしています。彼女がもし、あなたの立ち位置に立たされたとしたら、そんなことしますか」
依姫「違う、今のは、」
浅瀬乃「いやもう遅いです、無理です。なんで私の前で言ったんですか、私いないところで言えばよくないですか、よくないですけど」
沈黙
依姫「ごめんなさい」
浅瀬乃「もういいです」
依姫「ごめんなさい」
浅瀬乃「謝るのももういいです、違うんです、そうじゃないので、」
依姫、外に出ていく
浅瀬乃、呆然と見送る
浅瀬乃「(モノローグ)プリキュアになりたい、おジャ魔女になりたい、城下町のあの子になりたい。私たちには変身願望があった。魔法の力で、なりたい私になりたい、と、ずっと考えていた。でも、いつしか私は、魔法なんてないんだって思うようになった。
本当に魔法があるのなら、私もピンクが似合うようになるはずだから」
《5場》2020年2月中旬
浅瀬乃「おはようございます。すいません、今日は体調が悪いので、撮影に立ち会えそうにないです。ほら、最近なんとかってウイルスが流行るかも、みたいなニュースもありますし、大事を取って、休みます。すいません・・・お願いします」
静寂
浅瀬乃「(モノローグ)この世で、この世界で『女の子』ほど美しくて、皆が欲しがるものはあるだろうか?
この世で、この世界で、ピンクの似合う女の子ほど、羨望のまなざしで見られるものはあるだろうか?
この世で、この世界で、ピンクの似合う女の子ほど、私がなりたかったものはあるだろうか?」
《6場》2020年2月下旬~4月上旬
依姫、メッセージを送る
依姫「私です。今日ビジュアル撮影だったんだけどね、凄くかわいく撮って貰えた。凄く、かわいい衣装を、ありがとう。直接お礼が言いたいな」
依姫「私です。ねぇ、ニュースで大変なことになってるけど、大丈夫?ひょっとしてただの風邪じゃないかもしれないし、行けるなら病院行ってね、付き添うから」
依姫「私です。ねぇ、メール見た?お稽古のスケジュール見直すんですって。この2週間が瀬戸際だっていうし、5月くらいには収まると思うけど・・・」
依姫「私です。公演延期のニュースばっかりで、オリンピックも延期になるかもって、私たちの舞台、大丈夫かな・・・ごめん、無神経だった、気が向いたら、返信くれると嬉しい」
依姫「私です。ごめん、こんな時期だけど、駄目だ、心配過ぎる。今から家行くね。今から行くから、合鍵、使わせてもらうから」
《7場》2020年4月上旬・それぞれの部屋(ZOOM 通話)
浅瀬乃「来なくていい」
依姫「・・・大丈夫なの」
浅瀬乃「そっちこそ」
依姫「私?私は、大丈夫。今ティッシュ沢山買ってあるから、足りてなかったら」
浅瀬乃「いい。なんとかする」
依姫「・・・公演、延期になるかもって」
浅瀬乃「・・・知ってる」
依姫「・・・心配させないでよ」
浅瀬乃「いい。わかった。大丈夫」
依姫「よくないよ、連絡くらいしてよ」
浅瀬乃「ごめん、ちょっと、メール見るのも嫌で」
依姫「そりゃ、こんだけ音信不通だったら鬼のようにメールしますよ」
浅瀬乃「そうじゃなくて。あなたが、」
依姫「私が」
浅瀬乃「あなたが、あなたには、私とは違うリリィが見えているのが、嫌で」
沈黙
依姫「何が言いたいの」
浅瀬乃「目立ちたがり屋だからピンクを着るとか、リリィがそんな理由で、そんなわけないでしょう。リリィを何だと思ってるの、人それぞれ解釈はあってイイけど、あなたは私と同じリリィが見えてるはずだって、信じてた。
私はリリィにはなれないから、近づきたくてもなれはしないから、あなたなら私の信じるリリィになってくれるって、いつかあなたのためにリリィの衣装を作ろうと思って、私があなたをリリィにしたいと思ってこの世界に入ってきたの。でも、イベントでもないのに衣装着て外出ちゃうし、私の目の前で恥ずかしいとか言っちゃうし、挙句リリィは目立ちたがり屋だったんじゃないかって、リリィの依り代として、相応しくない、って思っちゃって、でも」
