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SNSのバズより、尊敬する一人の「これ最高です」を目指して

「自分はどんな人生を歩みたいのか?」

この問いは、多くの場合、日常の雑事に忙殺される中で意識の片隅に追いやられがちだ。

だが、ふとした瞬間に浮かび上がることがある。

湯船に浸かり、肩まで温まったとき。

夜の散歩で静かな路地に差しかかったとき。

あるいは、風呂上がりに鏡を見つめ、自分の顔と対峙したとき。

そんなとき、「自分が目指す人生の指針」は、ぼんやりとした霧の中からゆっくりと形をとる。

僕の場合、その指針の一つは「自分がリスペクトしている誰かに、心の底から『これ最高だね!』と言ってもらえるようなものを作る」ということだった。

それは、ただSNSでバズるよりもずっと個人的で、しかし、はるかに有意義な目標だと感じている。

クリエイターとして生きていると、自分が生み出した作品が、思いがけない経路で誰かの目に留まることがある。

特にこのインターネット時代、作品はか細い糸のようなリンクを辿り、想像もしなかった相手の手元へ転がり込むことがあるのだ。

そして、その相手がもし、自分が深くリスペクトする人物だったら。

その人から「君、めっちゃおもしろいことしてるね!」と言われたら。

それはSNSで何万RTを叩き出すより、心を震わせる出来事に違いない。

本稿は、そんな想いを胸に、個人開発者として試行錯誤する中で、僕が体験した物語である。

はじめは何もかもうまくいかず、「世界を変えるSNS」を気取ったアプリは見事に爆死した。

しかし、その失敗から学び、自分が本当に求めるものを形にし、さらにはリスペクトする人物から称賛や感謝の言葉を得るまでのプロセス―

それが、これから語るストーリーの核となる。

「Tenbin」の失敗から学んだこと(2020年6月〜12月)

2020年、世界はコロナ禍で揺れ動いていた。

その中で、僕はMBA留学を終え、日本に戻ってきていた。

MBA留学中には、いつかやりたいと思っていたアプリ開発のためにVBA(Excelマクロ)の授業を選択するものの、VBAはアプリ開発には使えないという現実を知り、打ちのめされていた。

帰国後、英語のプログラミングコースをUdemyで何本も受講し、Webやアプリ開発の基礎を身につけ、いよいよ満を持して「自分でアプリを作るぞ」となったとき、僕はとてつもなく大きな野心を抱いた。

「どうせなら世界を変えるようなSNSを作ってやろう」

FacebookやInstagram、Twitterは、ほんの数人の創始者から始まり、世界のコミュニケーションを塗り替えた。

僕だって、その再現ができるかもしれない―根拠のない自信が胸を満たしていた。

6ヶ月間、2020年6月から12月まで。

ほぼ毎日PCに向かい、フロントエンドとバックエンドを組み上げ、UIデザインを整え、フォロー機能やコメント機能まで実装した。

そのSNSの名は「Tenbin」。

ユーザーは写真を投稿し合い、互いにレビューすることで「どちらがより魅力的か」を評価する仕組みだ。

また、「コイン制」という仕掛けを入れ、レビューをするとポイントが貯まり、自分の写真をレビューしてもらえるようになるなど、相互性を重視した設計を行った。

マネタイズの方法まで考え、広告収入や課金でサーバー代を賄う計画さえ立てていた。

しかし、2020年12月、Tenbinをリリースしてみると、世界は全く揺れなかった

ダウンロードは数えるほど。

Twitterで宣伝してもRTは数件、いいねも少ない。

ユーザーが増えないと写真が投稿されず、投稿がないからレビューも起きない。

「凪」という言葉がこれほど的確に当てはまる状況はなかった。

世界を変えるどころか、水面に一滴の波紋さえ起こせなかったのだ。

落胆は深かった。

せっかく半年も開発し、綿密に考えたサービスなのに、誰も興味を示さない。

しかも、友人に「これ使ってみてよ!」と胸を張って言えない自分がいた。

なぜか?

