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心地よい “ざらつき” の源泉 #1 【東京電機大学 理工学部 理学系 富川祥宗先生 ロングインタビュー】
数学者・富川祥宗先生が松山大学で文系向けに数学を教えていたためなのか,インタビューの音源を聞きながら記事を書き起こしていると,どうしてだろう,愛媛県松山市の情景が思い浮かぶ.道後温泉,夏目漱石の小説『坊ちゃん』,司馬遼太郎の歴史小説『坂の上の雲』,松山城と萬翠荘,路面電車の走る風景――温泉と文学の街である.
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「坊ちゃんの間」は松山に赴任した夏目漱石が正岡子規と利用したといわれる部屋で
霊の湯3階個室の北西の角にある.
「祥宗(よしむね)さん」というお名前
編集者:本日はよろしくお願いします.まず冒頭で,今さら感がすごく強くて,こんなことをいきなり聞くのも失礼かなぁと思うのですが・・・.
富川先生:はい,なんでもどうぞ(笑).
編集者:富川先生の下のお名前って,個人的に少し珍しくて.私の友人・知人を見渡してみても,初めて出会ったお名前なんですね.「祥宗(よしむね)さん」というお名前ですね.
富川先生:両親から聞いたところによると,姓名判断をやっているお寺で名前を診てもらったのだとか.父には最初に決めていた別の名前があったようなのですが,それだとお寺の姓名診断では「悪い意味で有名になる」ということだったようで(苦笑).加えて,画数なんかも診ていただいて,画数と響きの両方が良いものになるようにということで,今の名前になりました(笑).
「数学以外の分野の読者の方にも」
編集者:なるほどです.最初の質問がお名前の質問でどうもすみません.ということで,早速ですが,この度は『手を動かしてまなぶ 基礎数学』のご執筆をしていただき,ありがとうございました.
富川先生:いえいえ,こちらこそありがとうございました.
編集者:富川先生にはたいへん丁寧に校正をしていただき,感謝しています.
富川先生:それでも校正中は結構「穴」がありましたね(笑).
編集者:今回,「手を動かしてまなぶ」シリーズ既刊本の著者の藤岡敦先生(関西大学システム理工学部数学科教授)にも『手を動かしてまなぶ 基礎数学』の原稿をかなり見ていただきました.ありがたかったです.当初は校正刷になる前段階の原稿だけを見ていただこうかと思っていたんですけど,なんと校正刷の三校まで全部丁寧に見てくださったので,感謝・感謝です.
富川先生:藤岡先生には本当にお世話になりました.
編集者:藤岡先生の研究室にお邪魔したときに,富川先生のご原稿の感想を伺ったことがありまして,「数学以外の分野の読者の方にもすごくウケる(受け入れられる)と思います」とおっしゃっていただいたことが印象に残っています.富川先生は今回のご著書をご執筆いただく過程で,ご自身でなにか意識していたことはありますか?
富川先生:とりあえず,松山大学での授業の内容やそのときの学生さんの様子を思い出しながら書いたというのはあります.ベースにしているのはそれですね.
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ポップ作成は松山大学生活協同組合ショップ店長・山本ゆかり様によるもの.
相手の視線に立って
編集者:富川先生は松山大学では経済学部のご所属だったので,授業を受けている学生さんはみんな経済学部の学生さんですか?
富川先生:経済学部プラス経営学部と,あと短大の学生もちょっと聞きに来ているという感じでした.経済の科目の授業が1個あって,あとは共通教育の授業だったので,経済学部、経営学部、人文学部、法学部、薬学部など,みんな混ざっていました.薬学部は少なかったですけどね.法学部の学生さんは意外といました.あっ,でも,その法学部の学生さんが多かった授業の題材は『手を動かしてまなぶ 基礎数学』にはあまり入っていないですね(苦笑).
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編集者:松山大学の前におられたのは,名古屋大学?
富川先生:ええ,非常勤講師で.