静寂
浅瀬乃「本当にリリィになりたかったのは、私なの」
沈黙
浅瀬乃「気づいたの、私がなりたくてもなれない女の子の理想像を、勝手に期待して押し付けていただけだった。私の理想はリリィだった。教室で笑われても、ピンクが似合わなくても、リリィになりたいって言える勇気が欲しいだけだった。
でも、私はピンクが似合わない。ピンクは子供の色だから。顔が細くて、脚が長くて、
お姫様より王子様みたいで。
あなたがピンクの似合う子だから、私のリリィは理解してもらえない。だったら、もういいの」
静寂
依姫「あなたは、リリィになりたかったんですか」
浅瀬乃、頷く
依姫「ピンクが似合うから、私とリリィを重ねてただけなんですか」
浅瀬乃、頷く
依姫「そうですか、それは・・・それはとても、傲慢ですよね」
浅瀬乃「・・・えっ」
依姫「私は、ピンクが似合うからリリィに選ばれたんじゃないの。リリィのことが大好きだからリリィになれたの。大体何、私はピンクが似合わない。ピンクは子供の色だから、って。私がピンク似合わない子だったらあなたは私が嫌いだったの?違うでしょ、私はどんな色でも似あうし、なんだったらピンクより赤が似合います。私はあなたの理想じゃない、私とあなたは別人で、これまで通ってきた道もこれから目指すべきものも違う、お互いリリィから卒業出来てないだけの他人なんですよ、だから、リリィに抱く感情がデカくて重いってことは同じでも、リリィにどんな理想を持ってるかが違うのは当然だし、それが期待した通りにならないからって拗ねるのは傲慢じゃないですか。
私がどこの誰であるか、どんな人間であるかより、あなたの理想を着るマネキンとしか興味を持たれていない事実が腹たつし、何よりその程度の価値しかない私が許せない」
静寂
依姫「それに、都合よく私を慕ってくれるだけの存在としてしかあなたに興味を持ってなかった、あなたの気持ちに都合よく甘えるだけだった私を許せない。
あなたの大切にしていたリリィに無神経だった、ごめんなさい」
静寂
依姫「話してもらえませんか」
浅瀬乃「え・・・」
依姫「まだ本番まで時間あるし、正直、一人だと息詰まりそうだし」
浅瀬乃「なんで」
依姫「誰かがなりたかった理想になるのが、私の仕事だから。もとはと言えば、あなたが私をリリィにしてくれる、っていうから引き受けた話だし。それを聞かなきゃ始まらないでしょ、最初からこうすればよかった」
浅瀬乃「・・・でも、延期になるかもって」
依姫「延期は中止じゃないの。当分外出ちゃいけないらしいからさ、納得いくまで語ろうよ。お酒でも飲みながらさ」
沈黙
浅瀬乃「お酒、飲むんだ」
依姫「そりゃね、二十歳過ぎてるし」
浅瀬乃「どんなの飲むの」
依姫「甘い系が多いかな、度数強いのはそんなに」
浅瀬乃「ああ」
依姫「アテはね、珍味。オイルサーディンとか」
浅瀬乃「食べ合わせ悪くないの」
依姫「オリーブオイルはね、麻薬ですよ」
浅瀬乃「へぇ」
依姫「違うよ、私の話じゃなくて、あなたの話」
浅瀬乃「・・・あなたの話が聞きたい」
依姫「・・・え?」
浅瀬乃「私は、私の理想をあなたに押し付けてた。理想のあなたに救いを求めてた。リリィじゃないあなたがどんな人間なのか、これっぽっちも興味を持とうとしなかった」
依姫「うん」
浅瀬乃「でも、今は何て言うんだろう。あなたがどんな人間なのか、知りたいと思う。私がどんな人間なのか、知って欲しいと思う。俳優じゃない、衣装プランナーでもない。目の前にいる相手を同じ人間だと思って、人間を個人だと尊重して、ただ一人の人間として、喋りたい、と思う」
依姫「・・・そっか」
浅瀬乃「お酒、空けちゃおうか」
依姫「わかった、持ってくるから、待ってて」
依姫、衣装を抱えて奥へと消える
《8場》モノローグ
浅瀬乃「緊急事態宣言が出て、正式に公演が白紙になった。再開時期は未定、延期になったら2年先まで劇場のスケジュールは抑えられない。オファーした俳優が全員揃うとも、一度白紙に戻ったスタッフがまた結集するとも限らない。