心の底では自分自身がTenbinをあまり使いたいと思っていないことに気づいてしまったのだ。

僕は単に「成功事例に似たSNS」を作って満足しようとしていただけだった。

ユーザーに与える価値より、SNSを爆発的に拡散させるイメージばかり追い求めていた。

この経験は僕に強烈な教訓を残した。

「自分が本当に欲しいと思うものを作らなければ、他人も欲しがるわけがない」という当たり前の原則だ。

Tenbinの失敗後、僕は新しい開発に手を付けず、しばらく頭を冷やした。

『次は必ず、自分自身が毎日使いたいと心から思えるアプリを作ろう』

引用力への憧れと、自分が欲しいものの発見

何を作ればよいのか?

「自分が欲しいもの」を見つけるのは意外に難しい。

あれこれ考えながら日々を過ごしていた頃、育児や散歩の合間にポッドキャストを聴く習慣が定着していた。

コロナ禍もあって自宅で過ごす時間が増え、手がふさがっていても耳が空いているときはポッドキャストがちょうどいい。

コテンラジオ、ゆる言語学ラジオ、超相対性理論、フリーアジェンダ、どんぐりFM、ゆるコンピュータ科学ラジオ、ハイパーハードボイルドグルメリポート…

様々な番組を聴くうちに、ある共通点に気づいた。

パーソナリティたちは、驚くほど豊かな「引用力」を持っている。

彼らは何年も前に読んだ本の一節や、哲学書、歴史書、言語学の専門書からのフレーズを軽やかに引っ張り出し、雑談の中で自由自在に活用していた。

例えば、ゆる言語学ラジオである現象を説明するとき、「あ、これ、あの有名な言語学者の論文に出てきた概念だ」と名前を挙げ、即座に引用する。

超相対性理論では、「このウェルビーイングの概念はジョン・エルキントンのトリプルボトムラインにも通じるね」と知識が自然に会話に溶け込んでいる。

この引用力に僕は強い憧れを抱いた。

自分もこんなふうに、本から得た知見を自在に使いこなしたい。

それは単なる知識量ではなく、必要なときに必要な知を取り出せる整頓された「知的生産環境」を持つことでもある。

だが、現実はこうだ。

本を読んでも、読み終わった直後は「面白かった」と思っても、数週間経つと内容の大半を忘れている。

引用しようにも覚えていない。

読書メモをつけようにも面倒くささが先に立ち、なかなか続かない。

いずれ挫折する運命だ。

もし読書メモを自動化できたら?

Kindleでハイライトした箇所が、何もしなくても整理され、タグ付けできて、後から検索できる仕組みがあれば…。

さらに、それがNotionのような柔軟なデータベースツールと連携できれば、日々自分が再び触れる場所に知が蓄積される。

「これだ!」と脳裏で電気が走った。

世界を変える必要はない。

僕が心から欲するのは、「自分をインテリに近づけるための読書メモ自動化ツール」だ。

自分がユーザーゼロ号として毎日使い倒したい。

これなら、他の誰が使わなくても、少なくとも自分が有用性を感じるサービスになる。

こうして2022年初頭、僕は「BookNotion」の開発に取りかかった。

BookNotionリリースとバズの衝撃(2022年4月)

