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いのちを大切に。遊びを大切に。

富山で知り合いのお坊さんのお寺に遊びに行きました。そのお寺には保育園のスペースもあり、二つが混じり合っているような場所でした。

その場所で、3歳〜5歳の子たちに知り合いのお坊さんが「いのちを大切にすること」について話しをする朝の会がおこなわれました。それを見学させてもらったんですね。そこで子供たちが言うことが強烈に印象に残りました。

いのちを大切にするってどういうことだろうーー

その問いかけに対し、「はい!」と何人もの子供ちゃんたちが手を挙げます。

だいじにする
喜ぶことをする
やさしくする

そういう言葉が出てきました。

どうやったら笑顔になるかなーー

いのちを大事にするという流れの中で出てきた「どうやったら笑顔で時間を過ごせるだろう?」という質問に対し、またもや「はい!!」とたくさん手が挙がっていました。

印象に残ったのはここでした。

1番初めに発言した子が「遊びにいれてあげること!」と話したんです。

共に遊び、いのち喜ぶ

さて、これが印象に残ったのは、たまたま自分が「遊びって大事だなぁ」と思っていたからでした。

大人になると遊びが少なくなる。

そういう言葉を聞くことが多いけれど、私は大人になっても遊んだ方がいいと思っています。

その遊びというのは、外から与えられるものではありません。自発的に生まれます。遊びを中心におくということは、その人のいのちが喜ぶことを真ん中に置き、それを表現して生きるということなのではないかと思う次第です。

あくまでそれは自分の意見でしかないけれど、自分自身はそれを大事にやっていこうと思っています。

OFUSEという遊び

ここ最近はお布施遊びにハマっていて、7月7日から本格的なお布施の生活実験を始めます。

お布施、それは仏教の世界でよく使われる言葉です。それは手放し、施す修行で、物事への執着を手放す行為です。伝統的な修行においても、お布施をすることは重要な位置を占めています。

このお布施に遊びをつけてるのは、お布施をすることが楽しく、自分の心が喜ぶようにやっていたらお布施をよくするようになったという流れがあったからでした。

さらには、ここ最近、お布施仲間(?)のような人も現れ始めました。一緒にお布施したいという稀有な人です。遊び仲間が増えるのは嬉しいことです😆

退屈を遊びに変えていく

そういえばこのところ、予定をほとんど入れていないすっからかんのスケジュールを前に、前ほど不安ではなくなりました。

余白が空いていること、すなわち、退屈。

そう捉えることもできるけれど、自分は、退屈にせず、目の前の時間を遊びにしていく力が必要なのだと切に感じています。

そうなると毎瞬、毎瞬を愉快に過ごしていけそうです。

ただ、そうできることばかりではないから、今後も引き続き精進していこうと思います。笑

遊んでいきましょ☺️

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三浦祥敬(しょうけい)@アートプロジェクト・fuwatari
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