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保険診療の価格設定は妥当なのか?という話
日本で歯科医師として勤務していた頃、当たり前のように保険医登録をしていました。
保険医であるということは、
「国が規定する方針に沿ってすべての治療及び請求に関する国の指導を受け入れる」
ことを意味します。
私は日本で15年ほど勤務医をして過ごしましたが、
新規指導1回、個別指導2回、厚生労働省と都道府県が共同で行う共同指導1回、
を体験したことがあります。
歯科業界の読者の方ならば
「なぜそんなに多くの指導を経験しているのか?」
という疑問が湧いてくることと思います。
私もこの点については自分の運の無さを痛感しています。
具体的に言うと、勤務した病院のほぼ8割方で指導に遭遇したことになるからです。
ではその理由は?というと、私の運の無さもあるのですが、勤務していた病院自体がかなりグレーな事に手を出していたというのがあります。
詰まるところ、厚生労働省の共同指導や都道府県個別指導が入るということは、それなりの根拠や事実があってのことなのです。
「火のないところに煙は立たない」
というヤツです。
不正は必ず明るみに出るとはよく言ったものです。
私のかつてのボスたちは
「保険診療なんて真面目にやってたらバカを見る」
というコンセプトで動いていましたが、当時の自分は
「それが保険医としてのルールなのだから、従うしかないのに。なぜそこから不正に手を染めるのか?」
という疑問しかありませんでした。
結局生活のために指導に同行するしかなく、カルテの改ざんも強制的に手伝わされることで自分の医師としてのプライドも捨て、
「一体自分は何を守っているのか?これが自分の仕事でいいのか?」
という問いに苦しめられる日々でした。
結局、そこから全く違う世界を見せてくれたアメリカ人の主人と出会い渡米するに至ったわけです。
確かに渡米した当時はかなり無謀な挑戦だと周りから思われ、両親や友人からも強く引き留められましたが、
「日本でこんなことを続けていてもどっちみち自分に未来なんてない。ならばリスクを取ってアメリカで挑戦したほうがマシだ。」
という気持ちの方が強く、結局渡米するに至りました。
アメリカで安定した生活基盤を得られた今の私が思うことは
「かつてのボスたち、GOOD JOB!」
です。
なぜなら、彼らとのOutrageousな体験が無ければ多分渡米する決心はつかなかったと思うからです。
「人間万事塞翁が馬」
何が結果として良くなるのか?なんて誰にも予測できないのです。
そんなわけで、かなり話は逸れましたが
「なぜ日本の保険診療点数はそんなに低いのか?」
という本題に戻りたいと思います。
これは私が思うに、
「その値段程度の医療レベルでOK!と国も国民も考えているから」
です。
言い換えると、
「安かろう悪かろう」
で、誰からも文句が出ない社会だからです。
例えば、私は渡米してから一度も上下総義歯の患者様を見たことがありません。
日本だと75歳以上の患者様の大半が入れ歯を使用しており、総義歯の方もかなりの数に登ります。
「入れ歯で快適な食生活なんて送れるはずもないので、そんな現状であれば普通は国民から文句が出て制度改正の圧力がかかるはず」
です。でも、それは起こらない。
例えば普通抜歯を行うときの歯科医師の報酬は日本では2,700円程度ですが、アメリカでは600ドル(94,000円)程度です。
価格差は
約35倍
と、別次元の世界になっています。
最近、医療業界で直美と言われる若い医師たちの存在が話題になっていると聞きました。
確かに報酬の数字だけみたら、それはそのような方向性に走りたくなる気持ちはよくわかります。
なので、これはある意味、
「現状の医療業界に対する若者たちの精一杯のNO」
なのではないかと感じます。
医師としての自分のキャリアを総合的に考えるのならば、当然直美にはならない。
しかし、そうしなければ仕事にやりがいが見出せないような古く無意味なルールが依然として医療業界で幅を利かせているからではないでしょうか?
少子化の問題もまた日本の抱える大きな課題のひとつではありますが、これもまた同じことではないかと思うのです。
若者たちは一見非合理にも見える選択肢を選ぶことで、敢えて現在社会の問題点を浮かび上がらせている。
のではないでしょうか?
と言うわけで、資本主義を追求しつくした競争社会のアメリカで暮らしている私が思うのは、
「普通抜歯を2700円でやらないといけない社会で歯科医師という責任を負うのは、苦しい。」
不正をする必要などなく、プライドを持って働き続けられるようなフェアな制度や社会になってほしいと切に思う今日この頃なのです。
今回はこれで終わりです。
お読みいただきありがとうございました。