約4ヶ月の開発期間は、Tenbinのときとは全く異なるモチベーションに満ちていた。

今回は「自分が欲しいから」作っている。

Udemyで学んだ知識をフル動員し、Notion API、Kindleからのデータ取得、UIの簡素化など、地道に実装を進めた。

いちいち手でハイライトをコピーしなくても、シェアメニューからサッとNotionへ送れるなら、どんなに便利だろう。

2022年4月、BookNotionをApp Storeでリリースした。

当初は「自分用のツール」が完成したことに満足する程度の気持ちだった。

もちろん他の人が使ってくれたら嬉しいが、Tenbinの失敗を経験している分、期待値は控えめだった。

ところが、X(当時はTwitter)でNotionユーザーたちが反応し始めた。

「このツール、欲しかった!」「KindleとNotionの連携で読書メモが捗る!」といった声が広がり、いつの間にかバズが起きていた。

僕は「BookNotion」というワードで検索し、みるみるRTといいねが伸びていくのを確認した。

Tenbinのときとの落差はあまりに大きく、最初は半信半疑だったが、数字は嘘をつかない。

リリースから7ヶ月で1万3千以上のダウンロードを記録し、問い合わせも絶えなかった。

「欲しい」と思ってくれるユーザーが、ここにいる。

問い合わせが来るたびに対応し、不具合報告に答え、改善を考える。

以前は問い合わせゼロで、静寂だけがあったのに、今度はユーザーとの対話が存在する。

そこには、コミュニティの温かな息づかいが感じられた。

しかも、僕が愛聴していたポッドキャストのパーソナリティたちが、番組内やTwitterでBookNotionに言及してくれた。

あの「引用力」に憧れた人たちが、自分の作ったツールを「これいいね」と評価してくれる。

本当に、Tenbin時代の自分には想像もできない展開だった。

しかし、まだ100%満足ではなかった。

なぜなら、BookNotionには使い勝手の悪い部分が残っていたからだ。

さらなる進化:BookNotion Zへの挑戦

BookNotionはユーザーに受け入れられ始めていたが、改善すべき点は明確だった。

初期設定が複雑で、場合によっては30分かかるケースもあった。

ハイライトをNotionに保存するまで、約8クリックほどの操作が必要で、読書のリズムを崩す恐れがある。

対応デバイスがiPhone・iPadのみで、Kindle端末やAndroid、PCでは使えなかった。

これでは尊敬する人に「あなたも是非使ってください!」と胸を張って言えない。

もっと簡単に、もっとスマートに、誰にでも導入できる形にしよう。

そう決意し、新たな改善策に着手した。

「BookNotion Z」は、その進化版だ。

Zと名付けたのは、単なる語感や分かりやすさのためでもあるが、それ以上に「ゼロから見直した」ことを象徴している。

初期設定は数クリックで完了するようにした。

Notion APIの連携ステップを自動化し、ユーザーが悩まずともデータベースが生成されるよう工夫した。

30分かかっていた設定が数分以内で完了するのは大きな進歩だ。

ハイライト保存は、Kindle上でハイライトするだけで自動でNotionに送られるようにした。

7クリックが1クリックになった。

これは読書体験を劇的に変える。

読みながら自然にメモが貯まる感覚は、「これが欲しかった!」と思える完成形に近づいた気がした。

対応デバイスを拡大し、Kindle端末、Android端末、PCからも利用可能に。

プラットフォームを問わず使えることで、ユーザー層が拡大する。

こうした改善によって、BookNotion Zは真に「誰にでも勧められる」ツールへ成長した。

もう、これなら尊敬する人の前で「これ、マジで便利なんです」と胸を張れる。

バイブルの著者からの言葉:「無敗営業」の高橋さんがユーザーに

そして、決定的な瞬間が訪れる。

BookNotion Zを公開してしばらく経ったある日、操作方法についてお問い合わせが届いた。

その名は「高橋浩一さん」。

僕はすぐにピンと来た。

「無敗営業」「営業の科学」というビジネス書の著者と同姓同名だ。

まさか本人?半信半疑で確かめると、どうやら本物だった。

「無敗営業」「営業の科学」は、僕が繰り返し読んでいる営業のバイブルだ。

営業とは何か、どうすれば顧客に価値を伝えられるのか、何度もこの本に立ち返って考えを深めてきた。

僕にとって高橋さんは、単なる著者ではなく、仕事人生の指針を示してくれた存在。

そんな高橋さんが、読書管理ツールを探している中で偶然BookNotion Zを見つけ、使い始めてくれたという。