それでも、私と彼女は話し続けた。沢山話した。好きなアニメが一緒で盛り上がった。
おススメのドラマを紹介した、長文の感想を送り付けてドン引きされた、私は5月が誕生日だから、彼女はお酒をプレゼントしてくれた。
25歳の誕生日、公演の日程が決まった。2020年7月、延期はナシ。観客を入れない、無観客の配信公演が決まった。
慌ただしく座組が元に戻っていき、細心の注意を払いながら稽古が再開する。
沢山悩んで、一杯喧嘩して、大人たちは必死に藻掻いたけど、それはまた別のお話。
そして、6月。待ちに待った通し稽古が始まる」
【3幕】2020年7月
《エピローグ》衣装付き通し稽古
衣装を着た依姫が慌てて出て来る(二人ともマスク・マウスガードを付けている)
依姫「ねぇ、上手く着れないんだけど」
浅瀬乃「ああ、おバカ無理すんな人を頼れ」
依姫「いけると思ったんよ」
浅瀬乃「自粛中にブクブク太りおって、衣装のサイズ調整する羽目になったときもお主はそう言ったな」
依姫「返す言葉もねぇ」
浅瀬乃「本番終わるまでオイルサーディンは禁止」
依姫「いやだぁ」
浅瀬乃「あのさ、通し稽古ってウィッグつけるの?」
依姫「あ、え、どうだろ、多分おそらく着ける」
浅瀬乃「どっち」
依姫「わかんない、メイクはしなくていいって言われた気がするけど」
浅瀬乃「どっち!」
依姫「メイクナシ、ウィッグはお任せ!」
浅瀬乃「はいよ!」
浅瀬乃、着付けの手伝いをする
浅瀬乃「あと何分」
依姫「15分後に集合!」
浅瀬乃「おっけい」
依姫「あ、ごめん念のためトイレ行きたい」
浅瀬乃「衣装着る前にいけおバカ」
依姫「わかった我慢する」
浅瀬乃「汚したら許さん」
依姫「肝に銘じます」
衣装を着終える
浅瀬乃「おっけい」
依姫「すげぇ、着れた。魔法だね」
浅瀬乃「魔法だよ」
沈黙
浅瀬乃「だめだ、なんかお金払わないと見ちゃいけない気がする」
依姫「あー、オタクの悪いとこが出てるな」
浅瀬乃「いや、推しを前にまともでいられるわけないでしょ」
依姫「推し?」
浅瀬乃「はい」
依姫「推し?」
浅瀬乃「はい」
依姫「・・・私たちの関係って、何なんだろうね」
沈黙
依姫「・・・なんなんでしょうね」
依姫と浅瀬乃、互いに人間関係のうち当てはまりそうな単語を言う
依姫「▼▼」
浅瀬乃「◇◇」
依姫「×× 」
浅瀬乃「△△」
依姫「友達」
浅瀬乃「・・・ちょっとそれは恥ずかしいな」
依姫「・・・恥ずかしいですか」
浅瀬乃「え」
依姫「私と友達になるの、浅瀬乃さんは、恥ずかしいんですか」
浅瀬乃「・・・解釈違い」
依姫「解釈違いかぁ」
沈黙
浅瀬乃「・・・友達なら、本名教えて貰っていいですか」
依姫「・・・え」
浅瀬乃「ほら、私は前に流れで教えましたけど、依姫さんの本名、教えてもらってないんで」
依姫「・・・笑わない?」
浅瀬乃「面白かったら、笑うかも」
依姫「・・・」
浅瀬乃「冗談です」
依姫、周りを見て誰も居ないことを確認する
依姫「苗字はダサすぎるから、下の名前だけでいい?」
浅瀬乃「はい」
依姫「・・・莉々」
静寂
浅瀬乃「え?」
依姫「莉々。草冠に利益の利、と、続々、みたいな、あの、続けて同じ音で読むやつ。踊り字。莉々」
浅瀬乃「・・・莉々」
依姫「笑ったら絶交だから」
浅瀬乃「・・・あのさ、もしかして、『城下町のリリィ』が好きなのって」
依姫「・・・名前が似てたから」
浅瀬乃「・・・(吹き出す)」
依姫「あー、笑った、絶交だ絶交、嫌い嫌い、もう口きいてやんない」
依姫、その場から逃げようとする
浅瀬乃「莉々」
依姫、足を止める
浅瀬乃、ほめて欲しそうな顔をしている
依姫「いい仕事したね」
浅瀬乃「いい仕事してね」
浅瀬乃、幕裏にハケる
依姫、マスクを外して通し稽古に臨む
《閉幕》
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