編集者:名古屋大学でも授業で教えていらしたのは文系の学生さんですか?
富川先生:そのとき教えていたのは農学部の学生さん向けの数学です.情報文化学部に所属の非常勤講師で,授業を受講する学生さんは農学部でした(注:2017年4月に情報文化学部は情報学部に改組).学位を取ったその年から非常勤をしていました.
編集者:富川先生の印象として,なんかこう,バリバリの数学科の人がバリバリの数学科を出て,農学部の人,経済学部の人に何らかの形で初めて授業をするときって,恐る恐るといいますか,なんかこう・・・,まとまりがなくてすみません.なんというんでしょう(笑).
富川先生:いえいえ,私はバリバリの数学科じゃないから(笑).
編集者:そうなんですよね.富川先生にはそういう印象はないんですよ.どの学部の人にも分かりやすく,相手の視線に立って,相手が求めているものを見た上で授業をされてそうだなぁという気がしたんですけど,教え始めるときに「こんなことに驚いた」とかはありますか?それとも,割と難なくいけたという感じですか?
富川先生:驚いたというのは,そうですね(しばし考える).
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文系数学の授業をするのは意外と難しい
編集者:例えば,これは一般論かもしれないんですけど,文系の学生さんに教えるときに前提知識としてみんながどこまで知っているかわからないですとか,「数学が本当に苦手でどうしよう・・・(不安)」といった学生さんも中にはいらっしゃるかもしれないですけど,そのあたりはいかがでしたか?
富川先生:そうですね.あっ,そういえば教え始める前はなかったけど,文系でも『数学ⅡB』まではやっていると思っていたら,商業高校出身の学生さんだと『数学IA』までしかやってないという学生さんもいました.それで,『数学IA』の知識しかないっていうのを(授業の)後から学生さんから聞いて,「えっ!?」ってなって焦ったことはあります.一方で,文系でも『数学Ⅲ』までやったっていう学生さんもいたりして.文系の授業をするのは意外と難しいですね.
編集者:その設定というか,授業を受けるみんながどれくらい知っているかを把握した上で授業をするのが難しい?
富川先生:真ん中をどこにするか,っていうのが.
編集者:なるほどです.富川先生はそういうときは授業のターゲットを一番予備知識がない学生さんに合わせる方ですか?
富川先生:真ん中よりちょっとだけ上かな.
編集者:「ちょっとだけ上」ですか.
富川先生:ホントは下の方のみんなに合わせるのがいいんだけど,そうすると上の方のみんなが退屈しちゃうんですよ.あと,「なんだ,こんなもんかー」って思うのが一番駄目だから.
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『手を動かしてまなぶ 基礎数学』の上に乗っていた.
「こういうことやりたいから何かいい教科書知りませんか?」
編集者:文系理系問わず,数学が好きで熱心な方もいると思うのですが,そういう学生さんはどんな感じですか?
富川先生:そういう人たちは本当に凄いですね.あれは松山大学の学生さんでしたけど,予想以上で.
編集者:予想以上というのは,例えば,授業後にバンバン質問に来るとかですか?
富川先生:毎回質問にくるとかではないですけど,よくできる人とかだと「こういうことやりたいから何かいい教科書知りませんか?」とか.なんなら,私がこっち(東京電機大学)に来てから,松山大学の学生さんがわざわざメールをくれたこともありました.
編集者:えっ,先生が東京電機大に赴任後ですか?
富川先生:授業で伝えた私のメールアドレスを頼りにして,メールの冒頭では「先生は私のことを覚えてるかどうか分からないけど」と書いていて.「いや,ちゃんと覚えてますよー」と(笑).
編集者:素敵ですね.それも一つのご縁といいますか,授業を受けた学生さんが覚えていてくれて,頼りにしてくれたっていうことですよね.
富川先生:はい(照).
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【東京電機大学 理工学部 理学系 富川祥宗先生 ロングインタビュー】
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(文責: 裳華房 企画・編集部 久米大郎)