そして、「こんなものを作ってくれてありがとうございます」と言ってくれた。

僕が勝手に師と仰ぎ、バイブルとして繰り返し読んでいた本の著者が、自分のサービスを使って感謝してくれる―

これこそ、冒頭で思い描いた「尊敬する人から『これ最高』と言われる瞬間」に限りなく近い。

Tenbinの頃には想像すらできなかった光景が、今ここにある。

思えばTenbinの失敗からここまで来るのに時間はかかった。

6ヶ月かけたアプリが全く響かなかった悔しさ。

自分が本当に求めるサービスを求めて悶々とした日々。

ポッドキャストからヒントを得て、BookNotionを作り、さらにZへと進化させた末に、この喜びがある。

この時、僕は確信した。

何万RTよりも、この一人の尊敬する人からの肯定の言葉が、人生を豊かにし、クリエイターとしての軸を強化してくれる。

これは、単なる数字やSNS評価では得られない濃密な価値だ。

数字ではなく、尊敬する一人の評価を目指して

Tenbinでの失敗は、「誰も欲しがらないものを作る虚しさ」を教えてくれた。

そこから得た教訓は、「自分自身が心底欲しいと思うもの」を作ること。

ポッドキャストから得た「引用力への憧れ」は、BookNotion誕生の原動力となった。

読書メモ自動化ツールは、自分が使い倒したいと心から思えるものになった。

BookNotionがバズったとき、初めて「他の人もこれを欲していたのか!」と知り、コミュニティと対話する喜びを得た。

だが、もっと使いやすくしようと挑んだBookNotion Zは、まさに自分が理想とする読書体験そのものになった。

そして、尊敬する著者がユーザーになり、感謝の言葉をくれた時、僕の目標は一つ達成された気がした。

SNSでの数万RTももちろん嬉しいが、それは刹那的な快感であることが多い。

一方で、自分が心の底から尊敬する人物が「これ最高だね」と思ってくれる瞬間は、桁違いの充足感をもたらす。

その一言は、人生の地図に旗を立てたような、確かな到達点になる。

これから先の展望と生き方 この経験を通じて、僕はクリエイターとしての指針をさらに明確化できた。

「胸を張って薦められるか?」が重要な基準だ。

自分が使いたくないものを人に薦めるのは嘘だし、リスペクトする人に薦めるなら、なおさら中途半端は許されない。

今後、もし本当に尊敬する人と二人で飯を食う機会が訪れたら、僕は迷わず自分の作品を紹介するだろう。

「実は、こんなツールを作ってましてね。これを使えば、読書で見つけた知を簡単に蓄積できるんです。インテリ度が上がると言いますか、会話の中で本のフレーズをスッと引用できるようになるんですよ」

その時、その人が目を見開き、「君、めっちゃおもしろいことしてるね!」と微笑んでくれたら、どんなに幸せだろう。

もちろん、まだまだ改善の余地はある。

世界には、様々な環境、様々な読書スタイルを持った人がいる。

もっと幅広いユーザーが直感的に使え、記録した知見を有機的につなぎあわせるような機能を搭載できないか、アイデアは尽きない。

それでも、「リスペクトする一人の賛辞」を得た喜びを忘れずに、僕は開発を続けていく。

数字やPV、DAUなど、ビジネス的な指標が全く必要ないと言うわけではないが、それらは本質的ではない。

「誰か一人でも、このツールがあって良かったと思ってくれるか?」

ここにこそ、生きる指針がある。

まとめ:尊敬する人からの「これ最高」で生まれる価値

・Tenbinによる壮大な失敗から学んだのは、「自分が本当に使いたいものを作る」という基本だった。

・ポッドキャストの引用力への憧れから、KindleとNotionを繋ぐBookNotionが生まれた。

・BookNotionはバズり、ユーザーとの対話が生まれたものの、さらなるUX向上を求め、BookNotion Zへと進化。

・初期設定やハイライト保存の簡略化、多端末対応によって、真に薦められるツールに。

・そして、「無敗営業」「営業の科学」の著者、高橋浩一さんがユーザーとなり、感謝の言葉をくれたことで、僕は究極の目標に手が届いたと感じた。

この一連の流れは、クリエイターとしての価値観を根底から支える。

多くの人にウケることや、一瞬のバズを狙うよりも、誰か一人、とりわけ自分が心から尊敬する人物に「これ、本当にいいね」と言われる方が、長期的な意味とモチベーションになる。

僕はこれからも、自分が本当に欲しいと思うものを作り続ける。

その先に、また別の尊敬する誰かが現れ、「君、めっちゃおもしろいことしてるね!」と微笑む瞬間が来るかもしれない。

そのイメージこそ、人生の羅針盤となる。


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