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田舎の県立校の教師は零細社長向き?
私の入学した高校は新設校で私らがはじめての入学生でした。これといって何も特長のないパッとしない田舎の県立校。ところが、今思い出すとすごく不思議な部活動がありました、今であればかなり人気で英雄視されるでしょうが、その頃はどうもピンときませんでした。
1993年にJリーグ、1998年ワールドカップ初出場、今はサッカーは人気スポーツですが私が高校生だった1983~1985年はそこまでではなかったです。サッカー漫画の先駆けキャプテン翼がまだ連載3年目です。そんな時代になぜか私の高校には女子サッカー部がありました。
女子がなんでサッカーなの?みたいなものすごい違和感があって、通常憧れの選手とか目標の全国大会とかそういうのがあって、目指すものとかがあると思うのですが、そのいずれもない。
顧問は男性の体育の大槻先生という方がされていました。これからはサッカーで女子の時代だーとかそんな感じの話をされていましたので、なぜそう思われたのかわかりませんがものすごい先見の明。
今でこそなでしこジャパンの優勝や高校生の大会もあるので、モチベーションもあるでしょうが、当時田舎の県立校の先生がなぜそこを考えたのでしょう。高校卒業と同時にしばらく仙台を離れていましたし、その後同窓会とも縁を切っていますので詳細は全くわかりません。
全日本高等学校女子サッカー選手権大会の第一回は、1992年ですから当時はまだ存在すらない。1984年第6回全日本女子サッカー選手権大会という、天皇杯の女子版の大会に東北代表として初めて出場しています。以後1988年まで全国大会に出場しているようです。
県立校の先生は異動もあるでしょうし、設備やなんやいずれにせよ私立が本腰をいれれば勝てるはずもないでしょう。サッカー人気が盛り上がり始めた1990年以降は代表の座を同じ仙台の全日本高等学校女子サッカー大会でも何度か優勝している聖和に奪われています。
今では女子サッカーもメジャーとなり、全国的にも有名な仙台の強豪校として私立の常盤木高校は日本代表に何人もの選手を送り込む、女子サッカーのブランド校としての地位が出来あがっています。
マイナースポーツを金のなる木に変えた常盤木高校の話のほうが人は呼べそうですが、強者の戦略なので、わたしは大槻先生の話の方をぜひ聞いてみたいですね。大槻先生のようにマイナー競技とはいえ無名の新設高校で最初の、東北大会優勝、全国大会出場という実績を作りだした戦略は素晴らしい。
零細の戦略として、女子サッカーに目をつけたということは勉強になりました。
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