父の面影と父の死から学んだこと🪻
コロナ禍で混沌としていた
2020年2月18日
カナダを旅たち
日本へ帰国の途へ
父へこれから帰るよと
SNSを送るが
返信が無かった
帰国して一泊
東京で宿を取り
そこから電話をするも
出ない父の電話
一抹の不安が過ぎっていた
−もしかしたら…
生きていない?なんてウソよね。。
父は
アルコール依存症でした
カナダへ渡航してすぐに
従姉妹のお姉ちゃんから連絡があり
伯父さんの年忌で迎えに行ったら
血だらけで寝ている父が居て
慌ててカナダまで連絡が来たのでした
その後
父の車のディーラーさんからも
何度も連絡があり
もう車をぶつけても保険下りないです
−すみません。
父の自損事故履歴ください。
悲しい連絡をカナダから送り
父の状況を
生々と知り
私達がカナダへ渡航した跡
やっぱり心配していた
お酒を飲む量が増えたこと
それにより
車だけでなく
いろんなところでトラブルになっていること
その結果
ほぼ首を切られる形で
雇われ社長だった
運送会社を退職した3月に
血だらけの父が居た
それから
私は毎日泣き
早く帰国したいけれど
どうしたらいいのかと
毎日父に
日本時間の朝イチに連絡し
父の状況把握して
心配な時はすぐに国際電話して
父と話したんだった
そんな父は
私達の帰国を首を長くして
待っていたくれた
でも
あと少し
あとほんの一歩足りないところで
自宅の居間で
気持ちよさそうに寝ている
冷たくなった父を
私が見つけた
帰国して3目の朝でした
心臓マッサージしても
起きない
悲しいSOSの
救急車を呼ぶ
そして
警察の実況見分に
お医者さんの話
父は
ここで待っていてくれたのに
父を
救ってあげられなかった
アルコール依存症を治そうと
カナダに居ながら
市内外の
アルコール依存症更生施設や
医療機関を当たり
入院の予約手前まで段取りしていた
全部一人で
カナダとは時差13時間
昼夜逆転しながら
国際電話を掛けたり
メールしたり
カナダ人の友人とも
カナダでのアルコール依存症のプログラムを
紹介してもらったり
バイブルを読んだり
もっと
できることあったよねって
母の時もそう
まだ書けずにいるけれど
自分を責める他なく
悲しみのどん底を這っても
何も出てこないことも
そんな時
みんな伝えてくれた
十分にできることはやったのよ
責めないで
それぞれの人生は
神様が与えてくれている
寿命も
その運命も
それを聞き逃し
ちゃんと治そうとしなかったのは
お父さん
だから
それはお父さんの人生だから
あなたはあなたの人生を
全うしなさい
と。
だから
父の死から
私は自分の人生を
犠牲にしない
人生を後悔しないために
今すべきこと
やるべきことを
やる
父の面影
遺影を眺めながら
思う今日の朝
寒さが身に沁みた
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